社会学科、日本史の湯之上先生が学内で講演をする、と言うので出かけていったら、勉強会だった。
静岡歴史教育研究会というのは、社会学科の歴史系の教員と卒業生を中心に組織された歴史教育について考える会らしい。
8月に準備会合を持って、今日が正式な第一回研究会ということで、学部生・院生、高校教員を含め、二十数名の参加者。
例によって“部外者”は私だけだったけれど。
実は、静岡在住の日本文学研究者と大学以外の国語教員とで勉強会をやりたいね、と言う話は恐ろしく前から話題になっているんだけれど、全く動き出す気配がない。
私が音頭取りをすれば動き出す可能性はあるんだけれど、正直色々あって幹事はちょっとなぁ、と思う(と言う事情は多分みんな一緒だろう)。
だから、内容を知らずに参加して、いささか羨ましくもあったんだけれど、そう言う問題意識を持っていた分、課題も沢山見えたので、ちょっとメモ。
湯之上先生のお話は、予めフライヤーにあった『通史の方法』への言及はさらっとで、実際には先生のライフワークのようになってしまった江川文庫、あるいは、坦庵の事蹟を通してみえてくる新しい幕末維新期像、ということで、大変興味深い物だった。
しかし、そのことと、歴史教育の現場の問題とどうリンクするのか、と言うと相当難しい。
高校の教師がこの話を現場に持ち帰ったとしても、それは大学入試(特にセンター試験)に縛られた歴史常識からすれば“余談”に過ぎない情報でしかない。
もちろん、そう言う情報が歴史に興味を持つきっかけになるのは確かなんだけれど、なんだかもどかしい。
もうひとつ、高校教員から出た、こういう会はありがたいが、高校側から提供できる物があるのか、という、謙虚な意見。
もちろん、我々は高校生の実態を知りたいし、現役の学生達も参加する研究会として、教案の指導など、大学教育では手薄になりがちな分野を補って欲しい気持ちはあるので、一方的にはならないだろうと思うけれど、取りあえず“高大”を考える時にネックになる部分ではある。
これらの課題のどれも、国語・文学教育の分野にも共通している。
この辺のことを考えながら、こっちも動き出さなきゃな、と改めて思った次第。
さて、“高大”という問題もあるのだけれど、今回“部外者”として参加して、もうひとつ気になったことがあった。役人としての坦庵の文化教養と言う話で、“文化人との交流”について質問があったのだけれど、実は、“文化人”というのが、政治や世界情勢と余り関わらない形で想像されているフシがある。渡辺崋山のような人は別格扱い。
現代では、政治家で文化人、というのは特筆物だし、それでも大抵ろくでもないわけだから、想像しにくいのも理解できるのだけれど、江戸の町人戯作者流はさておき、多くの“文化人”たちは、多かれ少なかれ政治、或いは武家社会との関わりがあったし、まともな政治家は間違いなく文化人だった。
これはこれで、改めて検討・検証が必要な事なのだろうけれど、どうも、歴史のメインストリーマーたちは文化史を軽んじている気がする。
近世文学の研究は歴史学の恩恵を受けてきたし、実際それ抜きに何もかたり得ないことを十分承知しているから、日本史(ホントは世界史も当然)を学ばずに日本文学を研究することはあり得ない(近現代文学を研究している学生は知らぬ)。
しかし、例えば日本近世史を学ぶ学生のどれほどが近世文学に親しんでいるかと言ったらちょっと絶望的な気分になる(実際、日文の学生で日本史の授業に出ている人は毎年何人もいるが、私の専門の授業に出てくる日本史の学生はこの20年間、多分ゼロだ)。
基本だけ学ぶのでも情報量の多い分野なのは解るけれど、こう言うところの壁を壊さないことには、今の歴史観を更新するのは難しいんじゃないかと思う。
静岡歴史教育研究会というのは、社会学科の歴史系の教員と卒業生を中心に組織された歴史教育について考える会らしい。
8月に準備会合を持って、今日が正式な第一回研究会ということで、学部生・院生、高校教員を含め、二十数名の参加者。
例によって“部外者”は私だけだったけれど。
実は、静岡在住の日本文学研究者と大学以外の国語教員とで勉強会をやりたいね、と言う話は恐ろしく前から話題になっているんだけれど、全く動き出す気配がない。
私が音頭取りをすれば動き出す可能性はあるんだけれど、正直色々あって幹事はちょっとなぁ、と思う(と言う事情は多分みんな一緒だろう)。
だから、内容を知らずに参加して、いささか羨ましくもあったんだけれど、そう言う問題意識を持っていた分、課題も沢山見えたので、ちょっとメモ。
湯之上先生のお話は、予めフライヤーにあった『通史の方法』への言及はさらっとで、実際には先生のライフワークのようになってしまった江川文庫、あるいは、坦庵の事蹟を通してみえてくる新しい幕末維新期像、ということで、大変興味深い物だった。
しかし、そのことと、歴史教育の現場の問題とどうリンクするのか、と言うと相当難しい。
高校の教師がこの話を現場に持ち帰ったとしても、それは大学入試(特にセンター試験)に縛られた歴史常識からすれば“余談”に過ぎない情報でしかない。
もちろん、そう言う情報が歴史に興味を持つきっかけになるのは確かなんだけれど、なんだかもどかしい。
もうひとつ、高校教員から出た、こういう会はありがたいが、高校側から提供できる物があるのか、という、謙虚な意見。
もちろん、我々は高校生の実態を知りたいし、現役の学生達も参加する研究会として、教案の指導など、大学教育では手薄になりがちな分野を補って欲しい気持ちはあるので、一方的にはならないだろうと思うけれど、取りあえず“高大”を考える時にネックになる部分ではある。
これらの課題のどれも、国語・文学教育の分野にも共通している。
この辺のことを考えながら、こっちも動き出さなきゃな、と改めて思った次第。
さて、“高大”という問題もあるのだけれど、今回“部外者”として参加して、もうひとつ気になったことがあった。役人としての坦庵の文化教養と言う話で、“文化人との交流”について質問があったのだけれど、実は、“文化人”というのが、政治や世界情勢と余り関わらない形で想像されているフシがある。渡辺崋山のような人は別格扱い。
現代では、政治家で文化人、というのは特筆物だし、それでも大抵ろくでもないわけだから、想像しにくいのも理解できるのだけれど、江戸の町人戯作者流はさておき、多くの“文化人”たちは、多かれ少なかれ政治、或いは武家社会との関わりがあったし、まともな政治家は間違いなく文化人だった。
これはこれで、改めて検討・検証が必要な事なのだろうけれど、どうも、歴史のメインストリーマーたちは文化史を軽んじている気がする。
近世文学の研究は歴史学の恩恵を受けてきたし、実際それ抜きに何もかたり得ないことを十分承知しているから、日本史(ホントは世界史も当然)を学ばずに日本文学を研究することはあり得ない(近現代文学を研究している学生は知らぬ)。
しかし、例えば日本近世史を学ぶ学生のどれほどが近世文学に親しんでいるかと言ったらちょっと絶望的な気分になる(実際、日文の学生で日本史の授業に出ている人は毎年何人もいるが、私の専門の授業に出てくる日本史の学生はこの20年間、多分ゼロだ)。
基本だけ学ぶのでも情報量の多い分野なのは解るけれど、こう言うところの壁を壊さないことには、今の歴史観を更新するのは難しいんじゃないかと思う。
特に高校から提供できるモノはあるのか、は思わずドキリとしましたね。確かに私を含めた高校教員の側が大学側に何か発信できているか、また発信する気があるのかは疑問です。共同の勉強会に参加なさるような高校や義務教育の先生は、何かを大学の先生から吸収したい…という受け身の姿勢になりがちです。真面目で真摯であるがゆえに、という所でもあるのでしょうけれど。
私は新たな読みの可能性を開くような、生徒の発言を引き出すような授業をし、それを拾い上げて大学の先生方に向かって発信できるようになりたい…と思っています。
コメント有難うございます。
私も、日文教の運営委員をしていた時は、国語教育部会の発表にも顔を出し、とても刺激を受けました。
大学教員の教育研究というのは、評価と技術に偏っていく傾向があるのがどうも不満です。
授業のあり方という方向で「共闘」の可能性があるように思います。
機会がありましたら色々交流もしたいですね。
よろしくお願いいたします。