昼休み。
廊下の途中にある洗面室で手を洗っていたら、遅れて入って来た営業担当の男子君が隣の水道を勢いよく出し、その勢いのまま顔をゴシゴシ洗い始めました。
みごとな洗いっぷり!
と感心しつつも、
顔は“洗う”より”洗われる”方が、お肌的にもエネ的にもイイのだよ!
と心の中でひとりごとを言ってみる。
これはむかしあるエネルギーの会で聞いた話ですが、、
まずご自分の頬に手を当ててみてください。
さぁ、今自分は、手で頬をさわっていると感じるでしょうか、それとも頬が手でさわられていると感じるでしょうか?
これがとっても大事なことで、
「頬をさわっている」と感じた人は、「頬がさわられている」というふう感覚の方に、意識を変えてみてください。
いかがですか?
頬の歓び具合が、違ってかんじられませんか?
その「さわられている」「さわってもらっている」をいう感覚を同様に、
「顔を洗っている」から「顔が洗われている」「顔を洗ってもらっている」という感覚に意識を傾ける。
以前寂しかった頭頂部が、いつのまにかフサフサになっていたエネラーさんがいらっしゃいまして、
驚いて伺ったら、「髪を洗う」を→「髪を洗ってもらっている」という意識に変えたそうです。
(他にもいろいろチャレンジしてのフサフサだとは思いますが、、)
ついでに「ありがとう」という言霊を、ひとりごとでわたしもぶつぶつと言っていますが、
「ありがとう」というひとりごとを言っている自分と同時に、
「ありがとう」と言ってもらっている自分、つまり耳で聞いている自分にも意識を傾ける。
わたしはそんなこともしております。
もしよければこちらもどうぞお試しくださいませ。
廊下の途中にある洗面室で手を洗っていたら、遅れて入って来た営業担当の男子君が隣の水道を勢いよく出し、その勢いのまま顔をゴシゴシ洗い始めました。
みごとな洗いっぷり!
と感心しつつも、
顔は“洗う”より”洗われる”方が、お肌的にもエネ的にもイイのだよ!
と心の中でひとりごとを言ってみる。
これはむかしあるエネルギーの会で聞いた話ですが、、
まずご自分の頬に手を当ててみてください。
さぁ、今自分は、手で頬をさわっていると感じるでしょうか、それとも頬が手でさわられていると感じるでしょうか?
これがとっても大事なことで、
「頬をさわっている」と感じた人は、「頬がさわられている」というふう感覚の方に、意識を変えてみてください。
いかがですか?
頬の歓び具合が、違ってかんじられませんか?
その「さわられている」「さわってもらっている」をいう感覚を同様に、
「顔を洗っている」から「顔が洗われている」「顔を洗ってもらっている」という感覚に意識を傾ける。
以前寂しかった頭頂部が、いつのまにかフサフサになっていたエネラーさんがいらっしゃいまして、
驚いて伺ったら、「髪を洗う」を→「髪を洗ってもらっている」という意識に変えたそうです。
(他にもいろいろチャレンジしてのフサフサだとは思いますが、、)
ついでに「ありがとう」という言霊を、ひとりごとでわたしもぶつぶつと言っていますが、
「ありがとう」というひとりごとを言っている自分と同時に、
「ありがとう」と言ってもらっている自分、つまり耳で聞いている自分にも意識を傾ける。
わたしはそんなこともしております。
もしよければこちらもどうぞお試しくださいませ。
「ありがとう」という言葉を口にして耳で聴くことは、
さまざまな誤解や、頑なになっていた心を、柔らかく洗い上げてくれるフィルターのようなものかもしれないですね。
どんな言葉も、「ありがとう」と受け取れる自分でありたい。
いただいたメッセージを読み、そんなことを思いました。
「お頬の気持ち」って言葉の響き、ほんわかぷっくりしていて何かとっても可愛いですね。
お頬の気持ち側になるだけで、手のひらに乗った洗顔の泡さまも、きっと優雅にお肌の上を舞ってくれることと思います。
洗顔も、ありがとうの言葉も、
イキイキと美しく生きるための自分へのエールですよね♪
毎晩せっせと泡を作り 洗顔していたところです。
なるほどー
今日もいいお話でした。
お頬の気持ち側になりながら。。。
いつでも どこにでも ありがとう の ことば
感謝 !