お盆明けの16日。
10年以上会っていない友人と長い長い電話をしました。
これまで会っていない間のこと、今現在のこと、
とめどもなく溢れるようにしゃべった後、
ふと彼女が、亡くなったお母様のことを口にしました。
「車椅子には乗ってはいたけれど、病気の辛さも痛みも口にせず、一緒に旅行もして、亡くなる前日も元気に穏やかだった母が、息を引き取る2時間前にすごい声で、『イタイ!』って言ったの。あのイタイという言葉、あれは“痛い”ということだったのか“この世にいたい”ということだったのか、どっちだったと思う?」
その言葉を聞きながら、彼女の優しかったお母様の顔を思い浮かべました。
すると
「イタイとは、生まれる時に産道を通るあの痛み。」
という声がしました。
そうか、自分が産道を通り抜ける時に味わった痛み。
この世に生まれる時の、“希望”に満ちた痛みなのか!
と思った瞬間、また声がしました。
「この痛みがあってこそ、娘たちに出会えた。」
この世を去る間際、彼女のお母様は「イタイ」と口にしながら、
痛みの先にあった喜びに包まれながら、
あちらの世界に帰って行ったのだと思います。
10年以上会っていない友人と長い長い電話をしました。
これまで会っていない間のこと、今現在のこと、
とめどもなく溢れるようにしゃべった後、
ふと彼女が、亡くなったお母様のことを口にしました。
「車椅子には乗ってはいたけれど、病気の辛さも痛みも口にせず、一緒に旅行もして、亡くなる前日も元気に穏やかだった母が、息を引き取る2時間前にすごい声で、『イタイ!』って言ったの。あのイタイという言葉、あれは“痛い”ということだったのか“この世にいたい”ということだったのか、どっちだったと思う?」
その言葉を聞きながら、彼女の優しかったお母様の顔を思い浮かべました。
すると
「イタイとは、生まれる時に産道を通るあの痛み。」
という声がしました。
そうか、自分が産道を通り抜ける時に味わった痛み。
この世に生まれる時の、“希望”に満ちた痛みなのか!
と思った瞬間、また声がしました。
「この痛みがあってこそ、娘たちに出会えた。」
この世を去る間際、彼女のお母様は「イタイ」と口にしながら、
痛みの先にあった喜びに包まれながら、
あちらの世界に帰って行ったのだと思います。