2か月前に体調不良で仕事を辞めました。その後これいいな!という会社を見つけ、応募。家から近く、会社の雰囲気も条件も良く、先方も乗り気で和気あいあいの面接でした。「あなた神学生だって?へぇ~。ところで明日から仕事開始できる?」などと聞かれ、「決まった」と思ったのですが・・・、1週間後に不採用通知が届きました。心底がっかりしましたが、いつものように神に感謝をささげました。「落ちましたが、神はそのことも益とされます(ローマ人への手紙8:28)。だから感謝します」。
正直、感謝の祈りをしながらも「あ~あ・・」という気持ちに傾きます。努力しつつ神に感謝の祈りをささげていた所、フッと口から出てきた祈りは「・・・本当にがっかりしました。自分で仕事探すのが嫌になりました。イエス様。私に代わって仕事を選んで下さいませんか?」「『子どもが魚を下さいと言うときに、魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。 卵を下さいと言うのに、だれが、さそりを与えるでしょう』(ルカの福音書11:11,12)と聖書に書いてあります。私はあなたの子(クリスチャン)ですから、天の父なる神は必要なもの、それも最高最善のものを与えて下さる筈です。よろしくお願いします。」
次に受けた職場は、求人欄に「条件は面談にて説明」としか出ていませんでした。「家から近いし、条件聞くだけでもいいか」と、気楽な気持ちで出かけました。すると前のところより時給がよく、有給付。希望で社会保険OK。職場も気さくな雰囲気。
そして「長期の休み。たとえば1週間休も事前申請でOK」と、こちらが聞く前に説明され思ったことは「白馬キャンプや教会の聖会参加がフリーパス!。これも『(神が考える)最善のもの』という事か」と、神に感謝はもちろんとして、面接中に感心したり驚いたり。
そして日曜は忙しい会社にもかかわらず「え。礼拝で出られないって?ふーん・・・ま、いいか。わかった毎週休みでいいよ」。面接終了後、「採用決めたからよろしくね」。神に感謝します。hiromi