はじめに 労働組合入門について
3か月の研修期間、お疲れさまでした。月曜からはみなさんは新たな部署に配属となり、名実とともに仲間の一員となります。
みなさんにお配りした『労働組合入門』は第四版、初版は4年前、私の労組生活20年の節目に執筆したものです。
執筆のきっかけは2019年4月に脳梗塞で入院したことです。あの頃は、ベッドの上でいろいろな線につながれながら、人のいのちも時間も有限なものなのだなあとつくづく思ったものです。そして、脳細胞の一部が壊死したCT画像を見て、若いころは死は瞬間的で電撃的なものと思っていたけれど、そうではなく、人間もまた植物のように虫や病気に侵されつつ、あちこち壊れつつ、徐々に腐りながら壊死していくものなのだと思いました。
そこで、まだ元気なうちに、遺言というほどのものではないけれど、長年の仲間たちや若手のみなさんに「伝言」を残しておきたくて、資料を取り寄せ、3週間の入院中に構想を練り、このテキストのドラフト(草稿)にとりかかりました。5月に退院した後に書き上げ、6月の新人研修会に臨みました。
(この新人研修会の10日後に脳梗塞が再発して、危うくほんとうに遺言になるところでした)
この『労働組合入門』は本文64ページもあり、このあとはお楽しみの歓迎会もあります。今日はポイントだけ抜粋してお話します。残りは時間のあるときに読んでください。
今日の勉強会でお話することは、7月配信の組合通信で組合員のみなさんにも読んでもらおうと思います。校正に付き合うと思って、お目通しください。
職業選択の自由?
憲法第22条は、職業選択の自由を定めています。これは身分、性別、生まれによって自由に職業が選べない時代があり、社会的な弱者を保護するために規定されたものです。
しかし、ほんとうに職業選択が自由になったかといえば、必ずしもそうとはいえないでしょう。決定権を持っているのは、あくまでも雇用する側です。みなさんも就職活動を通じて、実感したのではないでしょうか。中小企業の当社が第一志望だという人も、いるのかもしれませんが、いたとしてもおそらく少数派ではないかと思います。
さて、今日のテキストには、『資本論』の著者であり、また社会主義者として労働組合運動にも大きな影響を与えたカール・マルクスや、その娘婿で『怠ける権利』の著者のポール・ラファルグの話が出てきます。マルクスはともかく、ラファルグの話をする労働運動家は、私くらいでないかと思います。私は実践に生きてきた実務家で、理論家ではありませんから、未だにわからないことばかりです。おもしろいかどうかわかりませんが、マルクスやラファルグについて聞く機会は滅多にないと思うので、聞いて帰ってください。
マルクスが少年時代に書いた、就職や進路について書いたおもしろい文章があります。それはマルクスがギムナジウム時代に書いた「職業選択論」という作文です。この作文には現代にも通じる就職観・進路観があります。
「しかしながら、われわれは、自ら天職と信ずるところの地位を、必ずしも選びとることができるとは限らない。社会における諸関係は、われわれがそれを定めうる以前に、すでに一定程度はじまっている」
少年マルクスが自分の天職と考えていたのは、詩人でした(やがて姉さん女房となる恋人のイェニーに捧げた下手くそな詩をたくさん残しています)。しかし当時のしきたりでは、マルクスは、ユダヤ人家庭の長男として、父親の家業である法律家の仕事を継がねばなりませんでした。こうした「親ガチャ」に始まり、コネ、その他もろもろの「社会における諸関係」から、就職や進路は逃れることができません。
「なりたい職業に就けるわけじゃないよね」と現代の若者にも通じる視点を示したこの少年は、やがて、歴史に残る名言を残すことになります。
「人間は自分自身の歴史を作る。しかし思い通りにではない。すぐ目の前にある、あたえられ、持越されてきた環境のもとでつくるのである。」
(『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』)
この会社は古い会社です。みなさんの目から見て、何でこんな時代遅れの、非合理なことをしているのだろうと思うこともあるでしょう。
われわれは時代遅れのこと、不合理なことは合理化していかねばならないと考えていますし、たえず新しいことに取り組まねばならないと考えています。
しかし何か問題があるとしたら、そうなってきたのには、それだけの理由があることも忘れないでください。これはお客さんに改善提案するときも一緒です。新人のあなたがたが思いつくレベルのことなら、とっくにだれかが思いつき、実行に移していたでしょう。それが実現できなかったのにはそれだけの理由があるものです(コスト、時間、機械、能力、法規・規制、特許やパテントの存在、安全性、経営者の無知・無理解その他)。その根本の部分を解決しないことには、新しいステージに進めないのです。
改革や挑戦をしようと思っても、思い通りにはいきません。経営層と労働者との間には、雇用する側と雇用される側の力関係があり、弱者である労働者の要求を実現するのは並大抵のことではありません。いまこの会社は完全週休二日制を採用し、大手並みの年間休日125日を勝ち取っていますが、これも15年かかりました。労働組合も平均年齢は40代なかばで、男性が多数派ですから、ジェネレーションギャップ、ジェンダーギャップが存在することは認めざるをえません。
当社にも過去にはセクシャルハラスメントやパワーハラスメントも存在しましたが、労組も粘り強く取り組み、今ではだいぶ改善されました。現在のデジタル化の取り組みも、元をただせば、労働組合が工場一辺倒だった会社に要求し、推し進めてきたものです(過去には会社案内は機械設備の紹介があるだけ、HPには問い合わせのメールアドレスの記載がないという謎の会社でした)。
もちろん、まだまだ未解決の問題、課題はたくさんあります。労働組合は、社会・企業のライフラインを握る労働者が主人公になっていくことをめざして、若いみなさんのチャレンジを応援していきたいと思います。
労働組合・労働運動とは何か
「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」
労働組合の精神を一言で言い表すなら、「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」です。
ただし、このことばは、「ひとりのために」はお題目で、「みんなのために」だけを求める、いわゆる全体主義に悪用されることもあるので、取り扱い注意です。中国や北朝鮮などの自称「社会主義」国家がそうですね。
いきなり脱線してしまいますが、いまも問題になっているゲーム依存症の人は、かつて「ネトゲ廃人」と揶揄されたものです。しかし、いわゆるネトゲ廃人の残した名言(?)で、いまも忘れられないことばがあります。
「私がいないとみんな死んじゃう!」
この人は、おそらくパーティの回復役の僧侶かなにかだったのでしょう。この人はまさに「ひとりはみんなのために」を地で実践しているなあと、労働運動家の私は感心(?)したものでした。
労働時間の短縮や有給休暇の取得の促進を訴えながら、私自身、時間外労働の部署ワースト5で、有休取得率も人並みです。レギュラーの仕事があると、なかなか休めません。脳梗塞で倒れたときも、「早く病院に行ってください!」と同僚の人に心配されながら、「でもこれだけは」とギリギリまで仕事していたものです。労組の役員がこんなことをいうのもなんですが、新人のみなさんも実務を任されるようになって、「私がいないとみんな死んじゃう!」と思えるようになったら一人前です。
もちろん、あなたが病気やけがをして、あるいはその他の理由で休んだところで、ゲームの世界ではバーチャル空間のキャラクターが死ぬだけのことですし、仕事だってどうにかなるものです。あなたの仕事は、かつて上司や先輩が担当していたものですから、どうにかなるものなのです。仲間たちだって、いつもがんばってきたあなたのことを応援してくれるでしょう。逆に、「属人的」といいますが、あなたでなければ仕事が回らないようなら、会社組織としては大いに問題があります。個性や能力を生かして、責任感をもって、仕事に真面目に取り組むことは素晴らしいことだけれど、労組のおじさんがこんなことをいっていたということは、忘れずに覚えておいてください。
「ひとりはみんなのために」と思ってがんばる人を、「みんなはひとりのために」の大原則で支えていくのが、労働組合の役割だと私は考えています。後述するように、ロンドンのパブから始まった労働組合の原点は、労働者が仲間どうし支え合う相互扶助の精神にあります。
労働三権について
ここからは憲法や法律、制度の面からみた労働組合の話をします。
日本国憲法第28条では、労働者の権利として、「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」といった3つの権利を認めています。
[団結権・団体交渉権・団体行動権]
日本国憲法第28条では、労働者の権利として、「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」といった3つの権利を認めています。これらをまとめて、労働三権と呼んでいます。
1 . 団結権
労働者が、雇う側と対等な立場で話し合うために、労働組合をつくる権利。また、組合に加入できる権利です。
2 . 団体交渉権
労働組合が、雇う側と労働条件などを交渉し、文書などで約束を交わすことができる権利です。当社では春の賃上げ(春季生活闘争)、夏の夏季一時金、冬の年末一時金の団体交渉が年3回行われています。
3. 団体行動権
労働条件改善のため、仕事をすることを拒否して、団体で抗議する権利。いわゆるストライキ権です。
労働者を守る法律 労働三法
日本には、労働者を守る様々な法律がありますが、その中でも基本となるものが「労働基準法」「労働組合法」「労働関係調整法」です。これら3つの法律を、「労働三法」と呼んでいます。
1 労働基準法
労働時間や賃金の支払い、休日など、労働条件の最低基準を定めた法律。
2 労働組合法
労働組合をつくり、会社と話し合いができることなどを保障した法律。
3 労働関係調整法
労働者と雇用者で紛争が生じ、当事者同士の話し合いでは解決が難しい場合、外部の組織が間に入り、解決するための手続きを定めた法律です。
労働組合の原点は最低賃金 たたかいはパブから始まった
ここからは労働組合の歴史についてお話します。テキストの『労働組合入門』でも、かなりのボリュームを割いていますが、今日は労働組合の原点である最低賃金、8時間労働、有給休暇の3点に絞ってお話します。
1789年のフランス革命の影響で、人権思想にもとづく労働条件の改善要求が強まり、初期の労働組合が生まれていきます。世界最初の労働組合(ユニオン)がはじめて生まれたのは、いわゆる産業革命で、世界でいちばん早く資本主義が発達したイギリスでした。
18世紀終わりごろ、機械による大量生産の開始により、資本主義が勃興します。このとき、農村から都市に流れ込んだ働く人々(賃金労働者)が生まれていきました。
18世紀から19世紀にかけての労働者階級は、長時間労働・低賃金・一方的な解雇など苛酷な労働条件のもとにおかれていました。当時の労働者はなんと1日14時間から15時間働いていました。
悲惨な生活を送っていたイギリス労働者の唯一の息抜きの場所がパブ(居酒屋兼コミュニティーハウス)でした。見ず知らずの労働者同士が、おしゃべりをしながらお酒を飲みながら仕事への不満やこれからの不安、さまざまな心配や身の上話などを語り、会社(使用者)への怒りや不公平感などをぶつけ日々のストレスを発散していたのです。
やがてこの労働者たちは、病気になったりケガをしたりしたときに(当時は医療保険などもありませんでした)それぞれのお金を出し合って助け合うような仕組みを作りました。そのお金は「パブの親父(マスター)」が預かり、管理していました。今日の共済制度や労働金庫のスタートです。
そのうち、お互いの賃金や働く環境をお互いが知るようになり「みんなでこれ以下の安い賃金で働くのはやめよう!! 」(最低賃金協定)という取り決めが始まりました。次には「これ以上長い時間働かないぞ!!」という労働時間の取り決めも始まりました。
世界最初の労働組合(ユニオン)はパブに組合事務所を置き、パブの店主がユニオンの代表(委員長)兼会計でした。
労働環境(待遇制度)を改善しようという働く人たちの輪がひろがり、ユニオンの活動は一つの町から地域へ、そして国全体に広がり、経営者に賃金値上げと労働時間短縮などを要求し、議会への要請行動、ストライキなどが行われるようになりました。
1799年、イギリス政府(ピット内閣)は、議会の多数を占める資本家階級の利益を守るため、労働者の労働組合結成を禁止する法律「団結禁止法」を制定し、労働者の運動を取り締まりました。ストライキも労働組合(ユニオン)も犯罪とされてしまいました。
しかし、イギリスの労働者は、これにひるまず、非公然に組合活動を続け、この運動はヨーロッパ全土に拡がり波及していったのです。
8時間労働と有給休暇は血を流して闘い取った権利
8時間労働という今では当たり前になっていることも、19世紀には革命的な要求でした。先に述べたとおり、当時は1日14〜15時間の長時間労働が当たり前だったのです。
1886年5月1日、アメリカの労働者は、8時間労働制を要求して20万人が一斉にストライキに入りました。5月3日にはストライキを行っていた労働者4名が警官により射殺され、5月4日、シカゴのヘイマーケット広場での抗議集会では、一部の参加者は権力への報復闘争として爆弾闘争を行い、警察側7人、労働者側4人の死者が出ました。この事件では、9人のアナキスト(無政府主義者)が逮捕・起訴され、4人が処刑されています。しかしながら容疑者の多くは、えん罪だったといわれます。
1889年に創立された第2インターナショナルは、このアメリカ労働者のたたかいを記念して、この日をメーデーとして労働者の統一行動日としました。8時間労働制が世界的に確立するのは、1917年のロシア革命を経て、1919年のILO1号条約においてです。
なお、日本において、8時間労働をはじめて採用したのは、明治時代、大日本印刷の前身の秀英舎の佐久間貞一でした(同社の名は秀英体というフォントの名前で残っています)。財界の反対でこの革新的な取り組みは頓挫してしまいます。労働組合にも理解を示したヒューマニズムあふれる経営者だった佐久間は、労働運動の恩人でもありました。
年次有給休暇は、フランスの地下鉄労働者が1900年に最初に獲得したものです。いつも地下で働いているので、平日にも太陽が見たいという要求を実現したわけです。有給休暇を法制化させたのは、フランスでは、1936年の人民戦線(ファシズムに対抗してできた社・共・急進社会党による左翼連立政権)のブルム内閣のときで、このときは、2週間の休暇でした。
労働者の祭典である5月1日のメーデーは、ヨーロッパでは春を祝う「五月祭」で、その前日がブロッケン山に魔女が集う「ワルプルギスの夜」です。世界に光と太陽が戻ることを祝う古代からの「五月祭」は、今では労働者の祭典になっています。そこには、8時間労働や有給休暇を要求し、希望を求めてたたかい続けた人々の血と涙と汗が刻まれていることを、忘れてはならないでしょう。
【おまけ】まどマギで学ぶマルクス
「ワルプルギスの夜」といえば、アニメ好きの人には、社会現象にもなった『魔法少女まどか☆マギカ』のラスボスの最強にして最凶の魔女を思い出すでしょう。『まどマギ』は、従来のアニメの枠を超える、画期的な作品であり、若いころにマルクスの思想や理論に学んだ労働組合のおじさんから見ても、大変興味深い作品でした。この作品を私に薦めてくれたのが、当時青年部長だったいまの組合長さんです。
『まどマギ』の「契約」はネットでちょっとした流行語になりました。この作品がヒットした背景には、バイトやパートや派遣、雇い主に一方的に有利な「契約」を結ばせられた非正規雇用が増加して格差が拡大した、この社会のリアルがあったはずです。
この作品のインパクトは、希望を願って魂を対価に奇跡を実現した魔法少女がたたかう相手の魔女が、実は魔法少女の成れの果てというマッチポンプであったということです。
この魔法少女システムは、マルクスの暴露した資本主義の搾取システムそのものです。
マルクスの『資本論』から引用してみます。
資本の魂の衝動
資本家としての彼は、「人間の形をとった資本」にすぎない。資本家の魂は、資本の魂である。そして、資本の生の衝動はただ一つである。みずからの価値を増殖すること、増殖価値を作りだすこと、資本の不変部分である生産手段を利用して、できるだけ多くの増殖労働を吸いとること、それが資本の「唯一の衝動」である。
資本は死せる労働であり、吸血鬼のように、生ける労働を吸いとることによってのみ生きている。
(『資本論』第一巻II 第8章 第1節 「労働日の限界」 中山元訳)
キュウべぇ=インキュベーターが地球外生命体の端末にすぎないように、資本家は資本の「端末」にすぎません。「マネーの奴隷」といいかえてもいいかと思います。
インキュベーターとは、元々は英語で「生まれたばかりの乳幼児を育てる保育器」を意味しています、そこから派生して「新しいビジネスの起業家やベンチャー企業を支援する団体、組織」を指します。若者に起業を呼びかける怪しい「インキュベーター」は、あの白ダヌキの同類ですから、くれぐれも用心してください。
資本主義社会では、労働者は「人間の形をとった労働力」すなわち労働力商品に貶められています。死せる労働である資本に、吸血鬼のように、生命力を吸い取られていくしかないのです。
『まどマギ』世界では、魂を対価に願いを実現した魔法少女の本体は、ソウルジェムです。初恋の人を助けるために契約を交わした美樹さやかは、「こんな体で抱きしめてなんて言えない、キスしてなんて言えない」と、魔法少女になったことを後悔し、絶望します。自分がすでに死体と一緒だと知ったさやかは自暴自棄になり、悲劇的な最期を迎えます。「人間の形をとった奇跡と魔法」として、宇宙のエネルギー回収に酷使され捨てられる魔法少女は、まさに「人間の形をとった労働力」「労働力商品」である「労働者」のアナロジーそのものです。
資本主義の搾取システムとは、人間が人間であることを否定し、労働力商品として疎外し、はたらくたのしさや生命のよろこびを奪い、LIVING DEAD、すなわちゾンビのような存在にしてしまうものです。
マルクスは、労働者の生活をこんな風に説明します。
「労働者にとっては、十二時間の機織り・紡績・穿孔・廻転・シャベル仕事・石割りが、彼の生命の発現だ、彼の生活だ、といえるであろうか? その逆である。生活は、彼にとっては、この活動が終わったときに、食卓で、飲食店の腰掛けで、寝床で、はじまる。その反対に十二時間の労働は、彼にとっては、機織り・紡績・穿孔などとしては何の意味もなく、彼を食卓や飲食店の腰掛けや寝床につかせる儲け口として意味があるのだ」
(カール・マルクス『賃労働と資本』)
ここで思い出したいのが、『白雪姫』の七人のこびとが歌う「ハイ・ホーの歌」です。
私たちの世代は、「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好き」という訳でこの曲を知っています。みなさんの世代なら、新訳の「みんなで楽しくいざ」でしょうか。
しかしこの曲の原詩は、いずれにせよ、こんな楽しそうな歌ではありません。いや、楽しい歌ではあるのですが、仕事が終わったことを喜んでいるのであって、仕事が好きとか楽しいとは一切いっていないのです。
村上春樹に『村上朝日堂 はいほー』というエッセイ集があります。英語のHi hoのニュアンスは、春樹作品の登場人物の決め台詞「やれやれ」です。この曲の原詩も、「Hi ho, Hi ho, It’s home from work we go.」であり、訳すのなら「やれやれ、やっと仕事が終わって家に帰れるだ」です。あー、鬱陶しい仕事が終わった、これからビールを飲むぞーと喜んでいる歌なのですね。
この「ハイ・ホーの歌」のように、労働者にとって本当の自分の生活の始まりは、仕事が終わってから、すなわち機械や会社組織に従属させられた「労働力商品」であることから解放されてからです。職場から解放されて、「食卓で、飲食店の腰掛けで、寝床」で始まるのです。
資本主義社会では、労働力は商品となり、資本家によって市場で売買されるものとなっています。労働者は資本家に労働力を売って賃金を受け取ります。しかし労働力が生み出した価値は、労働力の価値(受け取った賃金)より大きいのが通例ですから、そこに剰余価値が発生し、資本家は搾取した剰余価値を資本として蓄積していきます。これがマルクスの発見した剰余価値学説です。
しかし、労働力商品は生きた人間と切り離せないところに他の商品との違いがあります。人間は、他の商品と違って、生産調整や在庫調整ができないからです。
そこに恐慌や戦争が生まれる根本の原因があります。戦争は、資本主義のシステムからみれば、過剰となった労働力商品=労働者の「在庫調整」ということができます。
いまのウクライナの侵略戦争で前線にいるロシア軍の兵士たちは、低所得者や少数民族の人びとが多数を占めますが、貧困者や弱者を福祉で救うのではなく、戦場に送って何割か死んでもらおうというのが、いまプーチンのやっていることです。
マルクスは、労働力の商品化に資本主義の矛盾の根源があると考えました。資本主義のもとで疎外されている労働者が人間としての主体性を取り返し、社会的に解放することが、社会主義の課題であり、労働組合に課せられた使命でもあります。
「労働力商品」は「賃金奴隷」ともいわれますが、このマルクスの「労働力=商品」理論を悪用したのが、現代の奴隷商人ともいうべきパソナの竹下平蔵といえるでしょう。
『ゴーダ綱領批判』で、マルクスが否定したラサールという社会主義思想家がいます。このラサールは、マルクスに否定されたことで、慶應義塾の学長だった反共思想家の小泉信三に注目されて、竹下平蔵の理論・思想形成に大きな影響を与えます。ラサールは、プロレタリア革命をめざす階級闘争の原理原則を否定し、ブルジョアジーに対する「公正な分配」を主張しましたが、資本主義が資本主義である限り、その行き着く先は、結局「みんな平等に貧乏になれ(ただしおれたちブルジョアジーは除く)」です。マルクスの労働力商品理論を悪用し、このラサールの裏切りに便乗することで、労働法などの保護の外に置かれた、非正規労働者という「労働力商品」が大量に生み出されました。竹下平蔵は、まさにリアルの「インキュベーター」です。
労働組合は、非正規労働者を大量に生み出し、貧富の格差を広げる新自由主義を許さず、闘い抜いていきます。同時に、労働の楽しみ、いのちの喜びを奪還していくために、里山再生事業や、クラブ・厚生行事でスポーツやアウトドアの活動を進めています。里山再生の援農では、酷寒のなかでの植樹や防獣ネットの設営、炎天下の草刈りや防除は大変ですが、これこそ「生命の発現」だと思います。労働者が社会の主人公となり、生命の喜びを取り戻していくために、われわれの闘いも続きます。
『労働組合入門』では、[入社から退職まであなたを守る労働契約Q&A]というコーナーに、かなりのページ数を割いています。以下にその見出し部分のみを引用します。
このコーナーは、労組の長年の不断の闘争の結果、ホワイト企業と呼ばれるに至ったこの会社にいる限りは、読む必要はありません。いまの会社は法令も労使協定も遵守しています。
しかし、若いみなさんは将来転職する可能性もあります。このコーナーでは、いわゆるブラック企業(ブラックでなく非合法企業と呼ぶべきです)は、極端な長時間労働、過剰なノルマ、残業代・給与等の不払い、ハラスメント行為などが横行し、コンプライアンス意識が低く、人を平気で使い捨てる、離職率の高い企業の総称ですが、それを見極めるためのヒントをご提供しました。面接担当者には、「御社の36協定(サブロク協定)はどうなっていますか」と質問してみてください。ホワイト企業ならきちんと説明してくれるでしょう。ブラック企業なら「面倒なやつが来た」とただちに不採用にしてくれるはずです(ブラック企業でもなんでもいいから働きたい場合には、この質問はNGですよ)。
・採用のルール① ユニオンショップ協定について
・賃金のルール① 賃金の決め方について
・賃金のルール② 仕事でミスをしたときの損害賠償について
・労働時間のルール① 労働時間について
・労働時間のルール② 所定労働時間とは何か
・労働時間のルール③ 労働時間の定義
・労働時間のルール④ 時間外労働・休日労働について
・労働時間のルール⑤ 残業は拒否できるか
・労働時間のルール⑥ 休憩時間について
・労働時間のルール⑦ 休日について
・有給休暇のルール① 有給休暇について
・有給休暇のルール① 有給休暇を申請しても会社には時期変更権がある
・有給休暇のルール① 取得理由の説明義務はないが、した方がいい場合もある
・安全衛生のルール① 健康診断について
・職場のルール① 賞罰規定について
・職場のルール② セクハラ・パワハラについて
・職場のルール③ 服装・髪型について
・退職のルール① 退職について
・退職のルール② 退職金について
・退職のルール③ 退職を強要されても絶対に自分から辞めるといってはならない
画像フォルダより、かわいくないコアラさんの画像。