御前の池に、水鳥どもの日々におほくなりゆくを見つつ、入らせたまはぬさきに、雪降らなむ、この御前のありさまいかにをかしからむと思ふに、あからさまにまかでたるほど、二日ばかりありてしも雪は降るものか。
「土御門邸のお庭の池に、水鳥たちが日々に増えてゆくのを見ながら、「中宮さまが宮中にご還御なさる前に、雪が降るといいなあ。このお庭先の雪景色、どんなに素敵でしょう」と思っていたら、ちょっと里帰りしている間に、二日後にはほんとに雪が降っているから驚き。」
見どころもなきふるさとの木立を見るにも、ものむつかしう思ひみだれて、年ごろつれづれにながめ明かし暮らしつつ、花鳥の色をも音をも、春秋にゆきかふ空のけしき、月の影、霜雪を見て、その時来にけりとばかり思ひ分きつつ、いかにやいかにとばかり、行くすゑの心ぼそさはやるかたなきものから、はかなき物語などにつけてうち語らふ人、同じ心なるは、あはれに書き交はし、すこしけどほき、たよりどもをたづねてもいひけるを、ただこれをさまざまにあへしらひ、そぞろごとにつれづれをばなぐさめつつ、世にあるべき人かずとは思はずながら、さしあたりて恥づかし、いみじと思ひ知るかたばかりのがれたりしを、さも残ることなく思ひ知る身のうさかな。
「しかし何の見所もない実家の庭の木立ちを見ていると、気がふさいで、わけがわからなくなってくるわ。
あの人を亡くした頃、私は何もすることもなくて、日が沈むまでぼーっとしているだけだった。花の色、鳥の鳴き声、四季移り変わる空の景色、月の光、霜や雪、「もうそんな季節なのか」と感じる程度にしか興味が湧かなかった。
これから一体どう生きていったらいいのか。心細さや不安さをまぎらわすために、他愛もない物語について、仲良く語り合った人たちがいたわ。「仲間がいる!」と思ったら、嬉しくて手紙を書き交わしたものだし、近づきがたい方々にだって、人づてを頼ってでもお話を聞いてもらいたかった。あの物語の感想をさまざまにやりとりして、私は時間を潰していただけ。
私にはこの世界に生きる資格があるなんて思えなかった。しかし物語に夢中になっている間だけは、大人になれない自分の惨めさを忘れることができた。でも完膚無きまで思い知らされたわ。もうどうだっていいの。」
こころみに物語をとりて見れど、見しやうにもおぼえず、あさましく、あはれなりし人の語らひしあたりも、われをいかに面なく心浅きものと思ひおとすらむと、おしはかるに、それさへいと恥づかしくて、えおとづれやらず。
「ためしに物語を読み返してみたけれど、あの頃の感動はどこにいってしまったのかしら。もう見たくもなかった。あの頃一緒に盛り上がった親友たちも、今ではわたしを厚かましい、思いやりのない女だと軽蔑しているにちがいないわ。想像するだけで恥ずかしくて、もう手紙を書くことだってできはしない。」
心にくからむと思ひたる人は、おほぞうにては文や散らすらむなど、うたがはるべかめれば、いかでかはわが心のうちあるさまをも深うおしはからむと、ことわりにて、いとあいなければ、中絶ゆとなけれど、おのづからかき絶ゆるもあまた。
「奥ゆかしい大人たちは、いい加減な私に手紙など書いたら、物語の種に書きちらしてしまうと警戒するにちがいないわ。あるがままの本当の私なんかには、誰も決して近寄ってくれようとはしない。当然よ。最初からご縁がなかっただけ。絶交したわけでないけれど、自然と交際の絶えてしまった人たちばかり、もうたくさん。」
住み定まらずなりにたりとも思ひやりつつ、おとなひくる人もかたうなどしつつ、すべて、はかなきことにふれても、あらぬ世に来たるここちぞ、ここにてしもうちまさり、ものあはれなりける。
「宮仕えしてからは、内裏に殿の邸にお里に住所不定で、訪ねてくれる人も面倒になってしまったのでしょう。最近は、ささいなことでも、ああ、自分はこの世界のどこにも居場所がないんだなって気持ちになる。この実家に帰ってきても、その思いは強まるばかり。『もののあわれ』って私のことよ?」