恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

スイートホーム 第三話

2019-05-11 11:38:08 | スイートホーム



            ***

 夫が相談もなく勝手に購入したマイホームは妻にとって満足のいく『我が家』ではなかった。
 今は肥満して身をやつすこともなくなったが、見合い結婚した頃はまだ若さと多少の美を備えていた。そんな彼女は結婚から現在に至るまですべての意味で夫に満足したことがない。親戚に勧められたとはいえ、なぜ結婚してしまったのか後悔の連続で、惰性で離婚しなかっただけで夫に対してずっと信頼も期待も持ってなかった。
 そのため、まとまった退職金が出るとは思わなかったし、ましてや一軒家の購入など大それたことをしでかすなど夢にも思ってなかった。
 もしそこに考えが及んでいたなら、こんな悪質な物件を買わせはしなかったのに。
 夫の購入した中古物件は狭い上に動線の悪い間取りでリフォームも雑だった。さらに日当たりも悪く、家の真横には汚臭と害虫の発生するドブ川があった。
 誰も購入しないカス物件をこいつはつかまされたのだ。
 自分に相談していたらこんなことにはならなかった。
 妻のただでさえ高い血圧が上がる。
 身の程知らずが、マイホームなんか夢のままでいいんだ。金だけ持って帰ってくればよかったんだ。そしたら慰謝料ふんだくってさっさと離婚したのに。
 怒りと不満が妻の身の内でどす黒く渦を巻いた。
 
            **

 昼休憩、エイジは机に突っ伏して眠っていた。弁当を食べた後に来る眠気が気持ちよく、その時間は必ず昼寝をしている。
「ねえねえ、エイジ。僕、きのういいこと聞いたんだ」
 隣のクラスからチャメが来てエイジの前に立った。
「何? オレ、眠いんだけど」
「まあ起きてよ。
 となりのK町に誰も管理していない空き家があるんだって」
 しゃがんだチャメがエイジの机にアゴを載せ、ひそひそ話し出した。
 教室にはスマホに興じる女子生徒数人とエイジと同じく机にもたれて眠る男子が三人いるだけで、こちらを気にしている者は誰もいない。
 エイジが背筋を伸ばした。
「ふーん。誰情報?」
「ママ――じゃなくて、母ちゃん。その家、幽霊屋敷ってウワサあるんだけど――」
 いまさらマザコンキャラは変えられないよと、エイジは心の中でうそぶきながら、「幽霊屋敷? じゃあ、ダメじゃん」と再び机に突っ伏す。
「え? なに? 怖いの?」
 嘲りを含むチャメの声にエイジは視線を上げた。
「べ、別に怖くないよ」
「へー、ふうん。ま、今は信用しとくよ。
 でね、僕はそれきっと嘘だと思うんだ。子供たちが――僕らみたいなね――不法侵入しないようにそんなウワサ流してんだよ。
 だからさ、一度行ってみようよ」
「うーん――」
「ババクンは行くって。
 ダンダにはまだ言ってないんだけど。
 ねえ、怖いんならいいけどさ、怖くないなら行こうよ」
 エイジがゆっくりと起き上がる。
「よし。行くだけ行ってみるか。ダンダはオレが誘うよ」

 放課後、ダンダから二つ返事でOKをもらったエイジはいったん帰宅した後、待ち合わせ場所のいつものコンビニへ自転車で向かった。
 すでに待っていた三人と合流しすぐK町へと走り出す。
 赤い夕日が自転車に乗る四人の影を長く伸ばしていた。

スイートホーム 第二話

2019-05-10 11:15:31 | スイートホーム



            *** 

 背が低く痩せた初老の男がいた。おまけに貧相な顔立ちで、勤めていた会社では貧乏神とあだ名されていた。
 その男が退職金でマイホームを手に入れた。
 何を作っていたのかいまだ把握していない部品工場で毎日油にまみれて働き、上司に嫌われ同僚や後輩たちに無視され続けても定年退職するまで働きぬいた。
 退職金は男にとって文字通り汗と涙の結晶であった。
 もちろん大した額ではない。だが、中古の小さい家を購入することはできた。
 男は自分がやっといっぱしの人間になれたと大満足した。

            **

 それぞれの家にはいつも誰かしらいて、好き勝手に集まり騒げる場所はなかった。
 エイジの母親はイラストレーターで常に在宅している。世間一般の大人たちに比べると寛容なほうだが、年甲斐もなく少女趣味全開で、むさくるしい中二男子が四人も自宅に集まることをよしとしなかった。
 娘が欲しかったと堂々と嘆き、息子にかわいい彼女ができるのを楽しみにしていたが、最近は顔を見るとため息をついてダンダたちを家に招くと露骨に嫌な顔をした。
 ババクンの両親は学習塾を経営していた。よってみんなが集まると有無を言わせずまず勉強をさせる。必然、誰も近寄りたがらない。
 チャメの母親は専業主婦でご多分に漏れず、かわいい一人息子を溺愛していた。
 四人が部屋に集まると大喜びでお菓子や飲み物を用意してくれ一番最適な場所だったが、そのまま部屋に居つき首を突っ込んでくるのでみんなうんざりしていた。
 猫なで声でチャメを呼ぶ母親をダンダが特に嫌っていた。
 ダンダの家には母親がいない。
 だが、たった一間の狭い長屋にはダンダの部屋などなく、酒癖の悪い酔っぱらい親父がいつも大の字で寝ている。
 小さな子供たちが遊んでいる公園ではママ友たちが目を光らせているし、四人で集まれる場所はコンビニの駐車場ぐらいしかないのだ。
 こうるさい店員がいない時はいいとしても安住の場所ではない。
 空き家か空き倉庫でもあれば。
 エイジはいつも考えていた。しかも管理の行き届かない簡単に忍び込める場所。
 だが、そんな自分たちに都合のいい所がそう簡単に見つかるとはとても思えなかった。


スイートホーム 第一話

2019-05-09 10:52:55 | スイートホーム



            *

 ある住宅地の一角に幽霊屋敷と噂される古い空き家があった。
 庭に立つ半透明の老人を夜な夜な通行人が崩れた垣根の隙間から目撃するという。
 よくある友達の友達が見たというパターンだが、噂は拡散され、大きく育っていく――

            **

「どっか、いい場所ないかな」
 エイジは首筋をぽりぽりと掻きながら浮かない表情でつぶやいた。手にはコンビニの袋を力なくぶら下げている。
「んなとこ、どこにもないよ」
 ババクンもコンビニ袋を指に引っ掛け、ふてくされた顔でエイジを振り返る。
「ねえねえ、さっきの見た? あの店員の顔。ああいうのを目むいて鼻むいて怒るっていうのかな」
 チャメは笑っていたが二人と同じくやはり元気はない。
「俺らみたいなんがたむろする店が流行ってるってこと知らねえんだよ、あのクソ店員。集客してやってるみたいなもんなのにさ」
 そう吐き捨てダンダはペットボトルのコーラをぐびぐびと飲み干し派手なげっぷをした。
 中学二年生のエイジたち四人組は小学校時代からの仲良しグループだった。
 放課後コンビニに立ち寄って駐車場の片隅でダベろうとしていたところを店員に見咎められ敷地から追い出されたところだ。
 四人は世間から見て普通の良い子ではない。だが、手の付けられないワルというのでもない。
 同じ学年に万引きを注意され店員を殴って逃げたワルがいるが、それに比べるとかわいい少年たちである。
「ああ、ほんと、どっかないかな。オレ達みんなで集まれて、大人たちにうるさく言われない秘密基地みたいな場所。そんなとこあったらさ、女子も誘ってあんなことやこんなこと。むふふ――」
「おいエイジ、お前バカか。そんな都合のいい場所どこにもねえし、俺たちが誘ってついてくる女子なんかよけいいるか」
 ダンダはエイジのにやけた顔に水を差した。
「まあ、そうだろうけど――夢を壊さないでくれよ」
「ねえねえ、エイジの夢ってそんなでいいの?」
「じゃあ、チャメの夢ってどんなだよ」
「えー。僕の夢? うーん。わからん」
「おれも女子と仲良くするっていうの夢だなあ――」
「ババクンも? 二人ともそれが夢って悲しすぎるよ」
 チャメが憐れむ。
「ははは、お前ら勝手に言っとけ。俺は彼女いるからな」
 三人は一瞬、羨望の眼差しでダンダを見た後「ウソつけっ!」と同時に叫んでツッコミを入れた。
 それを笑ってかわしダンダが叫ぶ。
「もう、これからどこ行くよっ!」


call ~鬼来迎~ 終章 2

2019-05-08 11:21:20 | CALL

          2

 佑子はあの日からずっと自責の念に駆られていた。
 健夫の言う通り塾にさえ行かせていなければこんなことになっていなかったかもしれない。
「きっと帰ってくる」
 健夫は祐子にそう言い続けていた。
 佑子は涙を拭ってうなずく。
「そうね。
 いつかきっと私たちのもとに帰ってくるわよね」
 あれから何十回と繰り返されている同じ会話。
 佑子は夫の言葉を信じようとした。
 だが、文也の最後の絶叫が頭の中から消えることはなかった。    了

call ~鬼来迎~ 終章 1

2019-05-08 11:09:20 | CALL

          1

 北尾塾の塾長・北尾洋二郎は塾長室の机に座り、先生や生徒たちが消えてしまったことについて悩みに悩んでいた。
 さっきまで鳴りっぱなしだった机上の固定電話は受話器を外して横に転がしてある。窓のブラインドはすべて下げてあった。
 失踪した先生や生徒の家族、マスコミなどの対応に追われ、心身ともにくたくたになっていた。
 いったいどうなっているのか北尾にもわからない。説明したくともしようがないのだ。
 私が悪いのではない。
 まるで犯罪者かのように全国民に糾弾されているが北尾は何もしていない。もし罪があるというなら、あの日出張と偽って、不倫旅行していたことだろう。それはこの事件にはなにも関係ない。
 今のところ解決策はなく、前に進むこともできない。
 何もかもなかったことにして、一から先生と生徒を集めるか――いや、そんなこと世間が許すはずがない。このままここを手放さなければならないのか。

 若かりし頃、北尾は親友の森下と共同経営で塾を始めた。『夢塾』という名の小さな学習塾。
 安くて古い小さな一軒家を借り、アットホームな雰囲気でスタートした塾は人気が出てみるみる成長した。
 やがて、一等地に三階建ての城を持つことができた。講師を増やし、予備校まで増設した。
 生徒たちの夢を叶える。
 そのモットーを森下は何年たっても守っていた。
 だが、北尾は利益に重きを置き始め、塾を独り占めしたくなった。
 森下がいなくてももうやっていける。どうにかして陥れてやろうと画策している中、成績を上げるため叱咤激励した森下に逆恨みした女子生徒がいることを知った。
 その生徒は森下から性的暴行を受けたと警察に通報した。
 苦労を共にした相棒がそんな男でないことは北尾が一番知っている。だが、世間から非難を受けた森下を追い出して、塾を自分のものにした。
 森下は姿を消した。今はどこにいるのか――生きているのか、死んでいるのか――北尾は知らない。

 そんなことをしてまで手に入れた塾をわけのわからない事でつぶしたくない。北尾は目を閉じて頭を抱えた。
 軽い地鳴りを感じて顔を上げる。
「地震か――」
 震度1か2か。にしては揺れが少し違うような――
 ああ、そんなことはどうでもいい。いったいこれからどうすればいいんだ――
 軋んだ音が聞こえ、閉めたはずのドアが少し開いているのに気付いた。
 ここには誰もいないし、誰か来る予定もない。マスコミ関係者が無断で入ってきたのだろうか。
 だが、玄関に鍵をかけたことを北尾は思い出した。
 おいおい、まさかガラスを割って入ってきたとかじゃないだろうな。訴えるぞ。
 北尾が立ち上がろうとした時、ドアがゆっくりと開き始めた。
 廊下に大男が立っている。
 うつむいた顔はぼさぼさの長髪に隠れていて見えない。
 臭うほどのひどく汚れた衣服を見て、ここを寝泊りに利用しようとしている侵入者だと北尾は判断した。
「おい、ここは空き家じゃないぞ。早く出ていけ。でないと警察に通報するぞ」
 受話器を持ち上げ、ボタンを押す真似をする。
 しかし、男は動かない。
「おいっ」
 その声で男がゆっくりと顔を上げた。血の塊のような眼球で北尾を見る。半開きの口からは厚ぼったい舌が見え、口の端から涎が糸を引いていた。
 荒れた唇を弓形に歪めて一歩一歩中に入ってくる。手には血に濡れた鉈を持っていた。それが音を立て北尾めがけて振り下ろされた。