恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

スイートホーム 第八話

2019-05-16 11:09:42 | スイートホーム



            *** 

  真冬という時期も災いした。
 その年の冬は例年にない厳しい寒波で雪の降る日が多く、積雪記録を何度も更新していた。
 庭の死体は冷蔵庫内で保存されているように腐敗が抑制される一方、屋内ではエアコンの暖房によって妻の腐敗が進行した。
 だが、近隣の住民に届いていたのはいつものドブ川の臭いで、別の異臭に気付いたのは冬も終わりに近づき、暖かい日が続いた頃。
 不審に思った隣人が垣根の隙間から男の死体を発見、警察が駆けつけ妻の死体も発見に至り、町内は大騒ぎになった。
  
           **

 天板全体に積もった埃の上を手形が無数に付いていた。
「手の跡じゃねえか」
 ダンダがつまらなさそうにそっぽを向く。
「うん。それがなんで付いてんのかなと思ってさ」
 奇妙に感じているババクンの口ぶりに、
「そりゃ、管理人とか不動産屋とか、いろいろ出入りするからだろ」
 ダンダはすでに興味を失い、物色を再開した。
「そうだよ。これがネズミの足跡とか蛇の這った後だったら、ちょっと怖いけどね」
 チャメがふふふと笑う。
「キモイこというなよ」
 エイジはチャメを肘で突いた。
「でも、ここに入った時、長い間人の出入りがないなって感じなかったか?
 なのにこの指の跡くっきりしてるんだよね。上に埃も積もってないし」
 ババクンは目線を上げたり下げたりして、手形を何度も確かめている。
「あっ、ほんとだ」
「もう、キモイこと言うなって。怖いだろ」
「やっぱ、エイジは怖がり屋さんだ」
「ち、違うよっ」
 小突き合いしている二人にダンダがライトを当てた。
「お前ら、いつまでごちゃごちゃやってんだ」
「ダンダはどう思う?」
「ふん。ふたりともババクンに騙されてんだよ」
「ちょっ、おれ、ここ全然触ってないよ」
 ババクンが慌てて否定したが、ダンダはにやりと顔を歪め、エイジもチャメも疑いの眼差しを向ける。
「ほんとだって。信じてよ。そんないたずらなんてしない――ぷっ」
 我慢できなくなったババクンが「ったく、ダンダは騙せないよ。この二人なら完璧だったのにさ」と吹き出した。
「ひっどお」
 チャメが頬を膨らませる。
「おいっ、これ見ろ」
 次にダンダが声を上げた。
「もういいよ」
 エイジとチャメが同時にツッコみ、ババクンが笑った。
「見ろって」
 ライトがソファ横のカーペットを照らす。浮かび上がるのは人型のどす黒い染みだった。乾いて褪せてはいたが気味の悪さは十分だ。
「うわぁ、キモっ」
 チャメがエイジの後ろに隠れた。
「ここが幽霊屋敷っだっつーのわかる気がするな。まあ、これも誰かのいたずらかもしんねえけど」
 ダンダがしゃがみ込み、染みを興味深げに眺めている。
「なあ、なんか腐ってるような臭いがしないか?」
 エイジがかすかに漂うカビや埃以外の臭いにやっと気付いた。

スイートホーム 第七話

2019-05-15 11:01:39 | スイートホーム



           ***

 なぜ妻が夫の死体を庭に放り出したのか。
 それは夫をマイホームから永遠に追放するという、殺してもなお殺し足りない夫への嫌がらせだった。
 だが、烈しい怒りと殺人、さらに庭までの短い距離とはいえ肥満と高血圧症の身で行った死体の運搬が心臓に負担をかけた。
 部屋に戻りサッシに錠をかけ、ガラス越しに惨めな夫を眺めてほくそ笑んだ直後、急性心筋梗塞を発症した妻は胸を押さえ悶えながらソファの横に倒れ込んだ。
 子供もいない。親類もいない。まだ新聞の購読も開始していないし、近所づきあいも始まっていない。
 故に姿の見かけない夫婦を周囲の誰ひとり気にする者はなく、いつまでたっても中で起こっていることは気付かれなかった。

            **

「お前さ、手慣れてない?」
 躊躇せず作業を行う親友が知らない人間のような気がしてエイジは少しだけ怖くなった。
 ダンダは咥えていた懐中電灯を手に取り「俺もテレビで見たんだよ」と、靴を履いたままさっさと家に上がり込んだ。
 ババクンとチャメが後に続く。
 戸惑いを振り払ってエイジも中に入った。
 見つかったらすぐ逃げられるよう、掃き出し窓は開けたままにしておいた。
 街灯の明かりで仄かに浮かび上がる部屋はリビングだった。ソファセットにキャビネット、テレビがそのまま残っている。
「家具、置きっぱ――」
 何もないただの空き家だと思っていたエイジは驚いた。
 ダンダは黙って懐中電灯を照らしながらあちこち物色している。
 やっぱり手馴れてるとエイジは困惑したが、もう気にしないことにした。
 ソファの前には大きめのテレビ台が据えられていたが載っているテレビは十四インチの小さなものでチャメが笑う。
「これじゃソファに座ったら見えないね」
 チャメの家にあるのは超大型テレビだ。映画を観るのもゲームするのもド迫力だった。
「ふん。おまえは大きいのに慣れ過ぎてんだよ。こんな狭い部屋ならちょうどいいさ」
 ダンダが鼻を鳴らす。
 ババクンがテレビ台の上を指でなぞった。ごっそりと埃が指先に溜まり、慌ててズボンで拭う。
 エイジはソファの上にも埃がたっぷり積もっていると思い「今度、なんか敷くもの持ってこなきゃな。直接座るの気持ち悪いし」とつぶやいた。
「あっ、僕持ってくる」
 チャメが手を上げる。
「じゃ、お前、全アイテム担当な」
 ダンダは笑いながらチャメの顔に光を当てた。
「もう、まぶしいよ」
 チャメが光の輪に目を細めて顔を背ける。
「なあ、これなんだろ」
 ババクンがキャビネットの天板をじっと見つめていた。
 ダンダが懐中電灯を向けて近づく。
「なに、なに」
 チャメも好奇心旺盛に近づいていく。
 エイジは二人の間からキャビネットを覗き込んだ。

スイートホーム 第六話

2019-05-14 11:17:17 | スイートホーム



            *** 

 男の頭頂部は妻の一撃で陥没した。
 頭を押さえ呻いていた男は幾度も殴られ、脳と脳漿をぶちまけて血まみれになりながら息絶えた。
 死体は妻によってリビングの掃き出し窓から庭へ、血の跡を付けながら引き摺り出された。

            **

 こじんまりした庭は雑草が蔓延り荒れ放題だった。
 垣根の所々が破損し穴が開いていたので通行人に見咎められないかとエイジは心配になった。
 だが、さっきから人っ子一人通らず、隣近所に見つかった気配もないのでひとまず安心した。
「なんだ、ほんとに普通の空き家だな。チャメが言ったとおり、近所のババアか不動産屋のおっさんが幽霊話を盛ってたんだな」
 ダンダが閉められた掃き出し窓から中を覗き込みながら鼻で笑った。ここもきちんと施錠されている。
「はい、これ」とチャメがウエストポーチからガムテープを取り出し、ダンダに差し出す。
「ガラスに貼って割るとあんまり音がしないんだよ。テレビでやってた」と、しれっと言う。
「おいおい。お前が一番しつけのいい坊ちゃんなんだぞ。末恐ろしいな」
 ダンダは懐中電灯を咥えると、受け取ったガムテープをクレセント錠周囲のガラスに貼った。
 チャメはダンダの言葉を気にする様子もなく、再びポーチを漁り、今度は小振りのハンマーを出してきた。 
 開いた口が塞がらないような顔でダンダはガムテープと交代にハンマーを受け取り、テープで囲んだガラスを叩く。
「こいつらマジで怖いんですけど」
 滑らかに作業する二人を見てババクンがつぶやいた。
 エイジも同感だ。
 静かな庭にガラスの割れる音がしたが、テープのおかげか聞き咎められるほどではない。
 事実、近隣から何の反応もなく、それを確認してエイジは指で丸を作った。
 ダンダが尖ったガラスに注意しながら穴に手を突っ込んだ。クレセントを解錠し、サッシをゆっくり開ける。きいぃと軋む音がしたが気になるほどもない。
 淀んだ空気がふわりと流れ出し、かびと埃と何か得体のしれない臭いがしていたが、興奮している四人は気にも留めなかった。


スイートホーム 第五話

2019-05-13 10:00:58 | スイートホーム



            ***

 居丈高に振る舞う夫への怒りがついに頂点に達した。
 ある夜、狭いリビングに置かれた安っぽいソファの上で「茶を入れろ」とふんぞり返る夫の一言で妻のスイッチが入った。テーブルに置いていたガラスの灰皿を雑誌を読む夫の頭めがけて思いきり振り下ろす。
 安っぽいくせに重量だけある灰皿はソファセットと共に居間に置くのがステータスだと考える夫自身が購入したものだった。

            **

「もういい頃かな」
 エイジが顔を上げた。
 近くにあるスーパーマーケットの駐輪場で待機することにした四人は携帯ゲームで時間を潰していた。
 きょうは偵察だけのつもりなのでおやつを購入しなかったが、もしあそこを秘密基地にするならコンビニでなくここを利用しようと四人で決めた。
 見かけない少年たちを不審に思ったのか、店員がガラス越しに注視している。
 咎められる前に自転車を置いたまま幽霊屋敷へと急いだ。
 点在する街路灯が夕闇の中で灯り始め、小さな羽虫を集めていた。
 まだ遅い時間でもないのに幽霊屋敷の周囲はやけにひっそりしている。
 通行人もなく人目がないのはいいが、なぜだか落ち着かない。
 悪いことをしようとしているからかな。
 エイジはふっと笑った。
「何? 何笑ってんの?」
 チャメが普通のテンションで訊いてくる。
「しっ」
 エイジはあたりを窺い幽霊屋敷の門の中にチャメを引っ張り込んで身を隠した。
 続いてダンダたちも素早く中に入ってしゃがみ込む。
「声デカ過ぎ。お前バカか」
 ダンダがチャメの頭を小突く。
「ごめん、ごめん。てへっ」
「てへ、じゃないよ。
 ところでさ、門に鍵がかかってないってことは人の出入りがあんのかな。不動産屋とか」
 エイジが眉をひそめた。もしそうなら基地にしても常にびくついていないとならない。
「でもこんな時間に来ねぇだろ」
 ダンダは腰をかがめたまま玄関のドアノブをそっと回した。さすがにドアはきちんと施錠されている。
 ダンダはその姿勢のまま垣根と家屋の間を通って庭に向かった。チャメが同じ姿勢で後ろに続き、ウエストポーチから小振りの懐中電灯を出してダンダに渡す。
 あまりの手回しの良さにエイジとババクンは顔を見合わせた。

スイートホーム 第四話

2019-05-12 11:05:02 | スイートホーム



            ***

 新居に移り、一国一城の主となった男は自分の価値が上がったと思い込み、今まで逆らえなかった妻に横柄な態度をとるようになった。
 だが、妻からすれば男の価値などこれっぽっちも上がっていない。むしろ今回のことでマイナスになってしまった。
 男はそのことにまるで気付いていなかった。

            **

 K町に着くころには夕日が沈み、空が濃い紫色に染まりかけていた。
「お前、塾さぼったのママにばれないか」
 エイジは先頭を走るチャメに訊いた。
「大丈夫。ママ――じゃねぇ――母ちゃんは塾に行ってるって信じてるし、塾には休みますって電話したから。僕、どっちからも信用されてるからね。バレないよ」
 チャメはしたり顔でエイジを振り返る。
「へいへい。チャメちゃんいい子でちゅもんねー」
 笑って茶化すエイジを今度は並走するダンダが心配した。
「エイジは? こんな時間にいなかったら怒られるんじゃね?」
「へーき。オレんとこ放任だもん。まあ女の子だったらもっとかまわれてんだろうけどね。
 ところでババクンは?」
 ダンダの事情はわかっているので、エイジは斜め前のババクンに訊いた。
「黙って出てきたよ。きょうはふたりとも忙しいから気付かないんじゃないかな」
 振り向きもせず素っ気なく答える。
 ババクンはこういうこと訊かれるの好きじゃないよなとエイジは思い出した。
 チャメの自転車がきゅっと鳴って止まる。
「あそこだよ」
 指さすほうに崩れかけた垣根に囲まれる古い一軒家があった。
「なあんだ普通の家じゃん。幽霊屋敷っていうから蔦がびっしりの洋館かって思ってた」
「ほんとだ。マジふつー」
 エイジとダンダは自転車にまたがったまま家を眺めて笑った。
「本当に人、住んでないのか?」
 ババクンの問いにチャメが大きく頷く。
「よしっ。もう少し暗くなるまでどっかに待機だ。ここにチャリ止めるわけにいかないから置く場所探そう」
 自転車をユーターンさせ今度はエイジが先頭に立って勢いよく漕ぎ出した。 
「さっきさ、スーパーあったじゃん。そこへ行こうぜ」
 ダンダが後に続き、ババクンとチャメが賛成した。