幼い頃、空想好きな子供だったかもしれない
私は誰なんだろう、どこから来たんだろう・・・と、よく思っていた
あの頃、色々と考えていた事を文章にしておけば、ちょっとした児童図書になっていたかもしれない・・ ? (笑)
転勤族で小学校は5回の転校、一人で空想したり考えたりする子供だった
転校と言っても、元の学校に戻った事を計算に入れないとすれば正確には4回
という訳で、あわただしい小学生生活・・・
そして中学校は1回転校して、それ以降は、だいたい、ほぼ同じような地域に
住んでいる
引っ越しは思い出せないくらい多いけど、
離婚してから住み始めた今の住まいが一番長い、自分の性格にはフィットして
いて住みやすいと感じるから・・・これが一番だと思う
考えると中学1年生での転校は、田舎娘がいきなり都市の大きな学校へ転校と
なったので、少々きつい思いをしたように記憶している
周りは教育熱心の家庭の子供ばかり・・・勉強できるか ?そうでないかで
変に教師の対応が違うし、家庭訪問の時の会話の内容も裕福な家庭向けの
教育についての会話の印象
都会の学校って、こんなものなのだろうねぇ・・と思って馴染めなかった
小学生から高校生まで、親の別居だのなんだのと、くっついたり離れたり
ほとんど理解できなかった。
最後は両親も夫婦である事を全うしたけれど、苗字がよく変わって子供は困る
落ちつきのない、変な家庭だった・・・💦
思えば、グレる事もなく素直に育ったものね、なんて感心したりする(笑)
そう言う私も、元夫と離婚したので何ともいえないけど
冷静に考えても道がなくて娘の助言 (絶対に離婚すべきの薦め)も強力だったし
離婚が一番安全な生き方になり、幸せになる道を歩くスタートになる
苗字が何度も変わるなんて、笑ってしまうよ・・・と思い、そのままにした。
でも、これは判断を誤った、いくら名字が変わりすぎとは言え
やはり、元の父方の名字に帰るべきだったかもしれない。
人生を歩む上で大切なのは、家庭内が平和であり、暴力、暴言、恐怖が無い事
そして家族だと思うなら、離れて住まない事・・・ではないだろうか ?
遠距離恋愛とかよくある事だけれど、心も遠距離家族である事が多かった
元の夫とは、遠距離恋愛を経て結婚して、知らない部分も多かったし
家庭内暴力のクセがある事を知ったのは結婚してから・・・・
私の運命はそんなモノなのかもしれない・・・と時々、思う
すごく昔の歌で「いいじゃないの幸せならば」なんて歌があったよね
山もあれば谷もあるし、何が一番、自分にとって大切なのか幸せなのか
それを思う事も大切なのかもしれない
とりあえず、辛いとか苦しい事が今は全くない・・・
これは、とてもありがたい事だと思う
幸せって、そんなに複雑ではない
ただ、自然に心が温かくなる事だと思う
残りの人生は、気楽に楽しく、気ままに生きて行きたい
↓ 画像がエキゾチックな雰囲気のYoutubeで、見とれてしまいました
こんな映像を撮って編集するのは楽しそう
とまどうペリカン 井上陽水