「君が代」不起立訴訟最高裁判決全文
(停職処分取消等請求事件)
主 文
1(1) 原判決のうち上告人X2の停職処分の取消請求に係る部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
(2) 東京都教育委員会が平成18年3月13日付けで上告人X2に対してした停職処分を取り消す。
2 原判決のうち上告人X2の損害賠償請求に係る部分を破棄し,同部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
3 上告人X1の上告を棄却する。
4 第1項に関する訴訟の総費用は被上告人の負担とし,前項に関する上告費用は上告人X1の負担とする。
理 由
第1 本件の事実関係等の概要
1 本件は,東京都公立学校教員であり東京都の市立中学校又は東京都立養護学校の教員であった上告人らが,各所属校の卒業式又は記念式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること(以下「起立斉唱行為」ともいう。)を命ずる旨の各校長の職務命令に従わず起立しなかったところ(以下これを「不起立行為」ともいう。),東京都教育委員会(以下「都教委」という。)からそれぞれ停職処分を受けたため,上記職務命令は違憲,違法であり上記各処分は違法であるなどとして,被上告人に対し,上記各処分の取消し及び国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)38条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)54条の2の規定に基づく中学校学習指導要領(平成10年文部省告示第176号。平成20年文部科学省告示第99号による特例の適用前のもの。以下同じ。)並びに同法43条及び同施行規則57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下同じ。)は,それぞれ,第4章第2C(1)において,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定め,同章第3の3において,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」について,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。
平成19年文部科学省告示第46号による改正前のもの。以下,中学校学習指導要領及び高等学校学習指導要領と併せて「学習指導要領」という。)は,第4章において,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めている。
(2)ア 都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,東京都立高等学校及び東京都立養護学校等の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,① 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,② 入学式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し,その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること,③ 教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること等を通達するものであった。
イ 立川市教育委員会の教育長は,平成17年1月7日付けで,同市立小中学校の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件立川市通達」といい,本件通達と併せて「本件各通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,上記ア①ないし③など本件通達と同内容の事項を通達するものであった。
(3)ア 上告人X1は,昭和46年4月に東京都公立学校教員に任命され,平成16年4月1日から同18年3月31日まで立川市立A中学校(以下「A中学校」という。)に勤務していた。
同上告人は,平成18年3月15日,A中学校の校長から,本件立川市通達を踏まえ,平成17年度卒業式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令を受けた。しかし,同上告人は,上記職務命令に従わず,同月17日に行われた同校の卒業式における国歌斉唱の際に起立しないで着席した。
都教委は,平成18年3月31日,同上告人に対し,後記イのとおり同上告人は従前も職務命令違反により懲戒処分等を受けてきたところ,同上告人の上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反し,同法29条1項各号に該当するとして,3月の停職処分をした。
イ 上告人X1は,都教委から,上記停職処分を受けるまでに,次のとおり,5回の懲戒処分及び2回の訓告を受けていた。
平成6年4月25日,当時の所属校である八王子市立中学校の同年3月18日の卒業式において,校長が国旗を掲揚するのを妨害し,掲揚された国旗を引き降ろしたとして,給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
平成7年11月16日,当時の所属校である八王子市立中学校における同年3月22日の朝の学級活動等の時間に,校長が卒業式において国旗を掲揚したことに抗議する内容の「職員会議の決定を踏みにじった校長先生の行為を私は決して忘れはしない」と題する印刷物を生徒に配布して読み上げるなどしたとして,文書による訓告を受けた。
平成11年8月30日,上記中学校の同年2月16日から同月19日にかけての家庭科の授業時間に,国旗や国歌に関する校長の指導があたかもオウム真理教と同じマインドコントロールされた命令と服従の指導であるなどと記載したプリントを配布し,職員会議の内容を生徒に示し,校長の学校運営方針を批判するに等しい授業を行ったとして,文書による訓告を受けた。
平成14年3月27日,八王子市教育委員会の指導主事による上記中学校における同上告人の授業の観察後に行われた同委員会の協議会への出席を命ずる旨の校長の職務命令に違反したとして,給与3月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
平成17年3月31日,A中学校の同月18日の卒業式において,国歌斉唱の際に起立斉唱行為及び司会から着席の指示があるまで起立していることを命ずる旨の職務命令を受けていたのに,国歌斉唱の際,一旦起立したが途中で着席し,その後に司会から起立してくださいと言われ一度起立したが再び着席したとして,給与6月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
同年5月27日,A中学校の同年4月7日の入学式において,上記と同じ内容の職務命令を受けていたのに,国歌斉唱の際に起立しなかったとして,1月の停職処分を受けた。
同年12月1日,上記不起立行為を契機に受講を命ぜられて同年7月21日に受講した服務事故再発防止研修において,日の丸,君が代強制反対と書かれたゼッケンを着用し,同研修の担当者から再三ゼッケンを取るよう言われたにもかかわらず,これを着用し続け,同研修の担当者に対し,ゼッケンを取るようにとの発言を撤回せよ等の発言を繰り返すなどして,同研修の進行を妨げたとして,給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
(4)ア 上告人X2は,昭和50年4月に東京都公立学校教員に任命され,平成17年4月1日から同18年3月31日まで東京都立B養護学校に勤務していた。
同上告人は,平成18年1月20日,同校の校長から,本件通達を踏まえ,同校の同月25日の創立30周年記念式典における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令を受けた。しかし,同上告人は,上記職務命令に従わず,同日に行われた同記念式典における国歌斉唱の際に起立しなかった。
都教委は,平成18年3月13日,同上告人に対し,後記イのとおり同上告人は従前も職務命令違反により懲戒処分を受けてきたところ,同上告人の上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反し,同法29条1項各号に該当するとして,1月の停職処分をした。
イ 上告人X2は,都教委から,上記停職処分を受けるまでに,次のとおり,過去の2年度に3回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていた。
上告人X2は,都教委から,① 平成16年4月6日,当時の所属校である東京都立養護学校の同年3月24日の卒業式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の校長の職務命令に違反して起立しなかったとして,戒告処分を受け,②同年5月25日,上記養護学校の同年4月6日の入学式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の校長の職務命令に違反して起立しなかったとして,給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分を受け,③ 同17年3月31日,上記養護学校の同月16日の卒業式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の校長の職務命令に違反して起立しなかったとして,給与6月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
(5) 都教委は,懲戒処分の量定の決定に際して,過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず再び同様の非違行為を行った場合には量定を加重するという処分量定の方針を採っており,上告人らに対する上記(3)ア及び(4)アの停職処分も,この方針に従って量定の加重がされたものである。
(6) 上告人らが上記(3)ア及び(4)アの起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令(以下「本件職務命令」という。)に従わなかったのは,上告人らの歴史観ないし世界観等において,「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割が否定的評価の対象となることなどから,起立斉唱行為をすることは自らの歴史観ないし世界観等に反するもので,これをすることはできないと考えたことによるものであった。
3 原審は,本件職務命令は憲法19条等の憲法の規定に違反するものではなく違法であるとはいえないとした上で,上告人らが都教委からそれぞれ受けた停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものではなく適法であるとして,上記各処分の取消し及び損害賠償請求を求める上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
第2 上告代理人和久田修ほかの上告理由について
1 上告理由のうち職務命令の憲法19条違反(同条違反に係る理由の不備・食違いを含む。)をいう部分について
原審の適法に確定した事実関係等の下において,本件職務命令が憲法19条に違反するものでないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照)。所論の点に関する原審の判断は是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
2 その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 上告代理人和久田修ほかの上告受理申立て理由書(2)記載の上告受理申立て理由について
1(1) 公務員に対する懲戒処分について,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており,その判断は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁,最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)。
(2)ア 本件において,上記(1)の諸事情についてみるに,不起立行為の性質,態様は,全校の生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典において行われた教員による職務命令違反であり,当該行為は,その結果,影響として,学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらすものであって,それにより式典に参列する生徒への影響も伴うことは否定し難い。
イ 他方,不起立行為の動機,原因は,当該教員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものである。また,不起立行為の性質,態様は,上記アのような面がある一方で,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではない。そして,不起立行為の結果,影響も,上記アのような面がある一方で,当該行為のこのような性質,態様に鑑み,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかは客観的な評価の困難な事柄であるといえる(原審の認定によれば,本件では,具体的に当該卒業式又は記念式典の進行に支障が生じた事実は認められないとされている。)。
2(1) 本件職務命令は,前記第2の1のとおり憲法19条に違反するものではなく,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであって(前掲最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決等参照),このような観点から,その遵守を確保する必要性があるものということができ,このことに加え,前記1(2)アにおいてみた事情によれば,本件職務命令の違反に対し,学校の規律や秩序の保持等の見地から重きに失しない範囲で懲戒処分をすることは,基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内に属する事柄ということができると解される。
他方,同イにおいてみた事情によれば,不起立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる。そして,停職処分は,処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における職務の停止及び給与の全額の不支給という直接の職務上及び給与上の不利益が及び,将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ上,本件各通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこと等を勘案すると,上記のような考慮の下で不起立行為に対する懲戒において戒告,減給を超えて停職の処分を選択することが許容されるのは,過去の非違行為による
懲戒処分等の処分歴や不起立行為の前後における態度等(以下,併せて「過去の処分歴等」という。)に鑑み,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきである。したがって,不起立行為に対する懲戒において停職処分を選択することについて,上記の相当性を基礎付ける具体的な事情が認められるためには,例えば過去の1,2年度に数回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分の処分歴がある場合に,これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず,上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど,過去の処分歴等が停職処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきである。
(2) これを本件についてみるに,前記第1の2(4)イのとおり,上告人X2については,都教委において,過去の懲戒処分の対象とされた非違行為と同様の非違行為を再び行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,過去に同様の非違行為による懲戒処分を繰り返し受けているとして,量定を加重して1月の停職処分がされたものである。しかし,過去の懲戒処分の対象は,いずれも不起立行為であって積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為は含まれておらず,いまだ過去2年度の3回の卒業式等に係るものにとどまり,本件の不起立行為の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれないこと等に鑑みると,同上告人については,上記(1)において説示したところに照らし,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から,なお停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとは認め難いというべきである。そうすると,上記のように過去2年度の3回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていることのみを理由に同上告人に対する懲戒処分として停職処分を選択した都教委の判断は,停職期間の長短にかかわらず,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き,上記停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと解するのが相当である。
(3) これに対し,前記第1の2(3)イのとおり,上告人X1は,過去に,不起立行為以外の非違行為による3回の懲戒処分及び不起立行為による2回の懲戒処分を受け,前者のうち2回は卒業式における国旗の掲揚の妨害と引き降ろし及び服務事故再発防止研修における国旗や国歌の問題に係るゼッケン着用をめぐる抗議による進行の妨害といった積極的に式典や研修の進行を妨害する行為に係るものである上,更に国旗や国歌に係る対応につき校長を批判する内容の文書の生徒への配布等により2回の文書訓告を受けており,このような過去の処分歴に係る一連の非違行為の内容や頻度等に鑑みると,同上告人については,上記(1)において説示したところに照らし,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から,停職期間(3月)の点を含めて停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったものと認められるというべきである。そうすると,上記のように同種の問題に関して規律や秩序を害する程度の大きい積極的な妨害行為を非違行為とする複数の懲戒処分を含む懲戒処分5回及び上記内容の文書の配布等を非違行為とする文書訓告2回を受けていたことを踏まえて同上告人に対する懲戒処分において停職処分を選択した都教委の判断は,停職期間(3月)の点を含め,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず,上記停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないと解するのが相当である。
3(1) 以上によれば,上告人X2の停職処分が適法であるとして同上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち同上告人の請求に係る部分は破棄を免れない。そして,同上告人の停職処分の取消請求は理由があるから,同部分につき第1審判決を取り消して上記請求を認容すべきであり,また,同上告人の損害賠償請求については,都教委の過失の有無,慰謝すべき損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
(2) 他方,以上によれば,上告人X1の停職処分が適法であるとして同上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は,是認することができ,原判決のうち同上告人の請求に係る部分に所論の違法はない。この点に関する論旨は採用することができない。なお,その余の上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。
第4 結論
以上のとおりであるから,原判決のうち上告人X2の請求に係る部分を破棄し,同部分のうち,停職処分の取消請求に係る部分につき第1審判決を取り消して上記請求を認容し,損害賠償請求に係る部分につき本件を原審に差し戻すとともに,上告人X1の上告を棄却することとする。
よって,裁判官宮川光治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子,同金築誠志の各補足意見がある。
(つづく)
2012年1月16日「東京『君が代』裁判(第一次)」最高裁判決全文
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81893&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120116162214.pdf(PDF)
2012年1月16日「根津・河原井裁判」最高裁判決全文
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81892&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120116143405.pdf(PDF)
(ハンマー)