このブログは、バンディオンセを冠したブログだが
あくまで私的な(バンディオンセの事を拡散するにすぎない)地味なブログ。
今日は、先日お亡くなりになったデッツォーラ島根の若三康弘氏について、書く。
私はデッツォーラ島根の試合を2014年から年に数回観戦している。
若三氏と話をして、印象に残っているのは、弊地味ブログ内で
デッツォーラ島根の感想を書いた事を知っていたようで
「ブログの人だね」と全社和歌山で、言ってもらえた事。
以降、現場で会えば、デッツォーラ島根のいちファンとして
挨拶をする関係となり、私から握手を求めれば
「温かい手やね」と言ってもらえ、毎回握手をしてくれた事。
温かい手をしているなどと誰からも言われた事がなかったので、
この事も、とても印象に残っている。
デッツォーラ島根は、バンディオンセ加古川のセレクションを受けに来た選手が
何人か所属していたチームでもあった。そこの代表兼監督の若三氏は
ベンチでは驚くほどの広島弁で、ギャーギャー言うし
酒もたばこも大好きな印象だったが、愛嬌というのか人懐っこさというものがあり
いちファンでしかない私の顔も覚えており、
「今のデッツォーラ島根は、どうなんですか」
「バンディにいたGK船崎選手はどうですか」 等々
かなり踏み込んだ質問にも答えて下さる方だった。
今年も何度かお見かけして、ちょろっと話す機会があり
若三氏の顔色については、何となく変だなと思うことはあったが、まさか急逝するとは。
最後に、若三氏と話をしたのが、6月に岡山市政田で行われた大雨のNTN戦について。
「あの試合は、あきません。県リーグレベルです」
と不遜にも、問題提起したのが、最後でした。
改めて、心より御悔やみと御冥福を申し上げます。
あくまで私的な(バンディオンセの事を拡散するにすぎない)地味なブログ。
今日は、先日お亡くなりになったデッツォーラ島根の若三康弘氏について、書く。
私はデッツォーラ島根の試合を2014年から年に数回観戦している。
若三氏と話をして、印象に残っているのは、弊地味ブログ内で
デッツォーラ島根の感想を書いた事を知っていたようで
「ブログの人だね」と全社和歌山で、言ってもらえた事。
以降、現場で会えば、デッツォーラ島根のいちファンとして
挨拶をする関係となり、私から握手を求めれば
「温かい手やね」と言ってもらえ、毎回握手をしてくれた事。
温かい手をしているなどと誰からも言われた事がなかったので、
この事も、とても印象に残っている。
デッツォーラ島根は、バンディオンセ加古川のセレクションを受けに来た選手が
何人か所属していたチームでもあった。そこの代表兼監督の若三氏は
ベンチでは驚くほどの広島弁で、ギャーギャー言うし
酒もたばこも大好きな印象だったが、愛嬌というのか人懐っこさというものがあり
いちファンでしかない私の顔も覚えており、
「今のデッツォーラ島根は、どうなんですか」
「バンディにいたGK船崎選手はどうですか」 等々
かなり踏み込んだ質問にも答えて下さる方だった。
今年も何度かお見かけして、ちょろっと話す機会があり
若三氏の顔色については、何となく変だなと思うことはあったが、まさか急逝するとは。
最後に、若三氏と話をしたのが、6月に岡山市政田で行われた大雨のNTN戦について。
「あの試合は、あきません。県リーグレベルです」
と不遜にも、問題提起したのが、最後でした。
改めて、心より御悔やみと御冥福を申し上げます。