どうでしょうか?
誰もが認めるその形とは似ても似つかない状態です。
事実この両者のスウィングは受け入れられたものではありませんでした。
特にこの状態の事を「フライングエルボー」と呼び、先のクラブ構造上のズレと同様、専門家ほど嫌悪感を持つというものでした。
それにも理由があって、その当時(今もですが)スウィングのお手本とされていたのはベン・ホーガンです。
それを元にスウィング理論なるものを持っている人達にとっては、この形が主流になることは非常に都合が悪い。
自らの根本を否定されるものですから。
ですので、この形が悪いものとして広まったのは専門家にとっては好都合だったのです。
で、この流れに喜んだのは何を隠そうこの2人?
ゴルフにとって非常に理にかなったこの形が悪者、特殊なものとして扱われるのですから、誰も真似しようとはしません。
相変わらず“脇をしめる?”ことをやってくれているのですから、2人のあの勝ち星も納得です。
勿論、当人のスウィングが素晴らしかったことには違いありませんが、追う側の選手達がより複雑極まりないスイングをしていたのでは歯が立たないことは自明の理です。
ここで「フライングエルボー」に関するある言い伝えをご紹介しましょう。
実はこの言葉を世に広めたのは実は、そのニクラウス本人だった?!
悪い形というニュアンスで伝えたのも作戦?!
まあ都市伝説ともとれる内容ですが、火の無いところに煙は立たないという諺もありますし、選手としては知られたくない、真似されたくないという心理を考えれば、当たらずと雖も遠からず、だと思います。
そのフライングエルボースウィング?を持って来日した際、その(悪評の)前評判を偏見とせず取り入れたのが尾崎将司選手です。
彼は常々、スウィングを事細かく伝えるのではなく、「その意味を考えろ!」と言っていたそうです。
だから風評被害にあわず、以降の栄光を獲得することが出来たのでしょう。
確かに中には真似した選手もいたとは思いますが、そうしている理由というものが伴わないがために続かなかったのでしょう。
少し話がそれてしまいました。「脇をしめろ」と「腰を入れろ」に戻ります。
この両方の言葉は、形や動きの事を言っているのではなくて、日本人として受け継がれてきている精神論としての意味合いが強いというのが私の見解です。
ちょっとうっかりミスをしてしまった時のことを「脇があまい」と言います。
「脇をしめてかかれ」というのは気合を入れてとか準備万端でという意味です。
「腰を入れる」も同様、物事に取り組む際の心構えというか、そういう意味合いで使われる言葉です。
両者共、あまりにイイ言葉すぎて?使わずにはいられなかったのかもしれませんが、こと体にあてはめてしまうとトンデモナイことをやらされてしまう事になります。