吐くことさえすれば、息は勝手に入ってくる。
吐くことさえすれば、息は勝手に入ってくる。
今日のLa Vangurdia紙、1面見開きを使って、広島と長崎にどうやって原爆が落とされたかを詳細に説明。カタルーニャでは原爆に対する関心が驚くほど高い。 pic.twitter.com/s55AkmFJY9
32位『鈴木さんにも分かるネットの未来 (岩波新書)』(川上 量生/岩波書店) amzn.to/1ULrtSj pic.twitter.com/wXvFuYkQn1
だいたいさ、分数なんて大学の文系の学問やる上で、必要なんかないさ。小中の勉強がいやで不適応だった子が、自分で文献を読み、分析的に考えるような学問は得意というケースだってある。自分でできないなんて決めつけない方がいい。勝手に勉強すればいい。学問は、アナーキーさ!
私の好きな祈りにこんな言葉があります。「すべての生きとし生けるものがいる限り、そしてまた多くの人が苦しんでいる限り、私はここに残ってその人たちのために生き続ける」この祈りを胸に、私は常に日々の実践を行い、祈りを捧げています。
大きな口を開けて、大きな声で、ハキハキ話す。
そうすれと声がこもって、滑舌の悪い、音の切れた話し方ができます。
「成長率3%で財政は再建できる」と宣言したとき、「骨太の方針」は終わった。|経財諮問会議が「予算編成の司令塔」を降りた日 :日本経済新聞 nikkei.com/article/DGXMZO…
特集「戦争を、読む」。いとうせいこう+陣野俊史、対談「坂口安吾の“巻き込まれなさ”」に注目を! 「イノチガケ」「日本文化私観」「白痴」……太平洋戦争の前、最中、後に書かれた安吾作品を読み解きながら、安吾が戦争と「時局」にどう対峙してきたかを検証する。#すばる9月号
「超法規的措置」とか「弾力的運用」ということがぎりぎり成り立つのは、それが事件化した場合には、「言い出したのは私ですから、私が責任を取ります」と固有名において引き受ける人間がいる限りにおいてである。
世間を見ると、学校の成績がよかったとか、知識があるとかそういう人に限って、実際に試す前に見切った気になってしまって、行動しないことが多い。それでは、成功はおぼつかないだろう。
8月5日水曜日戦争法案反対ひとりスタンディングアピール@福岡天神コア前
ただいまから、はじめます。
A1サイズより少し大きい黒板を利用して新たなアピールボード作りました。 pic.twitter.com/dWjwtmy0IL
上念司がSEALDsの個人情報と悪質デマを拡散 安保反対デモを習近平応援デモとも(リテラ)bit.ly/1IG8peX 政府の政策に反対するデモは、民主主義国で市民に認められた権利だが、この人はその権利を否定している。 pic.twitter.com/RGmon05q89
"I'm a mess. I am full of contradictions. There are many ways in which I'm doing feminism wrong." ? @rgay t.ted.com/cFglqVr
群馬県の教職員は声を上げた。涙が出るよ。この方たちは教師が子どもにとってどんなに大きな存在であるかを自覚されて、それを誇りに思い、それにふさわしい人間であろうと、真の教育者であろうとされてる方々だ。/画像は大友剛様FBより pic.twitter.com/kjQRPIJmbg
ジミー・ペイジ、広島平和記念公園、1971年と2015年
Led Zeppelin's Jimmy Page visit Hiroshima, 1971 & 2015 pic.twitter.com/7A5ovD1gOC
風通しの良い連結体。つまりはデモクラシー。そういうあり方こそ、望ましいあり方だ。ただ、一つだけ、あれ?って思うのは、SEALD と言うのは英語で「密閉」の意味。守ると言う意味があるのだろうけど、風通しの良い密閉というのは変な感じ。その変な感じな所がむしろ良いのかもしれない。