巨人・レッズ・チャーハン(2019年は和と動)

基本的には巨人応援ブログです。しばし更新していませんでしたがマイペースで再開。

元巨人・市川がプロ1号

2014-08-22 07:14:26 | 野球
市川は両こぶしを握りしめた。2点リードの4回1死。宮川の内角直球をとらえた。5年目でのプロ初アーチが、左翼席に飛び込んだ。(中略)巨人時代の4年間、1軍出場は9試合。3年目以降はクビ宣告の恐怖と闘う日々だった。あきらめそうになった時、奮い立たせてくれたのは、野村克則コーチ(当時)の言葉だった。「どんなに苦しくても腐るな。必ず誰かが見てくれている」
昨オフ、金銭トレードで日本ハム移籍が決まった。イースタンで地道にやってきたことが、敵チームに評価された結果だった。「ずっと1軍をめざしてやってきて、頑張ってきた4年間があるから、今がある」。崖っぷちで踏みとどまったプロ人生は、サクセスストーリーに変わろうとしている。

(22日スポーツ報知1面より)

市川は09年のドラフト4位で巨人に指名され、ルーキーの年から1軍の試合に出場していたが、市川が在籍していた4年間は阿部慎之助の全盛期。2番手捕手には実松、加藤健がおり、2軍暮らしが続いた。

昨年のドラフトで巨人が小林誠治を1位指名したことから、日本ハムへのトレードが実現。ハムは正捕手の鶴岡がFAでソフトバンクに移籍したために、自然と出番が増えた。環境が変わったことで、活躍するトレードの好例の典型だ。もし巨人に残っていたら、ずっと2軍暮らしで、というより鬼屋敷、河野という期待の若手がいたため、2軍でも試合出場は限られていたかもしれない。

一岡、脇谷、小笠原、山本和作、そして市川。元巨人の選手の活躍は素直にうれしい。まあ、巨人戦ではおとなしく願いたいが…。

東海大四・西嶋投手の超スローボールで一騒動

2014-08-22 04:35:44 | 野球
熱戦が続く甲子園の高校野球。
そんな中、東海大四高の西嶋亮太投手が投げた推定50キロ台の超スローボールがちょっとした騒動となってしまった。

元アナウンサーはツイッターで「ダメとは言わないが、少なくとも投球術とは呼びたくない。意地でも。こういうことをやっていると、世の中をなめた少年になっていきそうな気がする」とコメント。これに批判が集中し炎上。元アナウンサーが「言葉の使い方を誤った」と謝罪する一幕があった。
海の向こうのアメリカではダルビッシュが「一番難しい球」とコメント。DeNAの三浦大輔は「議論になること自体おかしい」とプロ選手は一様に肯定している。

私も肯定派。小学校の頃、投手をしていたが、私の投げるボールは遅かった。かといって速いボールを投げると「打ち頃の球になってしまうから遅くていい」と監督に言われた。そこで小さいながらも考えたのがスローボール(カーブではない。変化球は少年野球では禁止)だった(西嶋投手ほど緩くはないが…)緩急の差は20キロくらい。ただし監督からは1打席で2球以上投げるなとは言われた。目が慣れてしまうからだろう。こうして騙し騙し投げ、相手を抑えていった。

日本ハムの栗山監督が言うように「150キロを超えるストレートを投げれるなら、このボールを使う必要はない」
西嶋投手の体格に恵まれておらず(168㎝・59キロ)、ストレートは130キロ台。そこで編み出したのがこの超スローボールなわけだ。ちゃんと考えて投げているのだ。これも立派な投球術。

だいたい甲子園に出場するほどの高校球児が「世の中をなめきる少年」になるはずがないだろう。野球というスポーツは「球道、即、人道」という言葉があるように、野球がうまくなるのはもちろんだが、まず人として一流になれということを徹底的に叩きこまれる。戦いの場・グラウンドに皆で挨拶するのは野球くらいだろう。この元アナウンサーには

野球人を舐めるな!


と言いたいね。



ホットロード

2014-08-21 00:23:48 | ドラマ・映画


映画「ホットロード」を見てきた。これはNHKの朝ドラ「あまちゃん」でブレイクした能年玲奈の朝ドラ後、最初の作品。
原作は25年以上前の少女漫画で、これまで映画化の依頼があったそうだが作者が断っていた。ただ「カラスの親指」で能年の存在を知り、「彼女が主演なら」とOKを出した玲奈ちゃんありきの映画化である。ちなみに「あまちゃん」放送前から映画化は決まっていたそうだ。

14歳の主人公の役を能年が演じることに不安視もあったが、学校の場面はほとんど出てこないので違和感はなかった。
元気ハツラツの「あまちゃん」とは全く違う役を演じた玲奈ちゃんの演技は見事だったが、内容的にはイマイチ。彼女のファン以外はあまり見ることをお薦めしませんな。

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投げるだけじゃない(桑田真澄)

2014-08-17 10:59:52 | 巨人
現在、甲子園で高校野球が行われているが30年前、甲子園を沸かせたの投手が桑田真澄だった。1年夏から3年夏まで出場可能な大会(5大会)すべてに出場。通算20勝(3敗)を挙げた。この記録は未来永劫破られないだろう。ちなみに田中マーくんは甲子園8勝である。桑田の半分にも及ばないのだ。

高校3年間はストレートとカーブの2種類しか投げず、清原に「スライダーやシュートも投げれんのに、何で投げんの?」と聞かれると「将来プロに進んだことのことを考えてのことだ」と返し、「とんでもない奴と一緒にやっとるんだオレ」と驚嘆させた。

「甲子園優勝投手は大成しない」と言われたが、巨人に入って173勝を挙げ、この定説を覆している。これは松坂大輔、田中マーくんに引き継がれている。

桑田の凄い所は投げるだけじゃない。打っても守っても一流だったことだ。甲子園で6本ものホームランを打っており、これは清原に続いて通算2位である。プロに入っても7本打っており、通算打率は2割を超える。ウィキペディアで投手でありながら、打撃の成績が載っているのは桑田くらいだろう。同僚の川相昌弘(現巨人ヘッドコーチ)が打撃のアドバイスを求めたほどである。

打者・桑田と言えば2002年の6月19日の横浜戦。延長11回無死1塁の場面で、まだ野手が残っているにも関わらず原監督が代打で指名させたのは桑田だった。そしてバスターエンドランを見事に成功させチームを勝利に導いている。

守っても野手顔負けで、ゴールデングラブ賞を8度も獲得している。これは巨人の先輩・西本聖と並んで史上最多タイである。おそらく野手に転向しても活躍できただろう。「投げ終われば9人目の野手」という意識がすごく高い選手だった。

投手は打ち終わって1塁に走る場合、またランナー出た場合、「全力疾走」すると疲れて投球に影響するので手を抜く人がほとんどだが、桑田は走塁も全力だった。解説で「投手が全力疾走して疲れるくらいなら(その程度の体力なら)野球辞めた方がいいですよ」とはっきり断言するほど。

投げても、打っても、守っても、走っても常に全力。そして投手として明確な理論を持っている。そんな桑田を慕う後輩は多い。桑田には巨人という1つの球団に縛られずに、幅広く自らの野球論を指導してほしい。東大の臨時コーチはその一環だと思う。

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敵ながら見事な粘り(鳥谷敬)

2014-08-16 09:42:40 | 野球
いいバッターというのは2ストライクまでは取らせても、3つ目のストライクは簡単に取らせない。これは10日に東京ドームに行き、中日の大島洋平を見て再認識した。そして14日の試合。同じく好打者の阪神・鳥谷敬も魅せた。

1対4と3点ビハインドで9回1死無走者で打席に立った鳥谷。マウンドは巨人のクローザー・マシソン。3ボール2ストライクまで行ったが、ここから粘りに粘った。変化球には体が泳ぎながらも何とかバットに当てファールにし、150キロを超えるストレートにはバットに当てる。最終的にはレフトフライに倒れたが、10球以上投げさせた。敵ながら見事な粘りである。

この粘りをセンターで守っていた大田泰士、ライトの長野はしっかり見ていただろうか?
2人に共通して言えるのは、この粘りの無さ、3つ目のストライクを簡単に取られるということである。
この粘りを見て、何かを感じなかったら、大田は1軍で生き残れないだろうし、長野は日本を代表する選手になれないだろう。

長野に関しては原監督から「坂本と共に巨人を引っ張ってほしい」と期待をかけられている。もうそういう位置にいるのだ。いつまでも阿部におんぶに抱っこでは困る。

片や鳥谷は今や阪神の看板選手。キャプテンを務めている。彼もそのうち2000本安打を達成するだろう。

悪条件の時こそ、選手の地力が見えるもの

2014-08-16 08:47:43 | 巨人
巨人7-2広島


この日の広島は雨。いつ試合が途中で終了になるかわからない。こういう試合は先手必勝。常にリードしておく必要がある。相手の先発はマエケンであったが、坂本が初回にホームランを打つと、2回には由伸のホームラン、3回には連打で序盤(3回まで)で6得点。理想的な試合運びだった。

だが7対1と巨人6点リードの5回表に強い雨で試合が中断。あわや降雨ノーゲームとなる危機だったが、何とか雨は小降りになり48分の中断後再開。村田、阿部、由伸を早々に下げたのでその後、点を奪うことはできなかったがリードを守り切り快勝。3連勝とした。

巨人はドーム球場が本拠地なので‘温室育ち’とか言われて、雨のゲームには弱い印象があるが、この日は違った。マエケンは明らかにぬかるんだマウンドに不機嫌そうな顔をし、途中自らバツ印を出してグランドを整備するよう依頼するなど、苛立っていたのに対し、巨人先発の内海は「そういう姿を見せたら負け」と平常心を保った。

6回を投げ終えたところで川口コーチから交代を打診されたが続投を志願。8回を投げ切り救援陣の負担を軽減させることに成功した。巨人は前日の東京から広島に移動・即ゲームの日程だっただけに先発が長いイニングを投げ切ったことは大きい。

またベテランの由伸も打つ(2安打3打点)だけでなく、3回には小窪の左中間抜けそうな打球を好捕。
ショートの坂本も4回、広瀬の強烈な打球を上手く処理すると、2塁へバックトス。併殺を完成させた。

グラウンド状況が良い時に良いプレーを見せるのは当たり前。
こういう悪条件の時こそ、選手の地力が見えるものだ。
その点で言うと、巨人の選手は地力を見せてくれた。オールスター明けてから、調子の上がらない巨人だが、この試合がきっかけで流れが変わるかもしれない。そんな予感がした試合だった。

佐倉リトルシニアがジャイアンツカップで日本一

2014-08-13 18:33:56 | 地元(佐倉市)
13日の午前中に東京ドームで行われたジャイアンツカップ決勝で私の地元の佐倉リトルシニアが6対1で京都南山城ボーイズを破り日本一に輝いた。おめでとう
5試合で総得点32、総失点5という圧倒的な強さでの優勝だという。

このジャイアンツカップ。名前を聞いたことがある野球ファンは多いと思う。アンチなどは「巨人が勝手にやってる大会でしょ」とイチャモンをつけそうだが、とんでもない。凄い大会なのである。

スタートは1994年。球団創立60周年(この年、10・8決戦を制しリーグ優勝。西武を破って日本一)の事業の一環としてスタート。小・中学2部門の硬式野球大会だったが、2005年より中学部門のみの開催となった。

中学生の硬式野球は、例えば高校の高野連(日本高等学校野球連盟)のような統括団体が存在せず、複数の団体があるが、ジャイアンツカップだけは全国の主要7リーグ(シニア、ボーイズ、ポニーなど)すべてが参加する唯一の大会で、事実上の中学硬式野球の日本一決定戦になっていた。07年からは日本野球連盟からの公認を受け、「全日本中学野球選手権大会 ジャイアンツカップ」と改名され、それまでの交流大会から、正式な全日本選手権大会へと格上げになったものである。

多くのプロ野球選手もこの大会に出場しており、有名な選手では今江(ロッテ)、内海(巨人)、吉川(日本ハム)らがいる。
そんな大会に地元の佐倉市のチームが優勝したのだから快挙だ。優勝したこのメンバーから、将来のプロ野球選手が誕生するかもしれない。

「まだ中学生。プロなんて気が早いんじゃない?」という指摘もあろうが、侮ることなかれ。来年にはこの大会に出場した選手が甲子園でプレーしているかもしれない。桑田・清原・中田翔のように1年生から甲子園を沸かせた選手は少なからずいる。
そして3年後の秋にはドラフト会議でプロの球団から指名されるかもしれないのだ。

第2の長嶋茂雄が佐倉市から誕生する日も近い……………かもしれない。



さて統括団体が存在しないと言えばプロレスもそうである。私が小学生の頃(1980年代)は全日本と新日本の2大メジャー時代だったが交わることはなかった。
そして2010年代。多くの団体が入り乱れ、新日本の選手がノアのリングに上がることもあるが、事実上の統一大会はない。アントニオ猪木とジャイアント馬場、藤波辰巳とジャンボ鶴田、武藤敬司と三沢光晴がシングルで戦うことはついに見られなかった。雲の上から馬場、鶴田、三沢、橋本らはどんな思いで今のプロレス界を見ているのだろうか?


面白くなってきたじゃねえか

2014-08-12 21:53:06 | 巨人
巨人3-4阪神


首位攻防戦の初戦は敗退。

相手の投手に2安打2打点を許す。
2対4になって、なお無死満塁で1点も入らない。

こんな野球やってたら勝てんわな。今日はメッセンジャーに見事にやられたわ。
これで0.5ゲーム差。

面白くなってきたじゃねえか

直接対決だから勝てば首位キープ、負ければ陥落。わかりやすい。

阿部に当たりが出てきたのは好材料。途中からはマスクもかぶった。明日はキャッチャー・阿部、ファースト・ロペスで最初から行けばいい。夏休みはおしまい。働いてもらうよ。

あと杉内の後を投げた久保、青木、田原、土田、江柄子が無失点で抑えたのも好材料。これを勝ってる試合でもできるといいんだけどね。

明日は天王山?
落合じゃないけど言葉の使い方を間違えるな!

東京ドームへ(8/10中日戦)

2014-08-11 20:10:47 | 巨人
巨人2-1中日


10日は東京ドームへ行ってきました。
もともとは仕事だったのだが急遽、休みになったのでfacebook友達に余っている券を定価で譲ってもらい行くことにした。というより行かなければならなかった。前日の時点で2位阪神とは0.5ゲーム差。もし負ければ首位陥落もあり得る。いてもたってもいられなかった。


ドームの敷地内に着くとまずは原監督の人形とグ~~タッチ。以前のは、あまりにも多くの人がグータッチしたために壊れてしまったそうだ。だから第2弾の人形は腕の部分が強化されて作られていると思う。



自分の席から見た風景はこんな感じ。C指定席は久しぶり。外野に打球が飛ぶと判別しにくい。中日の選手が外野にボールを飛ばすたびにドキッとした。



7回裏の攻撃前には「雄志」と書かれたフラッグを掲げ「闘魂込めて」の大合唱。でもなぜか中日ファンからは大ブーイング。バカじゃねーーの!



試合はもちろん私の応援のおかげ?で巨人が1点差勝利。整列しファンに挨拶する巨人ナイン



ヒーローインタビュー。1人目は大竹。鬼門の6回は抑えたが7回に1点返されたところで降板。先発投手は7回を投げ切ってほしいものだ。これで8勝目だが、うち5勝は中日戦。ということは他球団からは3勝しかしてないことになる。菅野の故障も長引きそうだし、もう1ランク上のピッチングをしてほしい。次回は17日、古巣・広島戦での登板が濃厚。お礼参りをしてやれ!



2人目はマシソン。この試合で20セーブ目をあげた。マシソンのセーブ数が増えるごとに優勝へと近づく。この日は球団が家族を試合に招待したそうだ。外国人はこういう時には燃えるんだよね。日本人は身内が来るのを嫌がるけど。特に子供の頃は


もう少し点を取ってほしかったけど、勝ち試合を見られて満足。次は9月、優勝がかかった大一番に行こうと思っている。


元巨人・中井康之さん死去

2014-08-11 13:20:24 | 巨人
巨人は9日、元巨人の中井康之(なかい・やすゆき)さんが、同日午前4時30分、食道がんのため神奈川県内の病院で死去したと発表した。60歳だった。

 通夜は、12日午後6時、告別式は13日午前10時から。場所はいずれも品川区西五反田5-32-20「桐ヶ谷斎場」(03-3491-0213)で執り行う予定。喪主は妻の中井万千子(なかい・まちこ)さん。

 中井さんは京都・西京商から1972年(昭47)ドラフト1位で入団。通算390試合に出場し、打率2割1分1厘、3本塁打、19打点の成績を残した。

 原辰徳監督(56)のコメントは以下の通り。

 原監督 新人で入団した当時、教育係の中井さんから巨人軍のしきたり、ルールを教えてもらいました。プレースタイルはファイターそのもので、ガッツが技術を超える、そういう選手だったと思います。ベンチではリーダーで、応援団長のような役割を果たしていました。体調がすぐれないとはうかがっていましたが、訃報に接し、衷心よりお悔やみを申し上げます

(引用しました)

ドラフト1位で入団した割には数字は残せなかったが引退後、居酒屋「なかい」をオープン。多くの野球関係者や巨人ファンが集まる店として有名になった。私も巨人ファンのツイッター仲間とのオフ会で2度訪れたことがある。


気さくな方で、初対面の私にも肩に手を回し、笑顔で写真撮影に応じてくれた。その人柄に感激したものだ。まだ60歳と若いのに本当に残念です。またみんなで試合観戦オフ会を「なかい」でして、お会いしたかった。故人のご冥福を心からお祈り致します。