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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

コンビニ人間  村田沙耶香/著

2021年08月07日 13時38分28秒 | 読書・文学


36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。第155回芥川賞受賞。

第155回芥川賞受賞作! 36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。オープン当初からスマイルマート日色駅前店で働き続け、変わりゆくメンバーを見送りながら、店長は8人目だ。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。仕事も家庭もある同窓生たちからどんなに不思議がられても、完璧なマニュアルの存在するコンビニこそが、私を世界の正常な「部品」にしてくれる――。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は 「恥ずかしくないのか」とつきつけられるが……。現代の実存を問い、正常と異常の境目がゆらぐ衝撃のリアリズム小説。

「お父さん、焼き鳥好きだから、今日、この(死んだ小鳥)焼いて食べよう」

「止めろと言われたから、一番早そうな方法で止めました」
男子生徒の喧嘩を止めるためにスコップで殴った。

「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ」

「でもそろそろ餌の時間かぁ・・・」
台所に置いてあった洗面器に、ご飯と、鍋の中にあるお湯で茹でられたぎゃがいもとキャベツを入れ、風呂場に持っていった。

「お風呂場。。。?お風呂に入っているの?」
「うん、一緒の部屋だと狭いからそこに住まわせているの」

「ちょっと面倒だけど、でも、あれを家の中に入れておくと便利なの。
皆、なんだかすごく喜んでくれて、『良かった』『おめでとう』って祝福してくれるんだ。
勝手に納得して、あんまり干渉してこなくなるの。だから便利なの。

「お姉ちゃんは、いつになったら治るの・・・?
もう限界だよ・・・どうすれば普通になれるの?
いつまで我慢すればいいの?」

「え、我慢してるの?
それなら、無理に私に会いに来なくてもいいんじゃない?」
素直に妹に言うと、妹は涙を流しながら立ち上がった。
「お姉ちゃん、お願いだから、私と一緒にカウンセリングに行こう?
治してもらおうよ、もうそれしかないよ」
「小さいころ行ったけど、だめだったじゃない。
それに、私、何を治せばいいのかわからないんだ」
「お姉ちゃんは、コンビに始めてからますますおかしかったよ。
喋り方も、家でもコンビニみたいに声を張り上げたりするし、
表情も変だよ。お願いだから普通になってよ」

「だったらなおさら就職したほうがいいですよ。
社会不適合者が2人で、アルバイトのお金だけでやっていけるわけないですから、まじで」
「あの、保険とかちゃんと入ってます?
これ本当に、あなたのためを思って言っているんで・・・!
初対面ですけど、絶対にちゃんと生きたほうがいいですよ!」

私はふと、コンビニという基準を失った今、動物としての合理性を基準に判断するのが正しいのではないか、と思いついた。私も人間という動物なのだから、可能なら子供を産んで種族繁栄させることが、私の正しい道なのかもしれない。
「あの、ちょっと聞いてみたいんですけど、子供って、作ったほうが人類のためですか?」
『は?!』
電話の向こうで義妹の声がひっくり返り、私は丁寧に説明した。

「ほら、私たちって動物だから、増えたほうがいいんじゃないですか。交尾をどんどんして、人類を繁栄させるのに協力したほうがいいと思いますか?」
ぶわあ、と携帯から生ぬるい空気が吐きだされてきそうなほど、大きな溜息の音がした
『勘弁してくださいよ・・・。バイトと無職で、子供作ってどうするんですか。
ほんとにやめてください。あんたらみたいな遺伝子残さないでください。
それがいちばん人類のためですんで』
「あ、そうですか」
『その腐った遺伝子、寿命まで一人で抱えて、死ぬとき天国に持っていって、この世界には一欠けらも残さないでください、ほんとに』
この義妹はなかなか合理的な物の考え方ができる人だ、と感心して頷いた。
『ほんと、あなたと話していると頭がおかしくなりそうで、時間の無駄なんで、もう切っていいですか?』

どうやら、交尾をしないほうが人類にとって合理的らしい。
やったことのない性交をするのは不気味で気が進まなかったので少しほっとした。
私の遺伝子は、うっかりどこかに残さないように気をつけて寿命まで運んで、ちゃんと死ぬときに処分しよう。


「身体の中にコンビニの『声』が流れてきて、止まらないんです。
私はこの声を聴くために生まれてきたんです」



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