memory of caprice

浮世離れしたTOKYO女子の浮世の覚書。
気まぐれ更新。

熊川哲也氏によるバレエ・コンクール考

2014-07-29 02:03:10 | ART
バレエ・ダンサー、Kバレエとオーチャードホールの芸術監督として、活躍中の日本人バレエダンサーとして実力・人気・知名度ともにTOPクラスの熊川哲也氏。
2014年7月26日の朝日新聞オピニオン欄、インタビュー「バレエ 日本の立ち位置」として海外のコンクールに日本人が殺到し、上位入賞が相次いでいる昨今の状況についてのコメントが寄せられている。

彼自身、ローザンヌ金賞がきっかけで15歳でロイヤルバレエ学校に留学、そこから国際的なバレエダンサーとしての快進撃が始まった、という言わばコンクールの申し子。
そんな彼から見た現状は、俯瞰的で示唆に富み、非常に興味深いものでした。

・バレエ学校にとって日本人は上客。高額の授業料もきっちり払うしトラブルは起こさない。勤勉で技術も安定している。
 コンクールで上位入賞しなくても、自分で欧米のバレエ団、バレエ学校にオーディションを受けに行くことも出来る。
 もっと多様な選択肢がひろがっているのです。
・多くの関係者が集まるコンクールが、最短でチャンスを得られる場であることは真実です。
 ただ、欧米では、コンクールの結果そのものは、さほど重要視されません。
 各国の藝術監督が集うのは、あくまで自身のバレエ団にほしい個性を探すため。
 1位の人ではなく、予選落ちした人に注目が集まるなんてことはしょっちゅうです。
・日本で学ぶことも今では充分選択肢のひとつ。
 それでも海外へという若者が後を絶たないのは、僕らの時代の典型的なサクセスストーリーにとらわれているからでは。
 コンク―ルに勝ち、欧米のバレエ団で活躍し、華やかに凱旋。そういうドラマに憧れている子には、行きたいなら行って来いとしか言えませんけど。
・バレエは精神の成熟とひきかえに、肉体の衰えに常に対峙してゆかなければならない芸術であり、20代ですでにタイムリミットが見えてくる。
 まさに時間との闘いです。自分の個性、または限界を見極め、適切なバレエ団を選び、役柄の表現を極めていかなければなりません。
 決断が早ければ早いほど舞台で輝ける時間は長くなる。
 コンクールに時間をさかれるより、具体的な未来に向けた稽古に集中したいと思っているダンサーは少なくないのです。
・米国のジャクソンには、再就職を求めて受けにくるプロのダンサーもいる。 
 ローザンヌは奨学金などの制度が手厚い。
 バルナは課題が多いし日程も長い。タフさが問われるけれど、モスクワ国際とともに、素晴らしいダンサーが輩出した権威あるコンクールです。
 それぞれに持ち味があるわけで、一律に「快挙」と騒ぐのは本末転倒。入賞はゴールではありません。
 ようやくスタートラインに立ったということなのです。

他にも、バレエ学校の隆盛ぶりとその基準不在によるレベルのバラツキに対する苦言、バレエ団に所属した後の第二の人生~指導者・振付家・別の職業~に移行する認識が、日本には欠けているのでは、という進言、メディアのコンクール報道の過熱に対する苦言など。

・世界中にコンクールが乱立しつつある現状で、重要性を見極めるには、
 過去の受賞者がどれだけ個性豊かなダンサーとして大成しているかを追うことが肝要です。 
 そうした実績のあるコンクールは、入賞者たちのその後と共にフォローされる価値がある。
 ローザンヌからは堀内元さんや中村かおりさんら、米国を席捲した素晴らしいダンサーが輩出した。
 しかし、彼らのその後の活躍は、日本ではほとんど伝えられていません。快挙の「その後」を見守る視線が生まれてはじめて
 日本でもようやく本当にバレエ文化が根付き始めたといえるのでは。

40歳を超えて、限られた時間でどうすれば最も豊かな成果を残せるか真剣に考えるようになった、という熊川氏。
若いころは破天候なやんちゃ系の男の子というイメージだったが、今やバレエ界を牽引する頼もしいリーダーだ。

・偉大な作品の数々、尊敬する先人たち、支えてくれる周囲の人々。
 すべてに対する感謝の気持ちが次のステップへと導いてくれると信じます。
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「ビアズリー怪奇幻想名品集」

2014-05-02 11:34:44 | ART
作家 原田マハのリコメンド。
 
「ビアズリー怪奇幻想名品集」富田章著 東京美術 \1944

オーブリ―・ヴィンセント・ビアズリーは、1890年、ロンドンで保険会社の職員だった18歳のときに本格的に絵を描き始め、約7年後、肺結核のために病死した。享年25歳。
20代の若者にとって遠い存在であるはずの死は、ビアズリーの場合、頬ずりするほど近くにあった。
ビアズリーはさまざまな藝術に影響を受け、恐るべき早さと的確さでそれを吸収した。
執拗なほど緻密に描き込んだ画面には、ウィリアム・モリス、バーン=ジョーンズ、ホイッスラー、ラファエル前派、浮世絵、ロココなど多種多様なアートの片鱗が見受けられる。しかし、そのどれにも似ておらず、すべてが独創的で「ビアズリー的」というほかはない完成度である。生き急ぐ画家の命がけの集中力が、かくも妖しく美しい花を咲かせたのだろうか。
19世紀末はヨーロッパ各地に革新的な芸術家が誕生した時代であった。
フランスでは印象派が登場し、イギリスではオスカー・ワイルドが戯曲「サロメ」を書きあげた。ワイルドに指名されてその挿絵を担当した時、ビアズリーはわずか20歳。モノクロームの線描を際立たせた幻想的な絵は見る者に少なからぬ衝撃を与えた。その後、雑誌「イエローブック」のアートディレクターに就任するも、ワイルドが男色の罪で収監されると関係を疑われ、失職した。
本書は短い生を駆け抜けた画家の代表作を一気に展観できる好著である。ページを繰りながら、ビートルズも、セックス・ピストルズもこの国で生まれたことを思い出した。彼らは皆、革命児であった。
そしてまぎれもなくビアズリーの息子たちであったのだ。

ビアズリーの華麗にして毒を含んだ線描に魅入られたのは小学生の高学年の頃でした。
自分でも丸ペンやGペンのペン先を選んで購入して、ビアズリーもどきの絵を描こうとしていたっけ。
改めて観たくなりました。


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うるわしき4月~テ―ト美術館所蔵「ラファエル前派展」

2014-04-03 06:47:24 | ART
朝日夕刊文化面2014年4月2日
高階秀爾先生の「ラファエル前派展」@森アーツセンターについての「美の季想」

ミレイの「オフィーリア」やロセッティの「受胎告知」といった有名作品を差し置いて(笑)
取り上げられているのはアーサー・ヒューズの「4月の恋」。

ヒューズはラファエル前派兄弟団のメンバーではないが、ロセッティなどその仲間たちとは極めて親しく、オックスフォード・ユニオンの壁画制作にも参加しているので、広い意味でラファエル前派の1人とみなされている。「愛」をテーマとした物語的内容と、緑、紫を主調とする清澄な色彩表現で、早くから多くの愛好家を得た。
 なかでも、蔦の生い茂る東屋風の小屋のなかで、おそらくごくささいなことから喧嘩をしてしまった恋人に背を向け、心を静めるかのように胸に手をあてて憂いに沈む若い娘の姿を描き出した「4月の恋」は、ヒューズの代表作として現在でも人気が高い。テート美術館で最もよく絵はがきが売れる作品のひとつだと、かつて館長からきいたことがある。発表当時ラスキンの絶賛を浴び、その頃まだオックスフォード大学の学生であったウィリアム・モリスが購入したという曰くつきの来歴を持つ。
 だがこの作品の高い人気を支えるものとして、「4月の恋」というどこか優艶な情緒を誘う題名が一役買っていることも見逃せないところであろう。
「4月」とか「春」と言えば、日本では賑やかな花見の季節であり、また入学式、新学期、年度の始まりなど、新しい生活への期待を孕んだ言葉である。だが、その一方で、春には「春怨」「春愁」などに見られるように、どこか哀感を伴う恋の思いを暗示する語感もまとわりついている。月形半平太の台詞ではないが、「春雨」といえば、いっそう艶な感じが強い。英語でも、音もなく静かに降る春の雨を「4月の雨」と呼ぶことがあるから、「4月」は内面のひそやかな感情と結びつきやすいのだろう。
 題名からの連想かどうかはわからないが、ラスキンもこの絵について、「若い娘の心は歓びと苦しみのあいだで激しくうち震え、その表情は4月の空のように不安定で何とも定めがたい」と述べている。

 ヒューズ自身、この題名がいたく気に入っていたらしい。この絵の制作中、友人の詩人ウィリアム・アリンガムがアトリエに訪ねてきたことがある。その時詩人は、恋人同士が互いに背を向け合っている図柄を見て、「隠れんんぼ」という題名にしたらどうかと提案した。その後しばらくしてから、ヒューズはアリンガムに宛てて、「君も憶えているだろうが、あの『隠れんぼ』の絵がようやく完成した。今では『4月の恋』というもっとうるわしい題名で、僕は大いに喜んでいる」と書き送った。多くのラファエル前派の画家たちと同じく、詩人の心の持ち主であったヒューズは、この一句に深い詩情を見出したのであろう。それとともに4月は「恋の月」となったのである。
 なお、この清楚な娘のモデルを務めたのは、ちょうど同じ頃結婚した愛妻トライフィーナであったという。






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