スパイ小説だ。
第二次世界大戦前の1938年に「防諜研究所」として設立された「陸軍中野学校」がモデル。
小説ではD機関となっている。
そのD機関のメンバーが、それぞれ主人公となり、語られるスパイ活動の物語。短編小説集で読みやすいし面白い。
これまでスパイ小説はほとんど読んだことがない。
イアン・フレミングのジェイムズ・ボンドシリーズや、ジョン・ル・カレの小説を2、3冊。
ケン・フォレットの『針の眼』もスパイを扱った小説だったっけ。
覚えている限りでは、それくらい。
『ジョーカー・ゲーム』(柳広司著/角川文庫)は新聞に掲載された『ラスト・ワルツ』の広告を見て、面白そうだと思って書店で手に取った本。
実際、先の予測がつかなくて、とても面白かった。
それぞれの話では、冒頭の『ジョーカー・ゲーム』が面白かったが、『ロビンソン』というタイトルの短編も興味深かった。
ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議な驚くべき冒険』という英書が一つの鍵になる。
この短編の主人公、伊沢和男が本についてもらす感想が面白い。
「ロビンソンは漂着した無人島でたった一人で生き延びながら、頑なに英国人であり続けようとする。彼の姿勢は、まさにスパイのそれとぴったり一致するのだ…」
伊沢が訓練を終え、ロンドンに発つ当日にD機関の設立者、結城中佐に「餞別だ」といって手渡されたのが『ロビンソン・クルーソー』だった。
もちろん、大事な意味が隠されている。(謎解きは本の中で。)
興味深いのはこの英書の巻末に添えられているという著者略歴の「著者ダニエル・デフォーは、アン女王のスパイだった」という記述。
「ダニエル・デフォーは、英国君主体制下において、<アン女王の名誉ある秘密の機関>で働いていた。彼はイングランドとスコットランド統合の陰で暗躍し、今日分かっているだけでも、アレグザンダー・ゴールドスミス、あるいはクロード・ギヨーといった複数の偽名を使って各地を旅して回った。旅の途中、デフォーは自分に直結するハノーバー派のスパイ網を整える一方、敵方の秘密スパイの正体を暴いている。……」
手元にダニエル・デフォーの伝記があるので確認してみると、「スパイ」というワードこそ使っていないものの、たしかにその通りのようだ。
だからといって、デフォーの略歴がこの短編の中で鍵になるわけじゃないけれど、ロビンソン好きとしては興味をそそられる。
D機関のシリーズは、この『ジョーカー・ゲーム』も含めて4冊あるらしい。
暇で何か読みたいときにもってこいの本。