サラ☆の物語な毎日とハル文庫

三津田さんの物語⑯~「何十冊ものスクラップブックに」

三津田さんの新聞への投稿は50年以上続きました。それらは切り抜いてスクラップブックに貼り付けられ、たいそうな数になったのです。

 

 老女のフサコさんは、M書房の編集長に新聞に掲載された自分の投稿を抜粋して渡そうと、スクラップブックを引っ張り出して見ていました。

 それにしても、なんというものすごい量がたまったことでしょう。庭に置いた倉庫に仕舞いこんだものは、まだ出していませんが、それでも十数冊のスクラップブックがテーブルの上に載っています。

「よく書いたものだ」と、フサコさんは自分ごとながら、しみじみ思いました。

 そのときどきに購読していた新聞に投稿するのですから、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞など、投稿先はその時期で違います。

 その日の新聞を読んでいて、ふと思ったことを、すぐに原稿用紙を引っぱり出して書くのです。毎日、書くわけではありませんが、三日を置かずに投稿していた時期もあります。

 書くのはあっという間です。思いついた勢いで、一筆書きのように書き、原稿用紙の空欄に住所と名前のゴム印を押して、封筒に入れるだけ。あとはついでのときにポストに投函します。

 フサコさんは新聞を丁寧に読み、政治にも、国際情勢にも、文化芸能にも関心がありましたから、書くことはいっぱいあるのです。

 政治に関しては、一つの政党に肩入れすることはありません。あくまでも物事の是非を問うてみて、自分が正しいと判断したことを書くのです。

 たとえば、フサコさんはこんなこと書いていました。

 時は一九七〇年、先生が、宿題を忘れた中学生十数人に対し、罰としてグラウンドを二千メートル走らせたのです。そうしたら一人の子どもの具合が悪くなり、亡くなってしまうという事故の記事が新聞に掲載されました。

 フサコさんは投稿で、こんな意見を言っていました。

「宿題を忘れた生徒を教室に立たせたり、グラウンドを走らせたりするのは、何とも非科学的な頭脳である。もし、生徒の身を真実から思う先生ならば、忘れてきた宿題をその場でやらせるのが一番的確な処置ではなかろうか。世の教師方の反省を望みたい」

 選挙権を十八歳からとする件については、

「私は十八歳で選挙権を持つことは時期尚早だと確信しています。……

 政治は最高のセンスを必要とする仕事ですから、慎重の上にも慎重な態度で臨むことが必要で、未完成の考えしか持たぬ十八歳の青年に、あえて選挙権を持たせる必要はないと信じます」

 教育勅語に関しては、

「日本に民主主義と、平和とを吹込んだはずのアメリカが、泥沼のようなベトナム戦争を、今もって解決できないのを思うと、軍国主義復活の懸念は教育勅語などとは、別の次元の上で生まれるのではないかと思ってしまう」

 まだ返還前の沖縄で、米兵が悪質な交通事故を起こしたことについては、

「政府はもっと沖縄県民の気持ちを理解し、行動すべきだ。そして米兵犯罪の捜査、裁判についての日本側の権限を強くしていくことなど、き然たる態度でアメリカに要求してほしいものである」

 

 フサコさんの投書は、月に何回も採用され、読者の目にとまることになります。

 すると「常連がいて、同じ人が何度も載るのはどうか」と、不満を書いたと投稿も寄せられます。

 その記事に対して新聞社は「なるべく多彩な意見が載ることが望ましいのです。ただしその内容が大事で、新聞は世論構成機関の一つなので、載せるにたる記事であるかどうかを第一義と考えます」、とまあ、そのようなことを答えています。

 

 フサコさんの投稿は、スパイスの効いた短い文章でつづられ、一つの意見として的を得ています。フサコさんが送ってきた原稿を読んで、編集担当記者が「これを掲載しないのはもったいない」という気持ちになるのも、わかるような気がしますよね。

 やがてフサコさんの投稿に固定ファンが生れるようになるのも、納得できるのです。

 新聞という媒体は、スマホが普及する前までは、どの家でも購読するのが当たり前のような存在でした。情報を得るために、一番よい方法だったからです。

 新聞は朝と夕方に、各家庭に配達されました。

 例えば、一九九五年から二〇一〇年までの間、売り上げトップの読売新聞は発行部数が一千万部以上もありました。この発行部数というのは一日にという話です。

情報源のメディアとしては、テレビ、ラジオ、雑誌がありましたが、新聞という媒体は、中でもちょっとしたお化けのような存在だったのです。

 そこに投稿を掲載されるというのは、いまからでは想像もつかないような大きなことだったのかもしれません。

 

参考】https://www.j-cast.com/2011/05/25096543.html?p=all

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