ローズマリ・サトクリフの物語は、歴史を題材に、人々の生き様を描いているけど(じつのところ、まだこの1冊しか読んでいないのですが)、心の腑に落ちる、読んだ後に満ち足りた読後感を味わえるような結末を用意してくれています。
そもそもこの『第九軍団のワシ』がどんな物語かについては、本の冒頭のところで、「物語のまえに」として、サトクリフ自身が語っています。
「紀元117年ごろ、今日のヨーク、その当時のエブラークムに駐屯していた第九軍団が、カレドニアの諸氏族を平定するために北に進軍し、その後消息をたつという事件が起こりました。
それから約1800年のち、今日のシルチェスターで、かってはカレバ・アトレバートゥムの町であり、今は緑の野原である場所が発掘されたとき、翼のないローマ軍団の《ワシ》が発見されました。
その《ワシ》は今日レディング博物館でみることができます。
なぜ《ワシ》がそんなところに埋もれていたかについては、これまで色々な人びとが、さまざまな説をたてています。
でも、第九軍団が北の霧のなかに消えたのち、何が起こったのかわからないように、本当のところは誰にもわかりません。
これらふたつのふしぎな出来事をひとつにして出来上がったのが、この『第九軍団のワシ』の物語なのです。」
この物語は、起伏にとんださまざまな要素を織り込みながら、結末を迎えます。
主人公のマーカスも、その従僕であり友達のエスカも、心の傷を抱えています。
ローマ軍団の百人隊長だったマーカスは、ブリトン人との戦いで足を負傷し、軍人生命を絶たれます。
父親と同じ道を歩もうとしていたマーカスにとっては、深い挫折です。
足は完全には回復せず、障害となって残っています。
ブリトン人であるエスカは氏族とローマ軍の戦いで奴隷となったのちに、マーカスにより自由をもたらされるのですが、奴隷としての過去は、拭い去れない心の傷となって残っているのです。
さて、心に大きな傷をもつマーカスとエスカ。
別に物語でそこを強調するわけではないのです。
それでも、マーカスの次の言葉によって、障害や心の傷にどう対処すればいいかを、あっさりと示してくれています。
マーカスはいまでは無二の友人となったエスカにこういいます。
「きいてくれ。
これから先、おまえは一生の間、鞭打たれたことを忘れられないというのかい?
もしもそうだというなら、おれはおまえを気の毒に思うよ。
そうだとしたら、自由になったことの意味がないじゃないか。
おれだってこの足は好きじゃない。
おれたちふたりとも仲間同志だ。
そしておれたちに出来る唯一のことは、おれも、おまえも、傷があっても、それを気にしないで暮らすことだよ。
さあ、一緒にくるんだ、エスカ」
傷を負ってしまった過去は消すことはできない。
できることはただ一つしかない。
そのことを気にしないで毎日を送ること。
いいじゃないですか。
だれだって、無傷で人生を全うできるわけがありません。
誰もが何がしかの傷を抱えていると思ったほうがいい。
気にして、そのことにこだわり、拡大して、飲み込まれてもしかたがないわけで、それはそれとしてどこか傍らに置いておき、元気に生きていくほうが、ずっといいわけです。
そういうことをさりげなく、しかし、はっきりと提示してくれているから、この本は心に残る優れた本になっているのだと思います。
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