そもそも、こんな面白い物語は誕生しなかったと思います。
アンの身の上にも同情するけれども、なんといっても、「赤毛」について、こんなにも心底嘆く様子を見ていると、共感するとともに、応援したくなる。
決して、劣等意識ではないのです。
ただ美しくないと思うから、嘆く。
赤毛のアンは、会ったばかりのマシューと馬車に揺られながら、自分の髪の毛について、こんなことをいいます。
自分は、どんなときも完全に幸福にはなれない。なぜなら…
「さあ、これでどうしてあたしが完全に幸福になれないかが、わかったでしょう? 赤い髪をもった者はだれでもそうだわ。
ほかのことはあたし、そう気にしないけど──そばかすや緑色の目や、やせっぽちのことなんかね。
想像でなくしてしまえますもの。
皮膚はばら色だし、目は美しい星のようなすみれ色だとも想像できるのよ。
でもこの赤い髪ばっかりは想像でもどうにもならないの。
一生懸命やってみるのだけれど。
『さあ私の髪は、ぬばたまの夜のように黒く、烏の羽根のように黒いのだ』と思いこもうとしても、やっぱり真っ赤だということを承知しているもんで、胸がはりさけそうになるのよ。
生涯の悲しみとなるでしょうよ」
アンは自分が赤毛ということを、とても気にしています。
ところが、近所に住む善良でおせっかいで、物事を心得ているリンド夫人は、グリン・ゲイブルスを訪れてアンに初めて会ったときに、こう言うのです。
「この子はおそろしくやせっぽちだし、きりょうがわるいね、マリラ。
さあ、お前、こっちへきて、わたしによく顔を見せておくれ。
まあまあ、こんなそばかすって、あるだろうか。
おまけに髪の赤いこと、まるでにんじんだ。
さあさあ、ここへくるんですよ」
アンの激怒したこと。
リンド夫人は見事に地雷を踏んだのです。
赤毛を「にんじん」といってしまった……
ちょっとした事件でした。
結局、アンがリンド夫人にていねいにお詫びをしておさまるのですが、その後で、アンはこんなことをマリラに言っています。
「ほかのことなら、おこらずにいられるけれど、赤い髪のことだけはもうつくづく、何か言われるのがいやになったもので、かあっとなってしまうの」
アンの地雷を踏んだのはリンド夫人だけではありません。
クラスメートのギルバート・プライスも、アンの髪を「にんじん」とからかったばっかりに、5年間もアンとは友達になれずじまい。
アンは赤い髪がいやなばかりに、行商人から髪染めの染料を買ったこともありました。
真っ黒な髪に染まるはずが、結果は青銅のような緑色に。
おお、こんなひどい色はない、これなら、まだ赤毛のほうがましだと、アンは絶望するのです。
1週間グリン・ゲイブルスから一歩も出ないで、毎日髪を洗っても、緑色は一向に取れてはくれません。
で、長く、つややかで、くるくるカールのある髪をバッサリ切ってしまうことになりました。
マリラが徹底的に切ったということですから、多分ショートへアに。
ええ、アンはすごく惨めだったと思います。
こんなにいくつも赤毛にまつわる事件が起こるので、読者はいやおうなく興味を惹かれます。
しかし、物語の最後のほうでは、赤毛は金褐色ともいえるほどになり、ある有名な画家が、アンについてこんなこと言ったとも書かれています。
『あのすばらしいティチアーノの髪をして壇に立っている少女はだれですか? 僕が描きたいと思う顔なんだが』
ティチアーノというのは、赤い髪の毛を描くのがすきだった有名な画家なんだそうです。
アンはとてもきれいな少女に成長したのです。
「みにくいアヒルの子」バージョンです。
いまはみっともなくたって、大きくなれば見事に変身して美しい白鳥になれる。
少女たちのドリームが、体現されている。
物語のツボが、しっかりと踏襲されています。
アンが赤毛でなくては、こうもうまくツボにはまるまいと思われます。
アンが赤毛でなかったら、いまさら言うまでもないことだけど、こんなに印象深い物語にはならなかったろうと思います。
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