この本を手にとったのは、最寄り駅前の書店をいつものようにのぞいていたときです。
いつもは足を踏み入れないコーナーが、わたしをしきりに招いているような気が。
何だか、あっちが気になる?
なんだろう、この磁力は…、と思いつつ角のコーナーに行くと、そこはライトノベルのパートでした。
何冊も平積みになった、〝文学少女〟シリーズが目に飛び込んできました。
わたしを引き寄せたのは、これ?
少女漫画のようなイラストが表紙を飾っている文庫本。
このイラストは素敵だ。
それで手にとって、パラパラと中をのぞいたら、一章の冒頭からいきなりこんな文章が…。
「『ギャリコの物語は冬の香りがするわ。
清らかに降り積もった新雪を、舌の上でそっと溶かし、その冷たさと儚さに心が気高く澄んでゆくような、そんな美しさとせつなさがあるわ』
ポール・ギャリコの短編集をめくりながら、遠子先輩は甘いため息をもらす。」
これで、引き込まれてしまった。
さらに、『〝文学少女〟と月花を孕く水妖』の口絵には
「そう、この短い生も終わりに近づき
私がいま請い願うのはただそれだけ
生も死も
雄々しく耐える縛られない魂」
というエミリー・ブロンテの詩が引用されていて、これできまりでした。
この本は、わたしが読むように運命づけられている、なんて大袈裟なことは言わないけど、「あれ、おもしろそうっ」と、ライトのベルというジャンルの本を初めて読むことにしたのでした。
読み始めてみると、おもしろいっ!!
なにがいいと言って、ヒロインの〝文学少女〟たる天野遠子の描き方がいい。
究極の人間の優しさとはこういうものかという人物像と、凛とした精神性、正しく、ドリーミーでムチャクチャ。
漫画チックな描き方だけど、とてもチャーミングで深みがあります。
宝島社の『このライトノベルがすごい! 2009』で女性キャラクター部門第一位に選ばれただけのことはある(帯の情報)?
語り手の設定もおもしろいです。
井上心葉(このは)、高校2年生の男子。
中三の春、14歳のときに生まれて初めて書いた小説が文芸雑誌の新人賞で、史上最年少の大賞に輝いた。その本は百万部を超えるベストセラーに。
そして、男の子なのに女の子のペンネームを使ったもので、“謎の天才覆面美少女作家”としてマスコミに騒がれました。
でも、本人はそれがきっかけとなる女友達の自殺に直面し、過呼吸のパニックを起こして不登校の「引きこもり」になります。
一年後、そこからようよう抜け出してなんとか高校受験。普通の高校生となり、学校で文芸部部長の天野遠子に出会う…というもの。
四階建ての校舎の三階の西の隅にある文芸部の部室。
部長1人、部員1人。
壁際にダンボール箱がうず高く積まれ、真ん中に樫の木のテーブルがある。
あとはスチール製の本棚が二つと、ロッカーが一つ。
収納しきれない古い本があちこちに重ねてある。
そんな部室から展開される学園ストーリー。
遠子先輩が心葉くんに、毎日三題噺を書かせているのも楽しいです。
三題噺とは、たとえば“初雪”“苺大福”“国会議事堂”といった三つの題が与えられ、その題を絡めたショートストーリーを書くというもの。
そして、心葉くんが原稿用紙のマス目を埋めて書き上げたショートストーリーを、遠子先輩は、なんとびりびりちぎっては食べるのです。
じつは、文学少女・天野遠子は、本を食べる妖怪のような摩訶不思議な設定。
過去の文芸作品が、織物の横糸のように差し込まれ、不思議な展開をしていく物語。
たまに、「これ、ちょっと少女趣味じゃない?」という部分もあるけど、ほほ見事です。
シリーズ最終の『〝文学少女〟と神に臨む作家』を読む決心が、なかなかつきません。
これを読んだら、シリーズが完結してしまうのかと思うと、なんだかもったいなくて。
でも、読みたい。読んでしまおっかな…。
読めば、〝文学少女〟天野遠子の謎も解けるのです。
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