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そこで、使用人の若者に、自分の母親を酷く悪く言われたことから騒動となります。あまりにも理不尽でひどい目に会わされたオリバーは、とうとう、その町を出て行く決心をします。
朝がきて、誰かが起きだしてくる前に葬儀屋を出たオリバーは、以前に暮らしていた救貧院の分院の前を通りかかります。
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「ぼくに会ったっていっちゃだめだよ。ぼくは逃げ出すところなんだ。みんなでぶったり、ひどい目にあわせたりするんだよ。だから、どこか遠いところへ行って、運だめしをしようと思ってるんた。どこだかわからないけど」と告げます。(新潮文庫『オリバー・ツイスト』より。以下同じ)
「キスしたおくれ」とその子はいって、低い門をのぼり、小さな腕をオリバーの首にまきつけました。
「さようなら。神さまが君をおまもりくださいますように」
この祝福は幼い子供の唇から出たものでしたが、オリバーとしては、生まれてはじめて受けた祝福でした。
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ディックのほうはといえば、オリバーと会ったとき、すでに病気を患っており、医者にもう助からないといわれていたのです。
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バンブル氏の前に呼び出されたディックは、欲しいものについてこんなふうに言います。
「ぼく、ほしいのは、誰か字の書ける人が、ぼくのいうことを紙に書いて、たたんで封をして、ぼくがお墓に埋められたあと、しまっておいてもらいたいのです。」
「ぼく、オリバー・ツイストによろしくって言伝(ことづて)したいのです。ぼく、ひとりでいるとき、あの子が助けてくれる人もなく、真っ暗な夜の中を歩き回っているのを思って、何度泣いたかわからないってことを知らせたいのです」
「それに、ぼくがまだ小さいうちに死ぬのがうれしい。なぜって、大人になるまで生きていて、年をとってしまったら、天国にいる妹が、ぼくを忘れてしまうか、ぼくと同じに年よりじゃないかもしれない。二人とも天国でも子供だったら、どんなに幸福かわからないって、オリバーにいいたいのです」
この部分を読んで私は涙を流したのですが、バンブル氏と救貧院分院の経営者マン夫人ときたら、
「この連中はみんな、同じ筆法ですな、マン夫人。あの図々しいオリバーがこいつらを堕落させたのですよ」(バンブル氏)
「こんな話、ほんとうとは思われませんわ。こんな強情な不良児って見たことがない」(マン夫人)
「さあ、この子をつれて行きなさい。見るのも我慢ならん」(バンブル氏)
ディックはつれていかれ、重病人にも関わらず、石炭倉庫に閉じ込められたのです。
なんというひどい扱い。そのなかで、心に沁みるのが幼い少年、ディックの真心です。
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そして、それが人間の求める真実であり、幸せであると指し示す力が、『オリバー・ツイスト』の物語にはあるようです。
神の愛にも通じる「無償の愛」。
ずいぶん長い間、物語の普遍的なテーマだったと思いますが、いま世間をにぎわす小説には、そういう要素があるのか、もしないとしたら、いま小説は何をめざしているのか。
なんてことを考えました。