↑コニストン湖(かな?)
釣りが趣味の人は、ひたすら釣りをしたいように
将棋が趣味の人は、いつも詰め将棋を一人楽しむように、
物語好きの私は、物語について、なんだかかんだか、書くことを楽しむ。
その趣味を人にひけらかしたり、押し付けたりするのは憚られるけど、
せっかくなので、書いたものをアップします。
『鈴木ショウの物語眼鏡』というジャンルタイトルで
物語について言及しようという試み。
書いている間は、とても楽しかったんだけど、
人にも同じように楽しんでもらうのは、ホントにむずかしい。
アーサー・ランサムのことについて、書いています。
●休暇についての、心がビクンと跳ねる物語
ライターとして働き始めてずいぶんになる。
長い休暇など夢のまた夢。
舞い込む仕事をこなすのに精一杯で、思い返せば、区切りなく働きづめの日々だ。
仕事を持つ大人なんて、だいたいそんなものだろう。
だから「休暇」という言葉には、焦がれるような、格別の響きがある。
その休暇について、じつに面白い、素敵な物語を書く作家がいるのだ。
イギリスの作家、アーサー・ランサムだ。
彼が休暇にこだわるのには、それだけの理由というか、背景がある。彼が子どもだったころ…。
毎年くり返された次のようなシーン。
学期が終わりに近づき、再び長い夏季休暇の季節がめぐってきた。
リーズ大学で歴史学の教授をしている父親は、もう何週間も前から、
マス釣りのための、羽毛が少しついた「とても繊細で微妙な形の沈み毛鉤の仕掛け」づくりに励んでいる。
できあがった仕掛けは、書斎の木製の燭台にずらっと並んでいる。
母親は、長期滞在に必要な寝具や衣類を、せっせとブリキ製の風呂桶に入れて、荷造りをしている。
一家の生活は、ひと足早く休みモードに切り替わっているのだ。
イングランド北部のリーズという都市に住むランサムの一家は、
休みに入るやいなや、馬車と汽車を乗り継いで、湖水地方へと出発する。
地元のファーニス鉄道に乗り替え、グリーンヘッド駅に到着すると、
毎年滞在するスウェンソン農場からの迎えの馬車が待ち受けている。
あと、もうひといき。
やっと、コニストン湖の湖辺にある、おなじみの農場に到着である。
用意されていたお茶を飲んだあと、少年は両親に許しを得て、ひとりで湖に下りていく。
岸辺ぎりぎりまで繁る木立の緑と青い水面が美しい、自然の安らぎに満ちた湖。
少年の目には、まるで海のように見える。
農場からの小路を下ったところに、小さな石造りの桟橋がある。
ランサム少年は桟橋の先端までいくと、かがみこんで片手をそっと湖の水に浸し、冷たい水の感触に触れてみる。
「また、やってきたよ」という挨拶。
いつもの(そして、六〇歳を過ぎてもつづいた)習慣である。
何しろ、解放された、のびやかな休暇が始まるのだ。
帆走と釣りに明け暮れる毎日。湖に浮かぶ無人島、ピール島に家族そろって出かけて行くピクニック。
後に思い返せば、夢のような日々だ。
アーサー・ランサムは、早くに亡くなった父親の、釣りとイギリス北西部にある湖水地方への熱愛を受け継ぎ、
生涯を通してコニストン湖をはじめ、その周辺地域に深い愛情を注ぎつづけた作家だ。
そして、湖に導かれるように、後にランサムサーガと呼ばれる12冊の物語をつむぎ出した。
(『ツバメ号とアマゾン号』『ツバメの谷』『ヤマネコ号の冒険』『長い冬休み』『オオバンクラブ物語』『ツバメ号の伝書バト』『海へ出るつもりじゃなかった』『ひみつの海』『六人の探偵たち』『女海賊の島』『スカラブ号の夏休み』『シロクマ号となぞの鳥』)