前回からの続き
柳也・裏葉の子孫たち
時は流れた。
平安の世から武家が台頭する鎌倉、室町の世
大名たちが覇を争う戦国の世
長きにわたる泰平、江戸の世
文明開化の明治の世
大きな戦争のあった昭和の世
時代は確実に移り変わっていったが、柳也と裏葉の一族の目的は
変わらずにあり続けた。
地上で輪廻を続ける神奈の魂を探すこと。
そして、その魂を解放すること。
しかし、それは容易なことではなかった。
翼人である神奈の魂は、輪廻を経て人間に宿る。
しかし、神奈の魂を宿した人間は、星の記憶が甦ってゆくとともに、
少しずつ病に倒れ、やがて死に至ってしまう。
人の器に、星の記憶はあまりにも巨大すぎるのだ。
運よく、神奈の魂が転生した者を発見できても
何も出来ずにその死を見守るしかなかったのだった。
裏葉の法術は、子孫たちに受け継がれていた。
時を経るにしたがい、人形を動かす程度の力しか無くなって行ったが、
裏葉の願いがこもった法術は、絶えることなく存在し続けた。
そして。
往人と観鈴
柳也と裏葉の子孫、「国崎往人(くにさきゆきと)」
は海辺の町で一人の少女と出会う。
少女の名は「神尾観鈴(かみおみすず)」
観鈴は、風体の悪い旅人である往人に怖がることなく近づいてきた。
往人も観鈴に何かを感じ、旅の足を止め、観鈴の家に居候することになった。
観鈴は不思議な少女であった。
小さい頃から空へ想いを馳せ、最近は自分が空の上にいる夢を見るという。
往人は、自分たち一族が探す「この空のどこかにいる、背中に翼を持つ少女」
の面影を観鈴に重ねずにはいられなかった。
また、観鈴は突然癇癪を起こして泣き出してしまうことがあった。
観鈴の育ての母親・神尾晴子(かみおはるこ)によると、
誰かと仲良くなれそうになると、癇癪を起こしてしまうことが
昔から度々あったのだという。
そのせいで、観鈴には今でも友達と呼べる存在は一人もいなかった。
観鈴が、空にまつわる夢を見る頻度は日に日に増していった。
夢
ある日、往人は家で倒れている観鈴を発見する。
どうやら、観鈴は夢を見るたびに身体が弱っていっているようだった。
ここまできて、往人は確信する。
観鈴こそが、自分の一族が探してきた「翼を持つ少女」である、と。
そして、往人は母がかつて自分に語ったことを思い出す。
その少女は、夢を見るたびに弱ってゆく。
やがて、すべてを忘れてゆく。
大切な人のことも、何もかも。
そして最終的には、少女は死んでしまう。
それは、往人の母が経験したことだった。
母は翼を持つ少女を発見したが、その少女を助けることはできなかった。
また、身体の変調は往人にも起こった。
往人の背中に、受けた憶えのない傷が浮かび上がり、
激痛を伴って現われたのである。
これは、往人の先祖・柳也がかつて背に受けた傷なのであるが、
当然、往人はそのことを知らない。
千年前、翼人にかけられた呪詛が、ここに来て、
翼人の魂に寄り添おうとする者に対して牙をむいたのである。
寄り添えば寄り添うほど、お互いに苦しめあってしまう。
この状況に、一端は観鈴のもとを離れることを考えた往人であったが、
思い直し、観鈴とずっと一緒にいることを決意する。
しかし、観鈴と一緒にいるということは、自分にも呪詛が降りかかる
ということである。
なんとかして、観鈴と一緒にいたいと願った往人は、自らに宿る
法術の力を解放する。そして、
カラスに転生したのだった。
カラスに転生した往人は、人間であった頃の記憶をなくしてしまったが、
観鈴と一緒にいることはできた。
観鈴は、自分のもとに現われた不思議なカラスを
「そら」と名付けて可愛がった。
観鈴は、この空のどこかにいる翼を持った少女と、
自分の夢がリンクしていることを理解しはじめていた。
そして、この夢を最後まで見ようと決意する。
それこそが、翼の少女を解放することに繋がるはずだ、と。
その傍には、「そら」と呼ばれるカラスの姿の往人がいる。
お母さん
一人でがんばろうと決めた観鈴に、手を差し伸べた人物がいる。
観鈴の育ての母・晴子である。
観鈴の実の母が亡くなった折より観鈴を引き取って以来、
お互い深く干渉しないように生活してきた二人だったが、
晴子はいつしか観鈴のことを、実の子のように好きになっていた。
そして、晴子は観鈴の本当の意味での母親となることを決意したのだった。
ここにきて、母親の存在は観鈴の大きな力となった。
すでに翼人としての記憶が夢によって甦りつつある観鈴は、
全身に激しい苦痛を感じ始めていた。
しかし、晴子の存在が観鈴を元気づけた。
途中、星の記憶の影響で、一時的にすべてを忘れてしまった観鈴にも
晴子は母として懸命に観鈴に接した。
やがて、観鈴も晴子を本当の母親として認識し、
失っていた記憶も取り戻すほどに持ち直すことができた。
やがて、観鈴は最後の夢を見終わる。
それは、今まで誰も辿り着けなかったゴールであった。
観鈴は、生を保ったまま、星の記憶を完全に引き継いだのだ。
母の胸の中、すべてをやり遂げた観鈴は静かに力尽きた。
「お母さん、ありがとう」
最期に、そうつぶやいた。
空へ
観鈴のがんばりによって神奈の魂は癒され、哀しい輪廻は終わった。
かつて地上に降りた神奈の魂は、空へと還ったのである。
次は「そら」こと往人ががんばる番である。
この空のどこかに、魂の戻った神奈がいる。
「そら」は彼女を探す旅に出る。
「そら」には翼がある。大空を飛ぶことができる。
いつの日か、彼女を連れ帰る日も来るだろう。
ふたり
夕暮れの浜辺で、男の子と女の子が海岸線を眺めている。
男の子が女の子に声をかける。
「この海岸線の向こうに何があるのか、君がずっと確かめたかったことを
確かめに行こう」
と。男の子は、ずいぶんと昔のことを思い出したように言う。
「わたしそんなこと言ったっけ?」
女の子は半信半疑である。
「言ってないかもしれない。でもそう思ってるような気がしたんだ」
「…そうだね、確かめてみたい」
ふたりは手をつなぎ、歩き出す。
それは、新しい始まりを迎えたふたりの姿だった。
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柳也・裏葉の子孫たち
時は流れた。
平安の世から武家が台頭する鎌倉、室町の世
大名たちが覇を争う戦国の世
長きにわたる泰平、江戸の世
文明開化の明治の世
大きな戦争のあった昭和の世
時代は確実に移り変わっていったが、柳也と裏葉の一族の目的は
変わらずにあり続けた。
地上で輪廻を続ける神奈の魂を探すこと。
そして、その魂を解放すること。
しかし、それは容易なことではなかった。
翼人である神奈の魂は、輪廻を経て人間に宿る。
しかし、神奈の魂を宿した人間は、星の記憶が甦ってゆくとともに、
少しずつ病に倒れ、やがて死に至ってしまう。
人の器に、星の記憶はあまりにも巨大すぎるのだ。
運よく、神奈の魂が転生した者を発見できても
何も出来ずにその死を見守るしかなかったのだった。
裏葉の法術は、子孫たちに受け継がれていた。
時を経るにしたがい、人形を動かす程度の力しか無くなって行ったが、
裏葉の願いがこもった法術は、絶えることなく存在し続けた。
そして。
往人と観鈴
柳也と裏葉の子孫、「国崎往人(くにさきゆきと)」
は海辺の町で一人の少女と出会う。
少女の名は「神尾観鈴(かみおみすず)」
観鈴は、風体の悪い旅人である往人に怖がることなく近づいてきた。
往人も観鈴に何かを感じ、旅の足を止め、観鈴の家に居候することになった。
観鈴は不思議な少女であった。
小さい頃から空へ想いを馳せ、最近は自分が空の上にいる夢を見るという。
往人は、自分たち一族が探す「この空のどこかにいる、背中に翼を持つ少女」
の面影を観鈴に重ねずにはいられなかった。
また、観鈴は突然癇癪を起こして泣き出してしまうことがあった。
観鈴の育ての母親・神尾晴子(かみおはるこ)によると、
誰かと仲良くなれそうになると、癇癪を起こしてしまうことが
昔から度々あったのだという。
そのせいで、観鈴には今でも友達と呼べる存在は一人もいなかった。
観鈴が、空にまつわる夢を見る頻度は日に日に増していった。
夢
ある日、往人は家で倒れている観鈴を発見する。
どうやら、観鈴は夢を見るたびに身体が弱っていっているようだった。
ここまできて、往人は確信する。
観鈴こそが、自分の一族が探してきた「翼を持つ少女」である、と。
そして、往人は母がかつて自分に語ったことを思い出す。
その少女は、夢を見るたびに弱ってゆく。
やがて、すべてを忘れてゆく。
大切な人のことも、何もかも。
そして最終的には、少女は死んでしまう。
それは、往人の母が経験したことだった。
母は翼を持つ少女を発見したが、その少女を助けることはできなかった。
また、身体の変調は往人にも起こった。
往人の背中に、受けた憶えのない傷が浮かび上がり、
激痛を伴って現われたのである。
これは、往人の先祖・柳也がかつて背に受けた傷なのであるが、
当然、往人はそのことを知らない。
千年前、翼人にかけられた呪詛が、ここに来て、
翼人の魂に寄り添おうとする者に対して牙をむいたのである。
寄り添えば寄り添うほど、お互いに苦しめあってしまう。
この状況に、一端は観鈴のもとを離れることを考えた往人であったが、
思い直し、観鈴とずっと一緒にいることを決意する。
しかし、観鈴と一緒にいるということは、自分にも呪詛が降りかかる
ということである。
なんとかして、観鈴と一緒にいたいと願った往人は、自らに宿る
法術の力を解放する。そして、
カラスに転生したのだった。
カラスに転生した往人は、人間であった頃の記憶をなくしてしまったが、
観鈴と一緒にいることはできた。
観鈴は、自分のもとに現われた不思議なカラスを
「そら」と名付けて可愛がった。
観鈴は、この空のどこかにいる翼を持った少女と、
自分の夢がリンクしていることを理解しはじめていた。
そして、この夢を最後まで見ようと決意する。
それこそが、翼の少女を解放することに繋がるはずだ、と。
その傍には、「そら」と呼ばれるカラスの姿の往人がいる。
お母さん
一人でがんばろうと決めた観鈴に、手を差し伸べた人物がいる。
観鈴の育ての母・晴子である。
観鈴の実の母が亡くなった折より観鈴を引き取って以来、
お互い深く干渉しないように生活してきた二人だったが、
晴子はいつしか観鈴のことを、実の子のように好きになっていた。
そして、晴子は観鈴の本当の意味での母親となることを決意したのだった。
ここにきて、母親の存在は観鈴の大きな力となった。
すでに翼人としての記憶が夢によって甦りつつある観鈴は、
全身に激しい苦痛を感じ始めていた。
しかし、晴子の存在が観鈴を元気づけた。
途中、星の記憶の影響で、一時的にすべてを忘れてしまった観鈴にも
晴子は母として懸命に観鈴に接した。
やがて、観鈴も晴子を本当の母親として認識し、
失っていた記憶も取り戻すほどに持ち直すことができた。
やがて、観鈴は最後の夢を見終わる。
それは、今まで誰も辿り着けなかったゴールであった。
観鈴は、生を保ったまま、星の記憶を完全に引き継いだのだ。
母の胸の中、すべてをやり遂げた観鈴は静かに力尽きた。
「お母さん、ありがとう」
最期に、そうつぶやいた。
空へ
観鈴のがんばりによって神奈の魂は癒され、哀しい輪廻は終わった。
かつて地上に降りた神奈の魂は、空へと還ったのである。
次は「そら」こと往人ががんばる番である。
この空のどこかに、魂の戻った神奈がいる。
「そら」は彼女を探す旅に出る。
「そら」には翼がある。大空を飛ぶことができる。
いつの日か、彼女を連れ帰る日も来るだろう。
ふたり
夕暮れの浜辺で、男の子と女の子が海岸線を眺めている。
男の子が女の子に声をかける。
「この海岸線の向こうに何があるのか、君がずっと確かめたかったことを
確かめに行こう」
と。男の子は、ずいぶんと昔のことを思い出したように言う。
「わたしそんなこと言ったっけ?」
女の子は半信半疑である。
「言ってないかもしれない。でもそう思ってるような気がしたんだ」
「…そうだね、確かめてみたい」
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