パンフ整理中。67年。
この映画、Jディーンの再来と当時いわれた
クリストファー・ジョーンズだった、
名前は思い出したが内容は・・
相手役はスーザン・ストラスバーグ。
父が演劇学校アクターズスタジオを創業した。
名門出身、女優。映画も恋人役で出演、彼と結婚した。
「ライアンの娘」にも出ているが・・
ポランスキー、テートとの関係はびっくり。その後俳優業は引退した。
wikiはないと思ったがあった。
〇1961年12月17日、クリストファー・ジョーンズの芸名を名乗り、
テネシー・ウィリアムズ原作、シェリー・ウィンタース主演『イグアナの夜』でブロードウェイデビュー。
ウィンタースに、メソッド演技法の創始者であるリー・ストラスバーグの娘の
スーザン・ストラスバーグを紹介され、後にリーが主宰するアクターズ・スタジオで学んだ。
ジョーンズとスーザンは、リーの反対を押し切り1965年に結婚し、翌1966年に一人娘のジェニファーを儲けた。
~~ジョーンズは映画『青春の海』で、妻スーザンの夫役を演じた。
だが、現実の夫婦生活は映画の様にはいかず、彼らは1968年に離婚。
1968年、ジョーンズは映画『狂った青春』で、
シェリー・ウィンタースを相手役に野心家のロック・スターを演じ、
一躍スターの座に上り詰める。
また、この頃ジョーンズは、女優シャロン・テートと
その夫で映画監督のロマン・ポランスキーと親しくなった。
後にジョーンズは、当時妊娠中のテートと肉体関係があったことと、彼女が死
の予感を抱いてたことを告白している(テートは1969年にマンソン・ファミリーによって殺害された)[3]。
『ライアンの娘』に、英国軍将校の役で出演。だが、リーンとの関係が上手くいかず
~~この事と同年起こったシャロン・テート殺害事件が、
彼に大きな精神的ダメージを与え、撮影終了後カリフォルニアに戻るとそのまま俳優業を引退。
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