今回は、貧血の原因として有名な「鉄=Fe」について考えます。
地球上に最も多く存在する元素である鉄。地球の地殻の5%、総質量の30%強を占めるといわれています。鉄は、地球の地磁気の主因であり、この地磁気のおかげで、地球上の生命は有害な宇宙放射線から守られています。また人類は、鉄を様々な形で利用することにより、農耕革命、産業革命を生み出し発展してきました。
人体においても鉄は必須の元素です。ヘモグロビンは、鉄分子が4つついた蛋白質ですが、細胞に酸素を運ぶ働きをします。その他、ミオグロビンは骨格筋の酸素貯蔵、トランスフェリンは鉄イオン輸送、フェリチンは細胞内の鉄イオン貯蔵など、鉄を含む蛋白質が生命活動維持に重要な働きをしています。
また、生体内では様々な化学反応が起こりますが、その補因子としての働きも鉄の重要な仕事です。特に、生体がエネルギーとして利用するATPは、Fe2+とFe3+の間で電子を受け渡しミトコンドリア内の電子伝達系をスムーズにまわすことにより効率よく産生されます。コラーゲン合成、神経伝達物質(セロトニン、ドーパミンなど)生成や活性酸素から身を守る抗酸化物質(カタラーゼ)の働きにも鉄が重要な役割を果たしています。
大昔、鉄はFe2+の形で海中に大量に溶け込んでいましたが、シアノバクテリアが酸素を産生し始めてから、次第に酸化されてFe3+、さらに酸化され水酸化物として海底に沈んで鉄鉱石になりました。多くの生物は、Fe2+をエネルギー代謝の基本として進化してきたため、Fe3+は吸収しづらくなっており、周りに鉄が豊富にあるにもかかわらず鉄の奪い合いが始まりました。例えば、土の中では、植物の根と土壌中の細菌、我々生体内では、腸内細菌と私たちの身体です。
我々の身体は、他の生物が蓄えた鉄を食物として吸収するために、腸に特別な鉄輸送体を備えています。つまり、動物性蛋白質に含まれているヘム鉄をヘム輸送体という特別な蛋白質を通してそのまま吸収することができます。
一方、野菜や穀物に多く含まれる非ヘム鉄(3価鉄イオン)は、胃酸やビタミンCにより3価鉄イオンから2価鉄イオンに還元されてから、十二指腸や空腸にある非ヘム鉄輸送体から吸収されるため効率は悪くなります。この輸送体は鉄以外のミネラルの吸収も担当するため、亜鉛、銅などの吸収とも競合してしまいます。吸収されなかった非ヘム鉄は、腸内細菌(主に悪玉菌)が吸収し、腸内環境が悪化し、便秘、下痢、鼓腸などの消化器障害をきたすことがあります。
狩猟から農耕へと変化した現代では、人の食生活が動物性主体から植物性主体へと変化し、鉄欠乏きたす可能性がでてきました。特に、月経、妊娠、出産する女性では、その傾向が顕著です。
広島で精神科、心療内科を開業されている藤川先生は、15~50歳の日本人女性の80%が鉄不足と警鐘をならしています。
通常の健康診断では、鉄不足の代表的疾患である貧血を、ヘモグロビン値で判定します。しかし、体内の貯蔵鉄の指標であるフェリチン値の方が、より正確に鉄欠乏を反映します。すなわち、ヘモグロビン値が正常でもフェリチン値が低い場合は、「潜在性鉄欠乏症」あるいは「隠れ貧血」と呼ばれます。具体的には、女性でもフェリチン値50ng/ml以下の場合は鉄欠乏と考えられるのです。
鉄欠乏になると、前述のようにエネルギー不足、神経伝達物質不足など体の中の代謝がうまく回らなくなり、イライラ、集中力低下、立ちくらみ、めまい、節々の痛み、冷え性、のどの違和感、肌荒れ、不妊など様々な症状がでます。うつ病やパニック障害などの精神疾患を患っている方の多くが、低フェリチン値を示しているそうです。
鉄不足と診断されたら鉄補充が治療になります。食事から摂取する場合は、動物性のヘム鉄が効率的(吸収率10~20%)ですが、植物性の非ヘム鉄からの場合は吸収率が低いため(1~5%)、蛋白質(アミノ酸)、ビタミンCを一緒にとると吸収率が上がります。一方、お茶やコーヒーに含まれるタンニン(カテキン)や玄米に含まれるフィチン酸は鉄の吸収を妨げます。ビタミンEも鉄吸収を妨げるため、サプリを使用する場合8時間は空けるのが望ましいです。
鉄の静脈注射薬は、多用すると遊離した鉄イオンが猛毒のヒドロキシラジカルの生成を助長したり、鉄過剰症の原因になります。経口鉄剤は、主に非ヘム鉄であることが多く、消化器障害で内服困難な方もおられます。最近は、消化器症状も少なく安価で効果の高いアミノ酸キレート鉄剤もありますが、生理的吸収ではないため、漫然とした内服で鉄過剰症をきたすこともあり注意が必要です。
また鉄不足がある人は、エネルギー不足になるため糖質過剰になりがちで、ビタミン不足をきたしている場合が多くなっています。鉄補充とともに、低糖質高蛋白高脂肪食とビタミン、ミネラルなど栄養素の補充を適切に行うことが必要です。
参考文献:藤川徳美『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』光文社新書
溝口徹『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』光文社新書
地球上に最も多く存在する元素である鉄。地球の地殻の5%、総質量の30%強を占めるといわれています。鉄は、地球の地磁気の主因であり、この地磁気のおかげで、地球上の生命は有害な宇宙放射線から守られています。また人類は、鉄を様々な形で利用することにより、農耕革命、産業革命を生み出し発展してきました。
人体においても鉄は必須の元素です。ヘモグロビンは、鉄分子が4つついた蛋白質ですが、細胞に酸素を運ぶ働きをします。その他、ミオグロビンは骨格筋の酸素貯蔵、トランスフェリンは鉄イオン輸送、フェリチンは細胞内の鉄イオン貯蔵など、鉄を含む蛋白質が生命活動維持に重要な働きをしています。
また、生体内では様々な化学反応が起こりますが、その補因子としての働きも鉄の重要な仕事です。特に、生体がエネルギーとして利用するATPは、Fe2+とFe3+の間で電子を受け渡しミトコンドリア内の電子伝達系をスムーズにまわすことにより効率よく産生されます。コラーゲン合成、神経伝達物質(セロトニン、ドーパミンなど)生成や活性酸素から身を守る抗酸化物質(カタラーゼ)の働きにも鉄が重要な役割を果たしています。
大昔、鉄はFe2+の形で海中に大量に溶け込んでいましたが、シアノバクテリアが酸素を産生し始めてから、次第に酸化されてFe3+、さらに酸化され水酸化物として海底に沈んで鉄鉱石になりました。多くの生物は、Fe2+をエネルギー代謝の基本として進化してきたため、Fe3+は吸収しづらくなっており、周りに鉄が豊富にあるにもかかわらず鉄の奪い合いが始まりました。例えば、土の中では、植物の根と土壌中の細菌、我々生体内では、腸内細菌と私たちの身体です。
我々の身体は、他の生物が蓄えた鉄を食物として吸収するために、腸に特別な鉄輸送体を備えています。つまり、動物性蛋白質に含まれているヘム鉄をヘム輸送体という特別な蛋白質を通してそのまま吸収することができます。
一方、野菜や穀物に多く含まれる非ヘム鉄(3価鉄イオン)は、胃酸やビタミンCにより3価鉄イオンから2価鉄イオンに還元されてから、十二指腸や空腸にある非ヘム鉄輸送体から吸収されるため効率は悪くなります。この輸送体は鉄以外のミネラルの吸収も担当するため、亜鉛、銅などの吸収とも競合してしまいます。吸収されなかった非ヘム鉄は、腸内細菌(主に悪玉菌)が吸収し、腸内環境が悪化し、便秘、下痢、鼓腸などの消化器障害をきたすことがあります。
狩猟から農耕へと変化した現代では、人の食生活が動物性主体から植物性主体へと変化し、鉄欠乏きたす可能性がでてきました。特に、月経、妊娠、出産する女性では、その傾向が顕著です。
広島で精神科、心療内科を開業されている藤川先生は、15~50歳の日本人女性の80%が鉄不足と警鐘をならしています。
通常の健康診断では、鉄不足の代表的疾患である貧血を、ヘモグロビン値で判定します。しかし、体内の貯蔵鉄の指標であるフェリチン値の方が、より正確に鉄欠乏を反映します。すなわち、ヘモグロビン値が正常でもフェリチン値が低い場合は、「潜在性鉄欠乏症」あるいは「隠れ貧血」と呼ばれます。具体的には、女性でもフェリチン値50ng/ml以下の場合は鉄欠乏と考えられるのです。
鉄欠乏になると、前述のようにエネルギー不足、神経伝達物質不足など体の中の代謝がうまく回らなくなり、イライラ、集中力低下、立ちくらみ、めまい、節々の痛み、冷え性、のどの違和感、肌荒れ、不妊など様々な症状がでます。うつ病やパニック障害などの精神疾患を患っている方の多くが、低フェリチン値を示しているそうです。
鉄不足と診断されたら鉄補充が治療になります。食事から摂取する場合は、動物性のヘム鉄が効率的(吸収率10~20%)ですが、植物性の非ヘム鉄からの場合は吸収率が低いため(1~5%)、蛋白質(アミノ酸)、ビタミンCを一緒にとると吸収率が上がります。一方、お茶やコーヒーに含まれるタンニン(カテキン)や玄米に含まれるフィチン酸は鉄の吸収を妨げます。ビタミンEも鉄吸収を妨げるため、サプリを使用する場合8時間は空けるのが望ましいです。
鉄の静脈注射薬は、多用すると遊離した鉄イオンが猛毒のヒドロキシラジカルの生成を助長したり、鉄過剰症の原因になります。経口鉄剤は、主に非ヘム鉄であることが多く、消化器障害で内服困難な方もおられます。最近は、消化器症状も少なく安価で効果の高いアミノ酸キレート鉄剤もありますが、生理的吸収ではないため、漫然とした内服で鉄過剰症をきたすこともあり注意が必要です。
また鉄不足がある人は、エネルギー不足になるため糖質過剰になりがちで、ビタミン不足をきたしている場合が多くなっています。鉄補充とともに、低糖質高蛋白高脂肪食とビタミン、ミネラルなど栄養素の補充を適切に行うことが必要です。
参考文献:藤川徳美『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』光文社新書
溝口徹『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』光文社新書