よしだハートクリニック ブログ

 院長が伝えたい身近な健康のはなし

リンと腎臓と老化の関係

2022-09-26 14:12:22 | 健康・病気
 リン(元素記号P)は、体内では骨の主要成分であるリン酸カルシウムや細胞膜の構成成分であるリン脂質、さらにはエネルギー通貨であるATPの構成成分などとして生命活動に必須の元素です。しかし、ナトリウム(Na)やカリウム(K)などに比べて、知名度が低く地味な存在です。今回は、リンについて掘り下げます。

 生命進化の過程で重要なイベントの一つに、海から陸に進出したことがありますが、そのためには重力に抗して体を支える丈夫な骨格が必要です。軽くて頑強な骨をつくるためにはリン酸カルシウムが最適ですが、体内にリンを蓄える必要があります(海水中のリン濃度は低い)。骨は絶えず壊したり作ったりしながらその強度を保っていますが、体内のリン濃度が低いと迅速に骨をつくることができません。一方、リン濃度が高すぎるとコロイド粒子として血液中を漂うリン酸カルシウムが増え、骨以外の場所(血管、臓器など)に沈着し組織を固くしたり(石灰化)、異物として認識され慢性炎症の原因になります。慢性炎症は、動脈硬化、糖尿病、認知症、自己免疫性疾患など様々な病気の原因と考えられており、老化進行の一因です。すなわち、陸上生物は頑丈な骨を得る代償として、寿命を縮める一因を背負うことになったのです。

 ここでもう一つ興味深い事実があります。哺乳類の寿命を決めているものとして体の大きさがあります。ネズミは3年、ウサギ10年、ゾウは70年など体の大きさに比例して寿命が伸びます。一方、ヒトは80年、コウモリ28年など体の大きさの割に長生きをする動物もあります。しかし寿命と血中リン濃度の関係を調べると、リン濃度が高い方から低くなるにつれて寿命が伸び、きれいな相関関係がみられます。つまり、血中リン濃度が低い(言い換えるとリンの排泄機能がしっかりしている)と長生きできる可能性を示唆します。

すなわち、体内のリンバランスを一定に保つことが大変重要になりますが、この管理をしているのが腎臓です。

 腎臓は、ざっくりいうと「血液をきれいにするろ過装置」になりますが、そのろ過機能の主役が糸球体と尿細管で構成されたネフロンです。血液は糸球体でろ過され(原尿)、尿細管で必要な成分を再吸収し、不要なものが尿として排出されます。通常人間は、左右腎臓に約200万個のネフロンをもっていますが、個人差も多く、また消耗品であるため、60~70歳代では20歳頃に比べて半分になっていると言われます。
 さてリンの血中濃度が高くなり過ぎると、リンを排泄しろというホルモン(骨から分泌されるFGF23)と糸球体でろ過された原尿から尿細管でリンの再吸収を抑制する機構(クロトー遺伝子が関与)が重要になります。この機能に異常がでるとリンの排泄が上手くいかなくなりリンが体にたまり、リン酸カルシウムのコロイド粒子が増え、体の石灰化や慢性炎症が惹起されます。この過程で、原尿のリン濃度が高いことにより尿細管自身も傷害され、ネフロンが減少し腎機能低下が加速される悪循環におちいります。
 さらに、糖尿病、高血圧などによる腎機能低下(いわゆる慢性腎臓病)あるいは加齢によりネフロンが減少すると、リン排出が不十分になり老化が加速することになります。

 ではリンを体に貯め過ぎないようにするにはどうしたらよいでしょうか?

 まずは、高血圧、高血糖、高コレステロールなど生活習慣病によるネフロン減少を避け、加齢以外の原因による腎機能低下を防ぐことです。
次に、リンの過剰摂取を避けることです。リンは、あらゆる食物に含まれていますが、特に肉や大豆といったたんぱく質に多いです。しかし自然界の食物に含まれるリンはほぼ有機リンであり、体内での吸収率は20~60%と低くなっています(一般的には、動物性たんぱく質の方が植物性たんぱく質より吸収率が高い)。一方、加工食品に含まれる保存料や着色料といった添加物のリンは無機リンであり吸収率が90%であることに注意が必要です。すなわち若いうちは少々加工食品を摂取しても問題ありませんが、高齢者ではなるべく避けた方がよいと思います。また牛乳は、カルシウムが多く骨を丈夫にする食品としてのイメージがありますが、同時にリンも多量に含まれています。成長期の子供では骨形成に良い食品ですが、腎機能が低下した高齢者では、摂り過ぎはよくない可能性があります。

 また、運動して絶えず骨に刺激を与えることが重要です。運動不足になると骨からリンやカルシウムが溶け出し、骨が脆くなり異所性石灰化や慢性炎症が起こります。宇宙空間では骨に重力負荷がかからなくなるため、老化スピードが地上に比し10倍速いと言われています。そのため宇宙飛行士が宇宙船の中で毎日運動をしているのをご存知の方も多いと思います。

 今日の話をまとめます。生物は丈夫な骨をつくるために、体内にリンを貯める必要が出てきました。リンは体の中で骨以外にも重要な働きをしますが、過剰になると毒となります。現代社会は、加工食品に溢れ、運動不足のためリン過剰になりがちです。リンを排泄する腎臓を大切にして、加工食品を避け、しっかり運動することが健康長寿には重要です。


参考文献:黒尾誠『腎臓が寿命を決める』幻冬舎新書


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