彼女は既婚(きこん)の男性と恋に落ちた。それは偶然(ぐうぜん)から始まったことだが、彼女は後悔(こうかい)などしていない。完全(かんぜん)に割(わ)り切った関係(かんけい)だった。だから、その彼から好きだと言われても、ずっと一緒(いっしょ)にいたいとささやかれても、彼女は本気(ほんき)にはならなかった。
別に、彼と結婚(けっこん)したいと思ったこともないし、そうなるとも思えなかった。たまに会って、楽しい時間を過(す)ごせればそれでいい。彼の家庭(かてい)を壊(こわ)すつもりなんて…。
でも、彼女も普通(ふつう)の女である。心のどこかで、彼を自分だけのものにしたいと願ってしまう。それで彼の服(ふく)に香水(こうすい)の匂(にお)いを移(うつ)してみたり、奥(おく)さんに女の存在(そんざい)をにおわせたこともある。だが、鈍感(どんかん)なのか自意識過剰(じいしきかじょう)なのか、奥さんはまったく気づいた素振(そぶ)りも見せない。きっと妻(つま)とうい立場(たちば)に安心(あんしん)しきっているのだ。
彼女は腹立(はらだ)たしかった。少しだけ自分より先に彼に出会っただけなのに…。妻という座(ざ)にあぐらをかいている。彼女は、見たこともない奥さんに嫉妬(しっと)の感情(かんじょう)がわいてきた。それで、彼女はいけないと思いながらも、愛の泥沼(どろぬま)へ足を踏(ふ)み入れようと――。
そんな時だ。彼女に転機(てんき)が訪(おとず)れた。彼の奥さんが離婚(りこん)を決断(けつだん)したのだ。彼からその話を聞いたとき、彼女の熱(ねつ)も一気(いっき)に冷(さ)めてしまった。
「あたし、何でこの人を好きになったんだろう? どう見ても、良い男じゃないわ」
<つぶやき>男と女の関係は、いろんな糸が絡(から)みあってしまうものなのかもしれません。
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