僕(ぼく)はさゆりちゃんのことが好きだった。あんな清楚(せいそ)で純真(じゅんしん)な女の子は見たことがない。でも僕には告白(こくはく)する勇気(ゆうき)はない。もし嫌(きら)われたら、そう思っただけで足がすくんでしまう。
ある日のこと、僕はさゆりちゃんに呼(よ)び出された。誰(だれ)もいない理科(りか)準備室(じゅんびしつ)へ入って行くと、さゆりちゃんは僕の顔を見て微笑(ほほえ)んだ。僕は身体(からだ)がゾクゾクっとふるえた。
「ねえ、私のこと好きだよね。私、知ってるのよ」さゆりちゃんは僕の手を取り、ゆっくりと自分の方へ引き寄(よ)せて、「いらっしゃい。あなたのしたいこと全部(ぜんぶ)かなえてあげる」
さゆりちゃんの顔が目の前に迫(せま)ってきた。でも、僕はふんばった。だって、さゆりちゃんはこんなことする娘(こ)じゃあない。僕はさゆりちゃんの手を振(ふ)り払い、
「君(きみ)は誰(だれ)だ! 僕のさゆりちゃんは、こんなこと絶対(ぜったい)しない!」
その時だ。同じクラスの伊藤(いとう)が入って来た。さゆりちゃんは、さっきと同じことを伊藤に言った。伊藤は何のためらいもなく、さゆりちゃんを抱(だ)きしめた。僕は愕然(がくぜん)とした。こんなことって…。さゆりちゃんは唇(くちびる)を突(つ)き出した。伊藤の口がさゆりちゃんの口へ――。
それは一瞬(いっしゅん)だった。大きな魚(さかな)が小魚(こざかな)を飲(の)み込むように、伊藤の身体がさゆりちゃんの口の中へ吸(す)い込まれていった。僕は、僕は……。
「ねえ、起(お)きてよ! 今日は早く出かけるって言ったでしょ」
僕は妻(つま)の声で目を覚(さ)ました。「ごめん、さゆり…。すぐ行くから」
「ほんとグズね。早く朝食(ちょうしょく)を作ってよ。もう時間が無(な)いんだから」
<つぶやき>これは夢(ゆめ)? 何か、すごくストレスがたまってるかも。無理(むり)しちゃダメだよ。
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