彼はこの道50年、エキストラの頂点(ちょうてん)を極(きわ)めた男。今までに出演(しゅつえん)した、いや、映像(えいぞう)に映(うつ)り込んだ作品(さくひん)は数知(かずし)れず。もはや、彼の存在(そんざい)は伝説(でんせつ)になろうとしていた。
「すいません、監督(かんとく)。エキストラの男性が、どっかへ消(き)えちゃいました」
助監督(じょかんとく)が駆(か)け回って捜(さが)したようで、汗(あせ)まみれになって息(いき)も切れ切れに報告(ほうこく)した。
監督は穏(おだ)やかな口調(くちょう)で言った。「彼なら、もうスタンバイしてるよ。どこ見てるんだ」
監督が指差(ゆびさ)す方に、確(たし)かに白髪頭(しらがあたま)の男性が座っていた。そのたたずまいは、完全(かんぜん)に景色(けしき)と同化(どうか)していて、エキストラの役目(やくめ)を完璧(かんぺき)に果(は)たしていた。助監督は呟(つぶや)いた。
「いつの間に…。全然(ぜんぜん)気づかなかったです」
「よく見ておけ。これが彼にとって最後(さいご)の作品になる」
監督は悲(かな)しげな表情(ひょうじょう)で言った。「思い起(お)こせば、私が最初(さいしょ)の映画を撮(と)ったときも…」
助監督は驚(おどろ)いた声で、「えっ、そんなに前からエキストラを」
「花束(はなたば)は用意(ようい)してあるな。これが最後のカットだ」
「えっ、あの人に花束ですか? でも、エキストラですよ」
「それがどうした。彼は立派(りっぱ)な映画人だ。彼に助けられた監督がどれだけいるか。彼の最後の作品に関われたことを、私は誇(ほこ)りに思ってる。彼のエキストラ魂(だましい)に、最後のはなむけを贈(おく)るんだ」
<つぶやき>何事(なにごと)もその道を究(きわ)めるのは大変(たいへん)なことです。日々、精進(しょうじん)を怠(おこた)らないように。
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