水木涼(みずきりょう)が剣道場(けんどうじょう)に入ると、日野(ひの)あまりはいつものように雑用(ざつよう)に追(お)われていた。涼はあまりに声をかけた。周(まわ)りの部員(ぶいん)たちは二人に注目(ちゅうもく)した。涼が他の部員に声をかけるなんて、しかも下級生(かきゅうせい)に――。でも、一番驚(おどろ)いていたのはあまりかもしれない。
ここで言っておかなければいけない。涼はこう見えて、人見知(ひとみし)りのところがある。親(した)しくなった人だといいのだが、そうでないと…。だから、他の部員たちとおしゃべりすることもできなかったのかもしれない。
部員たちは、涼が何を言い出すのか固唾(かたず)を呑(の)んで見守(みまも)った。きっと、何かヘマをして怒(おこ)られるんじゃないかと、みんなは思っていたのだろう。だが、涼の方は…。次(つぎ)の言葉(ことば)が出てこない。さて、何を話せばいいのか…。声をかけた手前(てまえ)、何か話さなければ――。
苦(くる)し紛(まぎ)れに出てきたのは、「相手(あいて)をしてやるから…、防具(ぼうぐ)を着(つ)けろ」
運動部(うんどうぶ)である。先輩(せんぱい)の言ったことには逆(さか)らえない。部員たちはすぐに動いた。もちろん、駆(か)け足である。あまりは部員たちに押(お)し出されながら、
「水木先輩、ちょっと待ってください。わたし、ムリです。だって、わたしなんかじゃ…」
有無(うむ)も言わせず防具を着け面(めん)をかぶせられる。こうなったら、もう覚悟(かくご)を決(き)めなければならない。あまりは心の中で呟(つぶや)いた。
「もうイヤだ~ぁ。何でわたしが…。こんなことしなきゃいけないのよ」
<つぶやき>あまりは何で剣道部に入ったのかな。強くなりたかったんじゃなかったの?
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