久(ひさ)しぶりに旧友(きゅうゆう)と再会(さいかい)した。前に会った時は健康(けんこう)そのもので仕事(しごと)もバリバリやっていたのに、どうも顔色(かおいろ)が悪(わる)く、体調(たいちょう)が良くないようだ。僕(ぼく)は具合(ぐあい)でも悪いのかと訊(き)いてみた。すると彼は、ビールを少しだけ口にして答(こた)えた。
「ああ、どうも…疲(つか)れが抜(ぬ)けなくてね。…おかしな夢(ゆめ)を見るんだよ」
彼は淡々(たんたん)と話を続けた。「いつも、同じ女性が出てくるんだ。顔ははっきりしないんだが、長い黒髪(くろかみ)と、赤い唇(くちびる)が印象的(いんしょうてき)で…。その女性(ひと)は、俺(おれ)に微笑(ほほえ)みかけてこう言うんだ。〈早く来て〉って…。俺が横(よこ)に座(すわ)ると、その女性(ひと)は俺にしなだれかかって、赤い唇を…」
「何だよ。そんな艶(つや)っぽい夢を見るなんて羨(うらや)ましいじゃないか。キスでもしたのか?」
「よく分からないんだ。その後のことは…。俺…、眠(ねむ)るのが恐(こわ)いんだよ」
彼は、それ以後(いご)、口をつぐんだ。彼と別れたとき、彼の背中(せなか)がやけに小さく見えた気がした。彼の訃報(ふほう)が届(とど)いたのは、それから半月(はんつき)後だった。
葬式(そうしき)があった日の夜。僕は、なかなか寝(ね)つけなかった。それでも夜中(よなか)には眠ったようで――。僕は、夢を見た。若い女性が、僕に何か話しかけているようだ。顔は分からない。でも、彼女は長い黒髪をかき上げて…。赤い唇が僕に迫(せま)ってきた。
僕は飛(と)び起きた。横で寝ていた妻(つま)が、不機嫌(ふきげん)そうな顔をして言った。
「サヨコって誰(だれ)なの? うなされて言ってたけど。まさか、浮気(うわき)してるんじゃ…」
<つぶやき>浮気相手が夢に出てきたの? それとも友だちが言ってた女性だったのか…。
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