閉店(へいてん)まぎわの居酒屋(いざかや)。客もまばらになった店内(てんない)で、女がジョッキのビールをガブ飲(の)みしていた。隣(となり)では、男が心配(しんぱい)そうに見つめている。女はビールを飲み干(ほ)すと男に言った。
「ねえ、あいつ、私のこと何て言ったと思う? 重(おも)たいって…。君(きみ)といると、僕(ぼく)は押(お)しつぶされそうだって…。何なのよ。私、ちっとも重たくなんかないでしょ」
男は黙(だま)って女の話を聞いていた。女はまるで独(ひと)り言のように、早口(はやくち)で呟(つぶや)いた。
「私、知ってるのよ。あいつが、経理(けいり)の何とかって女と付き合ってるの。でも、私は…。私のこと、ちゃんと考えてくれてるって…。だって、結婚(けっこん)しようねって言ってくれたから」
男は黙っていられなくなって、「沙代(さよ)ちゃんは、何も…。悪(わる)いのは、高木(たかぎ)だ! 沙代ちゃんがこんなに好きなのに…。もう、あんな奴(やつ)のことなんか忘(わす)れろよ! 俺(おれ)が…、俺が…」
女は、男の顔をじっと見つめる。女の顔がゆがんでいき、大粒(おおつぶ)の涙(なみだ)が溢(あふ)れてきた。
「何で…、寛治(かんじ)のこと悪く言うのよ。バカ…、バカ、バカ!」
女は、男の身体(からだ)を何度も叩(たた)いた。男にはちっとも痛(いた)くはなかった。でも男の心には、女の哀(かな)しみが刺(とげ)のように突き刺(さ)さった。男は、彼女を抱(だ)きしめようと手を伸(の)ばしかけた…。だが、女は急に立ち上がると涙を拭(ふ)き、男に笑(え)みをみせて言った。
「私、帰るね。今日は、ありがとう。おかげて、すっきりしたわ」
<つぶやき>こんな時、男は無力(むりょく)なのです。ひとこと好きだって、言っちゃえばいいのに。
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