人を頼らない
人に何かを望まない
人は人
私は私
母が私を産み育ててくれた
他人ではなく
自分のお腹を痛めて産んだ私を愛しんで育ててくれた
母がこれほどに深い愛をもった人間はいただろうか
娘の私の為なら命さえ差し出す
父の愛もとても深かった
でも、母に勝るものはいない
私は両親に愛されて育った
兄弟姉妹もいない一人っ子
両親の愛情は100%
なんの見返りも求めない愛
そうでもない家庭もあっただろうが
私はとても幸せな両親に育った
父を27年前に亡くし
母一人
今年の3月に亡くなるまで
母は最期の最後まで私を心配してくれていた
最後の一週間
家族がインフルエンザになり私は病院に行けなかった
もう大丈夫だろうと私がインフルエンザに感染していないのを検査で確認して
母のところに行った
眠っていた
深い眠りだった
起こせなかった
明日、また、明日ね・・・・・
その明日は永遠にやってこなかった
翌日 母は目を覚ますことなく
父のもとに旅立った
駆け付けたとき
母の体はまだ温かくて
私の第一声は
おつかれさま・・・
それ以外の言葉なんてなかった
私をこの世で一番愛してくれていた人
その母がこの世から去ってしまった
だから
これほど悲しい辛い事淋しい事なんてもう無いって思った
他人との人間関係などそんなことで悩むことはつまらないことで
全く意味のない事
この悲しさに比べる必要もないってこと
そして
私が今、一番愛しているのは
やっぱり
私の子供たちなのだ
母がそうだったように私は我が子を命を懸けて愛している
それ以上に愛するものなんて生涯いないのだ
人間は一人で生れて一人で死んでいく
人生を歩んでいるなかで人と出会いそして別れる
親と別れる、子供と別れる
これほど心がつぶれそうになる悲しみ痛みはない
母もきっと私との別れを悲しんだだろう
亡くなる瞬間は意識はないかもしれない
でも、それまでに絶対に考えたと思う
おかしなもので私は急激に元気を取り戻していった
子供として無事に両親を看取れたことに安堵しているのかもしれない
父の時にはたくさんの後悔があった
でも
母には後悔はない
私は私なりに必死で母の傍に付き添った
介護なんてしていない
介護は病院のスタッフさんたちが丁寧にしてくれた
私は寝たきりの母の傍にいるだけ
母に楽しい話をするだけ
でも、インフルエンザで行けなかった日以外は
母に寄り添った
そうして毎日少し少し覚悟をしていった
母の最期の私への贈り物
あなたはあなたらしく生きてほしいということ
まだ母の手が動いている時に
まだ母が少し話が出来た時に
ごめんね あんたに苦労させて
私が死んだら好きにしなさい
旅行にいったりいろんなことをしなさいね
あなたはあなたらしくね
私の手をさすりながら言っていた
私らしく私が生きる
誰の指図もうけない
誰からも命令されない
私が嫌なことはしない
誰かが嫌なこともしない
母の事を想わない日はない
何をみても母を思い出す
母の白くて美しい顔
入院中もスタッフの方が母の顔を拭きに来られるたびに
お母様、とっても中高な美しいお顔ですねって
母の大好きな桔梗の花
凛として咲く花
母の様だと思った
初盆が過ぎて・・・
九月に入り
私は怒らないって決めた
そう決めてしまったのだ
私の為に、そして母の為に、我が子の為に
怒って血圧上がって早死に・・・
そんな事はしたくない
最低でも親と、母の年齢までは元気でいたい
ただそれだけなんだ