みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*愛の花束  

2020-11-28 | 第2話(愛の花束)

箕面の森の小さな物語(NO-2)

<愛の花束> 

 それは11月の終わる頃の事でした。  5時ともなるとすっかりあたりが暗くなり、箕面の森のホテルレストランのテーブルにもキャンドルの明かりが灯り、それは温かい雰囲気に包まれるのでした。

  この落ち着いた広く開いたレストランの窓辺から、東方に高槻、茨木方面、南方には大都市 大阪の百万ドルの夜景が、そして西方に西宮、神戸方面まで見渡せる視界180度のそれは素晴らしい眺めが堪能できる所です。  ゆったりとした20卓ほどのテーブルには、季節のきれいなお花がいつも一輪さりげなく活けてあります。

 支配人の新庄譲二は、いつものように一卓づつ丁寧に卓上を点検した後、レストランの入り口扉を開いた。  新庄譲二がこの山上のホテルレストランに勤めるようになって12年が経っていた。 それは専門学校を卒業してすぐにこの店に就職し、見習いウエーターからスタートしていろんな部署の経験を経、半年前に認められこの店の支配人となったばかりなので、毎日緊張の連続だった。

 18時、窓辺の特等席をご予約されていた最初のお客様がおみえになりました。 若い男性のお客様で、胸にはきれいな花束を抱いておられます。 ご予約はお二人でしたので、ウエイターは2つのウオーターカップを持って席に伺いました。 「ご予約はお二人でよろしかったでしょうか?」 「はい、そうです!」と、男性は言われました。 そしてまもなく、最も評判の高いフランス料理のフルコースを2つご注文され、さわやかなお味のする赤ワインも注文されました。

 男性の前の席にはあのお持ちになった花束が丁寧に置かれ、キャンドルの灯りがより美しく花々を照らしています。 めずらしく澄み切った大阪の夜空に100万ドルの夜景が美しく、まるで宝石の輝きのようにキラキラと瞬いています。 丁度、空のラッシュアワーなのか?  伊丹の大阪国際空港への着陸待機の飛行機が南方の金剛山付近から明るいヘッドライトをつけて、3機も連なるように飛んでいるのが目にとまり、山上からの眺めは壮観です。

  やがてこのホテルレストランも徐々に予約席が埋まっていきます。 ご夫婦で、恋人どうしで、お友達と、家族で・・ と、それぞれ楽しいデイナータイムが過ぎていきます。 支配人はなじみのお客様にご挨拶をしたり、サービスに落ち度が無いように万全の目配り心配りをしています。

  やがてあの男性の前にもワインと前菜が運ばれてきました。 お連れのお客様がまだなようなので、担当のウエイターもどうしようか?  と迷っていました。 「お連れのお客様がまだのようですが、お料理はどうさせていただきましょうか?」と。 支配人がそれを伺いにお席に出向いたとき・・ 男性は我に帰ったように恐縮されて・・ 「うっかりすみまん・・ どうぞ二人に料理を運んでください。 ワインも二人にお願いします・・」と。 かしこまりました・・」 何か事情がおありなのだろう・・ と、下がった支配人はフロアーマネージャーに厨房に、担当ウエイターにそれぞれ指示をだしました。 

  やがて2つのグラスに赤いワインが注がれると、男性は前の花束の前にあるグラスに、ご自分のグラスを合わせて乾杯のしぐさをされ、何かを語りかけておられます・・

 やがてスープが・・ メインデッシュのお肉料理が、お魚料理が運ばれ・・ そして とうとうデザートとなりました・・ ウエイターが配膳するたびに、男性は自分の空き皿と共に、空席の料理も一緒に下げてもらっていました。  厨房に手のつけられていない料理がもどってくるので、料理長は首を傾げています・・ お気に召さなかったのかな? と、何度も味見をしてそのわけを探ろうと試みたものの理由がわからず、途方にくれたり・・ そのうち心の中では怒りさえ出てきました。 シェフにとって一所懸命に作った自分の料理が、全く手もつけられずに戻ってくるほど悲しい事はありません。

  この一部始終を見ていた新庄は、コーヒーサービスが終わったところで男性に声をかけました。 「お料理のお味の方はいかがでしたでしょうか? お気に召していただけましたでしょうか? ところでお連れ様はいかがなさいましたか・・?  失礼ですがよろしかったらお話いただけませんか・・」と。  このようなプライベートな事をお客様にお聞きするのは、初めてのことでしたが自然と言葉に出てしまいました。

 

  男性は支配人の言葉に恐縮しながらも、静かに語り始めました・・ 「実はこの花束は私の妻なのです。 私たちは今日、3回目の結婚記念日です。 昨年の今日は、ここで二人で楽しく過ごしました・・ 今日は天国にいる妻と来ました・・」 そこまで言うと男性の目から涙が頬をつたい、しばし声が出ず窓の外に目を向けておられましたが・・ やがて花束の妻に語りかけるように、再び話を続けられました。

 「半年前、妻は急性のガンで天国へ召されました・・ あっという間の出来事でした  なぜ神様は私から愛する妻をこんなにも早く召されたのか・・ 天を恨みました  今でもまだ信じられないほどです  どうか夢であって欲しい・・ 朝起きるといつもこの現実に打ちのめされてしまいます  でも、やがてこんな事をしていては天国から見ている妻に心配させるばかりだ・・ と思うようになりました  最近は妻がいつも心の中にいて私を励ましてくれるようで、少しづつですが立ち直ってきました  そして今日の3回目の結婚記念日には、どうしても二人で祝いたくて、去年と同じ席を予約したのです・・

  ここは去年、二人して幸せの嬉し涙を流したところなのです  二人が交際していた3年間は、よくこの箕面の森を歩きました  春は新緑の滝道から、花いっぱいの勝尾寺まで歩き、途中見た満開のエドヒガン桜はとても見事でしたし・・  夏は地獄谷の近くで「修行の古場」というんでしょうか? その上の滝道に丁度休憩場があるところ・・ あの谷川の水辺で裸足になって二人で将来の事をよく話しました  秋には紅葉ですが、人ごみを避けて教学の森や静かな落合谷などを歩きました 清水谷では渓流の水を飲んでいる鹿に始めて出会えて、二人とも感激でした  冬になると彼女は温かいスープをポットにいれて持ってきてくれました  それを静かな寒い森の中で二人で頂くんです・・ あったかい~! と 本当に幸せでした・・ そんなとき、あれはこもれびの森でしたか・・ 目の前の木の枝に二羽の小鳥がやってきて・・ なんと、くちばしをくっつけてキス? をしているんですよ・・ こっちの方が顔を赤らめたりして・・ そんな幸せをいつもこの森の中から与えてもらいました  彼女が森のお猿さんと握手しているような写真もあるんですよ・・」と。

  新庄は店の支配人という立場を離れ、そんなお二人の幸せだったお話を静かにうなずきながら伺いました。

 しばらくして男性は続けて・・ 「いま妻は天国でこう言っているはずです・・ ”今日は本当においしいお料理をご馳走様でした  とても美味しくてみんなきれいに残さず頂きましたよ  ダイエットどうしようかしら?” なんて言って、きっと笑っていますよ・・ よく言ってましたから・・ お店のシェフの方には本当に失礼をいたしましたが、妻は本当に美味しく頂きました・・ と言っていると思いますので、どうかお許しください  お陰さまで二人とも美味しいお料理を堪能し、楽しい一時を過ごす事ができました・・ 本当にありがとうございました・・」と。

  話を聞いていた新庄も、担当のウエイターも涙をいっぱいためて聞いていました。 素晴らしいご夫婦愛です。  後でその話を支配人から聞いたシェフは、厨房の端に行って大粒の涙を流していました。 天国の奥さまに、そんなに美味しかった~ と言っていただき・・ 光栄です・・と。

 静かで穏やかな夜です・・ 真っ暗な森のなかで、夜の海に浮かぶ船上レストランのように、その場所だけが煌々と光り輝いています・・ そして夜空を見上げると・・ そこには・・ ひときわ輝くきれいな星がひとつ・・ 一人の男性の上に瞬き、温かい光を放っていました。

 箕面の森が静かに深けていきます・・ 

(完)


*綾とボンの絆  

2020-11-28 | 第10話(綾とボンの絆)

箕面の森の小さな物語(NO-10) 

<綾とボンの絆>

  箕面山麓坊島(ぼうのしま)に住む89歳になる綾(あや)さんが、1月の寒い朝、自宅でボヤ騒ぎを起こした。  愛犬のボンが激しく吼えてなければ近所の人も気づかず、全焼するところだった。 それで綾さんは視力も体力も衰え、もう一人で生活する事が難しくなったので、市や福祉の担当者に勧められ、森の中の老人ホームへ入る事になった。

  綾さんの夫 雄一郎はすでに他界し子供もなく、近い親族もいないので、住んでいた自宅は後見人の弁護士から依頼された業者が買い取っていた。  綾さんが一番気がかりだった老犬ボンは、その業者が「大切に面倒みますから・・ それに、たまにホームに連れて行きますから・・」とのことで、やっと自宅を手放す事に同意した経緯があった。  しかし、業者はその後 家屋の解体のさい面倒になり、箕面の山にボンを連れて行き放置してしまった。

  ボンは16年前、まだ元気だった夫の雄一郎が山歩きの帰り道、清水谷園地に立ち寄ったとき、その東屋に置かれていたダンボールの中で クンクン と泣いていた捨て犬だった。 「あんまり可愛くて、可哀想だったから連れてきたよ・・」と嬉しそうに綾に見せたが、綾はその黒いブチの子犬が可愛いとは思えず、正直困ったな~ と思っていた。 子供を育てた事もないので、躾なども不安だった。 しかし、部屋の中を元気にはしゃぐ姿を見ていると、戻すわけにも行かず、それに足元にじゃれつき嬉しそうに遊ぶ子犬にだんだんと情が移り、やがてもう離れられない大切な存在へと代わっていった。

  名前は雄一郎が ボン と名づけた。 雑種でちょっとボンクラなところがあり、それを親しみをこめて名づけたものだった。 ボンはよくヘマをするので、雄一郎はよく「コラ このボンクラめ!」と頭をコツンとする すると、その都度 ボンがおどけた顔と仕草をして二人を笑わせた。 やがて雄一郎は、自分の山歩きに、ボンを連れて出かけるようになった。 ボンも一緒に山を歩ける日がくると、尻尾を大きく振りながら喜んだ。  それから10数年、雄一郎とボンは毎週のように、一緒に箕面の山々を歩いてきた。 

 ところがある日のこと、歩きなれた東海自然歩道最勝ケ峰の付近で、雄一郎が突然発作を起こして倒れた。 その時 ボンは、人気のない山道を人を探して走り回り、その姿を察知したハイカーが気づいて雄一郎にたどり着いたのだ。 しかし救急隊が山を登り駆けつけたとき、もう二度と戻らない体となっていた。 けれどボンは最後まで雄一郎のそばを離れなかった。

  雄一郎の死を信じられないボンは、綾に何度も山へ行きたい仕草をしたり、コツン としてもらいたいのか?  わざとヘマをしたり、おどけたりして涙を誘った。 毎日のように催促するボンをつれ、綾は何度か近くの散歩に出かけていたがある日、いつになく強く引っ張るボンを止めようとして転倒し動けなくなった。

 足を骨折した綾は、それ以降 ボンと外へ出歩くこともできなくなり、一日中一緒に家の中で過ごす事が多くなった。 毎日 独り言で昔話をする綾の話しを、ボンは玄関口の座布団の上に寝ながら、いつまでも聞き耳を立てていた。 そして ときどき ウー ウー と、綾に返事をしてくれるかのように声を発するので、綾もボンと話すことを毎日の生きがいに過ごしていた。

 季節は春になり、暑い夏がすぎると秋になり、そしてまた厳しい冬がきた。 綾とボンの毎日は、ゆっくり ゆっくり と時が刻まれていった。 そして お互いに老体を支えあって生きていた。 それが一変したのが、一ヶ月前のボヤ騒ぎだ。目が見辛くなっていた綾が、牛乳を鍋に入れ火にかけたとき、鍋に張り付いていた紙片に火が燃え移り、危うく大火事になるところだった。 ボンが激しく吼えて危険を知らせてくれたので、隣家の人が気づき、間一髪惨事にならず済み、綾もボンも無事だった。

  あれからすぐに福祉の人に付き添われ、森の中の老人ホームに入ったものの、綾は離れ離れになったボンのことが心残りでならなかった。 唯一、寒い日の時のためにと編んで着せていたボンの背あての一つを持ってきたので、綾はいつもそれをさわってはボンを想っていた。

「いつか犬を連れて行ってあげますから・・」と、あの業者は言っていたのに・・ 思い余って綾は後見人を通し、あの業者に問い合わせしてもらったら・・ 「どこかへ逃げていってしもうた・・」との返事だったと。 ガックリと肩を落とした綾は、その日から生きる望みを失い、食もノドを通らなくなり、日毎 身も心も急激に衰えていった。 思い出すのは愛犬ボンのことばかり・・ 子供を失った母親のごとく、綾は放心状態だった。

  見かねた施設の介護士が、時折り綾を車椅子にのせ、近くの森へ散歩に出かけていた。 小雪の降るような寒い日でも、散歩に出る日の綾は、少し表情が穏やかになるので、介護士もマフラー、手袋、帽子にひざ掛けなど、いつもより温かくして出かけた。 散歩に出ると綾は、いつもキョロキョロと森を見て、何かを探すような仕草をしていた。

 ボンが山の中に捨てられたのはこれで二度目だ。 生まれて間もない頃、雄一郎に拾われなければ、ボンの命はすぐに終わっていたかもしれない・・ その後の生涯を、温かい家族の中で過ごしてきた。  そして16年を経、老体となった今、再び・・ 「じゃまや!」と、心ないあの業者によって森の中へ捨てられた。

  ボンが業者の車から下ろされ、リードをはずされたのは五月山林道沿いだった。 ボンは雄一郎と共に、箕面の山の中を毎週のように歩いたので、地理はよく分かっていた。 ボンはリードを外されたことに これ幸い! とばかり雄一郎を探して森を走り続けた。 

 猟師谷から三国岳、箕面山から唐人戻岩へ下り、風呂ケ谷からこもれびの森才ケ原池から三ッ石山医王谷と下りながら、何日も何日も探し続けた。 谷川で水を飲み、ハイカーが食べ残したもので飢えをしのぎながら。 ボンはどんどんやせ細り、もう余命いくばくもなかった。

 やがて疲れ果て、谷道から里の薬師寺前に下り、大宮寺池の横から家路についた・・ のだが?  懐かしい家がなくなっている? すでに家屋は全て解体され、何一つ無い更地になっていた。 ボンが毎日飲んでいた水受けが一つ、庭跡に転がっていた・・ 家族の匂いがする・・ 綾さんの匂いがする・・ ワンワン ワンワン ボンは我に返ったかのように、ついこの間まで共に過ごしていた綾さんを探し始めた。 

 どこへいったんだろう?  どこにいるんだろう ワンワン ワンワン ボンは必死に叫び続けた・・ ボンは再び箕面の山々から里を歩き、綾さんを探し続けた・・ しかし 綾さんの姿はなく、ボンの体力ももう限界にきていた。 そして 小雪舞い散る寒い日の夕暮れ・・ 奇跡が起こった。

 

 この日も里道をフラフラになりながら探し続けていたボンが・・ うん? と、耳を立て鼻をピクピクさせた。 あの懐かしい綾さんの匂いがする・・ 少し先に、綾さんが車椅子で散歩に連れて行ってもらったときに無くした片方の手袋が落ちていたのだ・・ 懐かしい綾さんの匂いがする・・ どこにいるの?  ワンワン ワンワン ボンは嬉しくなり、思いっきり声の限りに叫んだが、その叫び声は強い木枯らしにかき消されていった。

 この近くに綾さんがいるに違いない・・ ボンは気持ちを奮い立たせ、必死になって探し始めた。 やがて大きな建物の前に出た。 綾さんに似た老人達がいることを察知したボンは、外から必死にその姿を追ったが見つからなかった。 やがて疲れ果て、建物が見える山裾に倒れるようにして体を横たえた。

 

  夜も更け、今夜も眠れぬ綾は、ベットの脇の窓から見えづらくなった目でボンヤリと外を眺めていた・・ 「今夜は満月のようね・・」 もう食もほとんどノドを通らず、気力、体力共に無くなっていた。  その時だった・・

 ワン! 遠くで一言だけど、犬のなく声が聞こえた・・ そんな気がした。 「あれは? ひっとしてボンの声かしら?  きっとそうだわ きっとボンに違いないわ・・」  綾はそれまで一人では起き上がれなくなっていたベットから、自力で窓辺に立ち、やっとの思いで外の小さなベランダにでた。  ボンはいつも自分を励まし、雄一郎や綾さんを探すために、寝ながらも無意識のうちに一言だけ ワン!  と発していたのだが・・

  目の前の建物のベランダに、満月の明かりに照らされて一人の老人が立ち上がったことにボンは耳をそば立てた。 綾はかすれたノドを振り絞るように、か細い声で叫んだ・・ 「ボンちゃ~ん  ボン ボン ボンちゃ~ん・・」

  小さな叫び声が、北風にのってボンの耳に届いた。  綾さんだ!  ワンワン  ワン ワン  ワンワン  「やっぱりボンちゃんだわ  ボンちゃ~ん  ボンちゃ~ん どこにいるの  どこに?  あのあたりね・・ 近くだわ  嬉しいわ  そこにいてくれるのね  ありがとう  ありがとうね 元気そうだわ  嬉しい  うれしい  よかったわ  ボンちゃ~ん  ありがとう・・」

  谷間を挟んで、綾とボンはお互いに声の限りに叫び続けた。 「今夜はようノラ犬が鳴くな~」と、施設の当直が話していた。  綾とボンは、心通わせつつ温かい幸せの世界に浸っていた。 やがてその声も叫びも、いつしか小さくなり、途切れとぎれになっていった。

 

 森の夜がしらじらと明けてきた頃・・ ベランダの下で、小さなボンの背あて編み物を手に,永遠の眠りについた綾さんを職員が発見した。  そして向かいの山裾では、ボンもまた片方の手袋を口にくわえたまま死んでいた。

  箕面の森に明るい朝陽がさしこんできた。 その輝く光の上を、綾とボンは仲良く並びつつ、天国で待つ雄一郎の元へと登っていった。

 (完)


 笑顔のドングリ(1)

2020-11-28 | 第1話(笑顔のドングリ)

箕面の森の小さな物語(NO-1)

<笑顔のドングリ>(1)

 教員試験に合格し、初めて箕面の小学校に赴任した新米教師 高田順平は、緊張の面持ちで担任となった4年1組の教室に入っていった。

  ワー ワー と言う歓声と共に、バタバタとイスに腰掛ける35人の生徒を前にし、順平の第一声は・・ 「えー ごほん!  えー 皆さんおはようございます  私はこのクラスの担任となりました高田 順平です・・  えー・・」 すると一人の女の子が大きな声で・・ 「じゅんちゃん やて~」 と調子はずれの声を出したので教室中が大笑いとなり、お陰で順平の緊張も一気に薄らぎ、和やかなスタートとなった。

  順平がそもそも教師を目指すようになったのは、恋人・美香の小学校時代の作文を読んだのがきっかけだったように思う。 それは同じ高校に通い、同じ文芸部に所属していた二人にいつしか恋心が芽生えた頃の事・・ 美香の家の部屋で話しているときだった。 美香の古い小学校時代の生徒文集をみつけ、何気なく読んでいたのだが・・ そこに彼女の文章もあった。「・・明るくて、元気で活発でクラスの人気者なのに、美香にこんな事があったのか・・」 と順平は少しショックを覚えた。 「そうなの・・ 私 あの頃は暗くて、引っ込み思案な子で、それにいつも卑屈で、自分でも嫌な女の子だったの・・ でもお母さんの励ましと、先生の一言が私を変えてくれたのよ」 美香はそう言うとその文面を懐かしそうに目で追いながら、順平を前に読み始めた・・

  笑顔のどんぐり> 4年2組 坂本 美香

 「その時 私は小学校4年生でした。 母と弟二人の4人で暮らしていました。 家の経済状況は厳しく、母は一所懸命にいつも働いていましたが、それでも回りの友達と比べても一段も二段も低い気がしていました。  母は近くのスーパーで働いていましたが、食事は店で賞味期限の切れかけた食材や、余りものの惣菜をよく頂いてきていました。 食べ盛りの弟二人も私もそれでいつもお腹いっぱいに頂き、大満足でした。  お母さんの作る手料理も美味しく、欠けたりんごを頂くと、昔ケーキ屋さんでアルバイトをしていた頃教えてもらったというアップルパイを作ってくれました。 それは美味しく、いつも楽しみでした。

  しかし服はなかなか買ってもらえませんでした。 つぎあてをした服を着ているのは教室でも私1人でしたし、運動靴も少し先が穴があきかけていてそれを隠すのに大変でしたが、友達は誰一人気がつかなかったようなので、私だけが気にしていただけなのかもしれません。 でもお母さんの苦労を知っていたから <新しいものを買って・・> なんて言えなかったんです。  だからいつも静かにして目立たないようにしていたので友達もいなく一緒に遊んだりもあまりしませんでした。 でもお金が無かった事以外は勉強も学校も好きでしたし、お友達からいじめられるような事も無く、時には一緒にも遊んでいました。

  そんなある日、同じクラスの雄介君から・・ <次の日曜日の自分の誕生パーテイに来て・・> と、招待状がクラス全員に配られました。 それをもらったクラスのみんなは大喜びでしたが、私は少し憂鬱でした。 だって服も無いし、それに何かプレゼントをもっていかねなくてはなりません。 友達はアレコレ・・ と持っていくようです。 「文具、おもちゃ、ゲーム、お菓子ボール・・」 とか話しています。 しかし私にはお金の蓄えもないし、お母さんにお金を頂戴ともいえません。

 どうしよう・・ 夜寝ても寝付かれずに困っていましたが・・ そうだ! 行かなければいいんだわ! そう決心したら気が楽になりました。次の日から友達は・・ 「ご馳走がいっぱいあるんだって・・ 私も・・  僕もいくいく・・」と、賑やかでみんな楽しみにしているようでした。 私は自分だけ少し寂しい気持ちでしたが、諦めていました。

 そんな時、担任の山口先生が何を察したのか私の横に来て・・ 「美香ちゃん その人が望む最も嬉しい事はね・・ 出来るだけその人の気持ちになって考えてみると分かる事なのよ お金や物などじゃないの・・ 優しい心遣いが大切なのよ そして心と心が通じ合えることが最高のプレゼントになるの・・」 「そう言われても・・わたし・・分からないわ」

 でもその日が近付くにつれて、雄介君の家の状況が少しづつ分かってきました。 「お父さんは大きい会社の社長さんだって・・ お家はあの箕面山麓の緑に囲まれた大きなお屋敷なんだって・・ お手伝いさんが二人いるんだって・・ 家庭教師も来るし・・ すごいね!  雄介君ってすごく幸せな人なんだね・・」 私は友達の話をただボンヤリと聞いていました。 しかし次の言葉にビックリ・・ 「お母さんが いないんだって・・」 と。  私は一瞬  えっ! と 驚いてしまいました。 それでお父さんが <今年はたくさんのお友達を呼んでいいよ~> との事で、先生の了承を得てクラス全員が招かれたとのこと・・ 私はそれを聞いたとき、お母さんがいなくて寂しい思いをしている雄介君の気持ちが心配でした。

  お父さんのいない私には、その気持ちが痛いほどによく分かります。「私にもお父さんがいたらもっと楽しかっただろうな・・ お母さんがこんな苦労をしなくてもいいし、私もちゃんとした服を着て、プレゼントも買って堂々と雄介君の所へ行けただろうな・・」 いつしか先生に言われた言葉を思い出し、雄介君の気持ちになって考えていました。 もし私が逆の立場だったら何が嬉しいだろう~ と真剣に考えました。 そして私なら・・ ものは何もいらないわ・・ 笑顔のみんなと一緒に楽しくみんなと遊べたら、それだけで大満足だわ・・ と。

  私は次の日、学校から帰ると裏山に入り、箕面西口から「憩いの丘」まで20分程登りました。 そこは雑木林だけど樹木の間から平和台の街並みがきれいに見下ろす事が出来る所です。 私は一人でドングリを拾いに来たんです・・ 私がまだ小さい頃、お父さんと何度もこの山道を歩いたから良く知っています。 春の山桜や三つ葉つつじがきれいで、ウグイスやいろんな小鳥がいっぱい鳴いていて・・ 夏にはセミの大合唱、一年生のときは網を持って父さんといっぱい昆虫採りをしたし、ここから六箇山へ登ったり、教学の森へ行ったり・・

 秋にはきれいなもみじで森が真っ赤になったり、それは美しい光景です。 冬には シ~ン とした静けさの中でリスをみたり、野ウサギを見たり・・ 鹿も見たし・・ お父さんはいつも山を歩くといろんな事を教えてくれました。 小鳥や植物の事も・・ 森に浸ることが好きだった父と一緒に森のなかで目を閉じていると風のささやきや、樹木が風にゆれておしゃべりしていたり、小鳥がなにやらささやいていたりして、それは不思議な気持ちでした。

 そんなお父さんと一緒に歩いた事を思いだしながら、私は夢中になっていっぱいのドングリを拾い集めて持ち帰りました。 私はそれをすぐにきれいに洗って乾かしておき、次の日学校から帰るとそのドングリ一つ一つに丁寧に絵を描いていきました。 怒ってる顔、鬼の顔、泣いてる顔、寂しい顔・・ でもそのほとんどの顔は笑っています。 おもしろい顔はいっぱい描きました。

 お母さんが仕事から帰ってきてビックリ! ミカちゃんなにしてるの・・?  それ宿題? と 聞かれたので、お母さんにこの前からのわけを全部話しました。 でもお金の話はしなかったけど、私のアイデアを話したら・・ 「それは素敵! きっとお母さんがもらっても笑って嬉しくなるわよ・・」と、喜んでくれました。 少し自分の心もすっきりして話してよかった。 ドングリに笑顔を描くのは次の夜遅くまでかかったけれど・・

  次の日お母さんがお店からきれいな箱とリボンをもらってきてくれました。 さすがお母さん!  その木箱にラッピングをし、リボンをかけたらとても素敵なプレゼントが出来上がりました。 お母さんがとても喜んでくれたので、私も嬉しくなりました。  二人で にこにこドングリ を見ていたら、自然に笑いがこみ上げてきて二人で大笑いしました。 そして私は雄介君に手紙を添えようと書き始めました・・

(2)へ続く。

 


 笑顔のドングリ(2)

2020-11-28 | 第1話(笑顔のドングリ)

箕面の森の小さな物語

<笑顔のドングリ>(2)

 「雄介君おたんじょうびおめでとうございます!  お母さんがいなくて、きっと寂しい思いをしていることと思います。 知らなくてごめんね。 私もお父さんがいないのでその気持ちはとてもよく分かります。 でもきっと天国からいつも雄介君を見守っていてくれますよ。 悲しくて、寂しくて、辛いけど、元気に頑張りましょうね。 そして寂しくなったらこの箱を開けてください。 いろんな顔を作ってみたけど、沢山のおもしい笑える顔があるでしょ・・ 私もお母さんとこれを転がして遊んでいたら、いつのまにか大笑いしていました。 雄介君もお父さんと一緒に一度やってみてください。 私もこれからこれと同じ物をまた作ります。私も寂しくなったらこの箱をひらいてみます。 そしてドングリたちと遊びます。 パーテイに招待してくれてありがとうごさいます。 心をこめて雄介君に贈ります。 美香より」

  次の日曜日の朝、私は書いた手紙とドングリの箱を持って、みんなと雄介君の誕生会にでかけました。 みんなに<美香ちゃんの何か見せて見せて!・・> と、言われたけど内緒にしました。

 前の日にお母さんは私に大きな包みを持って帰ってくれました。 中にはきれいなフリルのついた新しいワンピースと新しい靴が・・ ワー すごい すごい! 本当にびっくり! とても嬉しくて・・ 嬉しくて・・ お母さんは私の服のことも、靴の事もちゃんと知っていてくれたんです。 私は寝るときまで何度もそれを着て、嬉しくてうれしくて家の中を歩き回っていました。

  雄介君の家は聞いていた通りのすごい大きな家でした。 私が初めて見る大きなシャンデリアにヨーロッパの家具、暖炉もあってみんなビックリ! それに初めて見るすごいご馳走!  みんなお腹いっぱい頂きました。 最後にお手伝いさんが二人がかりで、広いお庭の大きなテーブルに立派なバースデーケーキを運んできた時にはみんな感激で、大きな歓声があがりました。

  やがて楽しかった誕生会も終わり・・ 私たちはお父さんやお手伝いさんらにお礼を言って帰りました。 その前には、みんな思い思いのプレゼントを雄介君に渡していましたが、私は部屋の片隅にそ~ と置いて帰りました。  お腹いっぱいなのにお土産のケーキもいただき、みんな大満足でした。 帰ってからお母さんと頂いたケーキを食べながら今日の出来事を話すと、嬉しそうに聞いてくれました。 「行ってよかったわ・・ お母さん ありがとう!」

  次の日、学校でお昼休みのことです・・ 私の机に雄介君が来て、小さな紙を渡してくれました。 それまで学校で人気者の雄介君から声をかけられたことも、会話もまともにした事が無いのでビックリです! 「読んで・・ どうもありがとう!」 そう言うと照れくさそうに、またすぐ仲間のところへ戻っていったけど・・

  紙には・・ 「美香さんへ 昨日は本当にありがとう! みんなからいろんなプレゼントをもらったけど、君からもらったプレゼント最高だった。 このことは一生忘れないでしょう。 どんな物より嬉しかった! 夜、お父さんとこの「にこにこドングリ」で遊んだんだ。 やっぱり二人で大笑いしたよ・・ もしこれから涙がでてきたら、またこの箱をひっくり返して遊びます。 美香さんも同じものを作るそうですが、ドングリはどこで売っているのですか?  また教えてください。 本当にこのことは忘れません。 本当にありがとう! 雄介 」と。

  私は よかった! と 安心すると共に「どこで売っているの?」に、思わず吹き出してしまいました。 あの憩いの丘の雑木林を教えてあげたらビックリするでしょうね・・ 今度一緒に連れて行ってあげようかな・・?  そんな事を思いながら私は一人 心の中で微笑むのでした。あのお父さんと幼い頃に遊んだ箕面の森・・ 私はそっと・・ ありがとう! とつぶやいていました。   4年2組 坂元 美香

   

  美香は小学校時代の自分の文章を読み終えると、順平に話し始めた。「それから私 何かあるといつも相手の心に添えるような人になろう・・ って心してきたの・・ 自分の環境や境遇を嘆くなんて無駄な事だと思ったし、自分の気持ち一つで暗い卑屈な自分を切り替えられることを知ったわ  やはりあの時の先生の一言は大きかったわね それから私 変わったのよ」「そうか それにしても先生の言葉の力ってすごいな  それにその一言で心を変えられた美香も偉いよな・・」

  「先生! 先生の趣味は何ですか?」 放課後、順平は生徒の一人から声をかけられた。「そうだな・・ いろいろあるけど、今はドングリ拾いかな・・」 「どんぐり? それって何? どこで拾えるの? ねえ どこで ねえ 教えてよ!」 一緒にいた仲間達も興味深々で訪ねてきた・・ 「きた きた・・ よしよし・・」

 順平はそんな生徒達を連れ、いずれ箕面の山歩きを楽しみながら <どんぐり拾いをしよう・・>と思っていたのだ。  そしてあの <笑顔のドングリ> 作りを新任教師の課外活動にしたいと決めていた。  その時は婚約者の美香も一緒に・・ と。  

(完)