みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

七日目の朝陽・キキの冒険(2)

2020-09-22 | 第16話(七日目の朝陽・キキの冒険)
箕面の森の小さな物語
 
<七日目の朝陽・キキの冒険>(2)
 
ワン ワンワンワン ワン・・・

 突然 闇を振るわせる大きな吼え声が森に響いた。  キキはビックリして目を覚ますと、目の前に一匹の大きな犬が牙をむき出し、怖い顔をして吼えてる・・ キキは恐怖ですくみあがってしまった。  しかし 咄嗟に本能的に横の木に登り始めた。 猛り狂ったような犬は飛びかかってきたが、間一髪でキキは木の上に難を逃れた。 キキの顔は引きつり、恐怖で泣く事さえできなかった。 いつも守ってくれる母親もボス猿も誰も助けてくれない。  長い時間が過ぎ・・ やがて下で思い切り吼え続けていた大きな犬は、諦めたかのようにどこかへ去っていった。

(* 勝尾寺やその墓地周辺にはたまに病気にかかったり、手に負えなくなり飼えなくなった犬猫や動物を捨てに来る心ない人間がいる。 せめてもお寺や仏様の近くで成仏させてやろう・・ との思いかもしれないが、そもそも人間社会の中で餌を与えられ飼われてきた動物たちが、急にこの自然の森の中に放り出されても生き抜くことは難しい・・ そんな動物たちは野山を駆け巡り採食するシカやイノシシの群れや、他の肉食動物と競って餌を確保する事は至難のことなのだ。 まして森の動物たちと違って採食の術も知らないのだから、この森で生き延びるの厳しい事に違いない) 

可哀想なことをする人間たちだ。  キキは恐怖に怯え震えながら木の上で夜を過ごした。 同じ頃 キキの母親は心配で心がはち切れそうになりながら、まんじりともせず夜明けを迎えていた。

  二日目の朝が明けた。

太陽が顔をのぞかせ、森に明るい木漏れ陽が差し込んできた。 常緑樹林の葉に昨夜の雨粒が残り、太陽に反射してキラキラと輝いている。 キキは恐る恐る木を下りるとトコトコと東の<箕面・郷土の森>へ入っていった。

(* ここは明治100年を記念して45年ほど前、全国の都道府県から贈られた木々が植えられ大きな森となっている。)

 山形のサクランボ、茨城のウメ、徳島のヤマモモ、香川のオリーブ、大分の豊後ウメなど実のなる木もあるものの、今は冬場で食べられる実りはなかったし、キキはまだ食べられる枯れ実さえも知らなかった。 途中 キキは小さな流れを見つけ初めて岩清水を口にした。 母親の乳房からいつも朝食をとっていたのに、今は自分で何か食べ物を探さねばならなかった・・ お腹がすいたよ・・ キー キー  食べ物をどうやって探したらいいのか分からない・・ しかし 母親が確かそうしていたことを思い出し、近くのアオキの葉を口にし、その少し硬い葉をよく噛んで食べたり、足元の虫をつまんで口に入れたりして飢えをしのいだ。

キキは森の中をあてどもなく歩いた・・ 隆三世道からいつしか証如峰(604.2m)の森に出ていた。 途中 シカやイノシシ、それに肉食獣のテン、イタチ、キツネたちを見たがみんな寝ていた。 リスやモリネズミ、タヌキなどとも出会った。 キキは一匹 寂しくて、悲しくて、怖くて涙にくれながら歩き続けた。 そして いつしか二日目の夕闇が迫ってきた。

 今夜の空はきれいに晴れ上がり、満月が顔をだすと森の中にも明るい月明かりが差し込んできた。 静かで穏やかな夜・・ 時折りミミズクが ホーホーホー と鳴いている。 レイは疲れ果て、枯葉の上で涙にくれながら倒れるように眠っていた。 夜が更けた頃・・ 

ダダ ダダダダダダ・・・

 突然 地響きを震わせる大きな音にキキはビックリして飛び起きた。 見ると横を大きなイノシシの群れが、その大きく太く硬い鼻先で土を掘り返しながら餌のミミズなどを探していた。 やがてその内の一頭がキキを見つけた・・ そしてその大きな鼻先に牙をむき出してキキに近づいてきた・・ キキは恐怖におののきながら大声で キーキー キー と叫び声を挙げた。 そしてイノシシがレイの顔に触れたときだった・・ ドスン・・! そのイノシシに体当たりしたものがあった。 不意をつかれたイノシシは慌ててキビを返して逃げ去っていった。

 ・・よく見ればまだ幼いメス猿が恐怖に震えている・・ なぜこんな所に一匹で・・? ミケンに深い傷をもつ老猿は、いぶかしげにそんな幼猿を見ていた。 キキはいつも群れと一緒にいる同類の猿に出会い、やっと安心した顔をみせた。

  老猿は、かつて80匹近い猿の群れを束ねた箕面の森の強大な力をもつボス猿ゴンタだったのだが、ある日 血気盛んな三番猿とその力に従う若猿たちが組んだクーデターによってその権力の座を追われたのだった。 かつて権勢を振るっていた頃には沢山の子孫も残していた。 ゴンタはその激しい戦闘に敗れ、ボスの座を明け渡して以来群れを離れ、一匹 北の森で余生を送っていたのだった。

 猿の群れは体が大きく腕力の強いものがオス、メス問わず第一ボスの座を力でつかむのだ。 第二、第三と強い順に序列が決まり厳然たる権力階級の社会となっている。 その権力闘争は常にあり、その順位の入れ替えも常なのだ。 第一ボスの座についたからといって安泰とはしておれないし、第二ボスが次の第一ボスになれるとは限らない。 但し、幼い猿や子猿はそんな力関係とは別に、みんなからほぼ平等に優遇される世界なのだ。  

 ボス猿は群れ全体を統率し行動せねば、すぐに群れの信頼を失ってしまう。 右に喧嘩があればいって仲裁に入り、左に敵が近づけば危険を冒してでも戦ってこれを撃退しなければならない。 オス猿と違いメス猿はその一生を生まれた森の中で過ごす事が多い。 更に母猿とメス猿はしっかりと集まり、家系ごと血縁にもとづく集団が決まっている母系社会なのだ。 そして族社会の姉妹間では末娘が母に次いで上位となり、長女が最下位となる末子優位の法則があるので、キキは幼いながら母親の次の地位にあるのだった。

 メス猿は自分が生き延び、幼猿らに授乳し育てるためにも十分に食べなければならない。 それだけに妊娠したり幼い猿を連れて長時間森の中で採食活動をすることはできない。 それには他の肉食動物に捕食されないように土地勘のある生まれ育った森が安全だからとの定住法則があるようだ。 猿の世界は母子社会でメスが完璧な血縁で固まり定住するのに対し、オスはほぼ全員が外部からの移入猿である。オス猿は5-9歳位の若者期になると生まれ育った群れを離れ、やがて別の群れに入り込むのだ。 

 オスはメスを確保しなければ子孫を残せないが、生まれ育った森は血縁が濃く、同じ群れでは近親交配が遺伝的に不利と知っている自然界の法則のようだ。 自分の子猿を扶養する義務のないオス猿は、自分だけの食べ物があれば生きていけるので他の群れを目指すのだ。)

 この元ボス猿ゴンタもそうやって若い頃 箕面の森にやってきたのだった。 老猿はこの幼いメス猿が一匹だけで、このままこの森の中で生きていくことは不可能だと分かっていた。 早く森の群れに戻してやらねばならない・・

 三日目の朝が明けた・・・

 ゴンタは朝一番、自分の胸元で眠っているキキを残し採食に出かけた。 今朝は高木に登り、いつもより木の実を沢山口に含んでいた。 そして次の木の枝に移ろうとジャンプしたときだった・・ ボキ! 鈍い音がして飛び移った枝が折れた。 いつもなら素早く難なく別の枝に移るのだが・・ 前夜キキを助けるために思いっきりイノシシに体当たりして、両腕を痛めていたので力が入らなかった・・ ドス~ン!

 ゴンタは鈍い音をたて地面にたたきつけられた・・ しかも運悪く、落ちたところはとがった岩場の上で、ゴンタはしたたか頭と背中を強打し動けなくなった。 GFはその痛みに耐えながらしばしじっと堪えていたが、あの幼猿を何としても母親のもとへ帰してやらねば・・ とやっとの思いで起き上がった。 

 ゴンタはここで死ぬわけには行かなかったので這うようにしてキキのもとへ戻った。 目を覚ましていたキキは不安そうにしていたが、老猿の姿を見ると喜んで飛びついた・・ しかし ゴンタの体は全身血まみれになっていた・・

(3)へつづく



最新の画像もっと見る