みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

悠久の猪之助(3)

2019-03-09 | 第24話(悠久の猪之助)

箕面の森の小さな物語

<悠久の猪之助>(3)

   そのころ、田中裕二は営業部の飲み会幹事として3次会までみんなと付き合い、やっと解放されたばかりだった。  相当酔いもまわっているけど、明日の休日は久しぶりに子供を連れて遊びに出かける約束なのでどうしても車で帰らねばならなかった。 「もうとっくに深夜のバス便もないしな・・」

  裕二は1時間ほど車内で酔いを覚まそうと寝てみたが・・ 聞けば夜間にも箕面グリーンロードトンネル前で検問やってたぞ! と同僚に聞いていたし・・ 「しかし もうこんな深夜までやってないだろうしな・・ でも?」と悶々としながら眠れなかった。

  少し気分もよくなったので、裕二はハンドルを握り、念のため地道から山越えをして自宅まで帰ることにした。 職場のある箕面・船場の街から小野原外院(げいん)、粟生間谷(あおまだに)から府道茨木・能勢線を北上した。  やがて途中から左折し、勝尾寺山門前を通り抜け、茶長坂橋を右折して高山道に入り、住まいのある箕面森町(みのおしんまち)を目指した。 「ここまで来たらもう大丈夫だろう・・」  しかし 何度も「安全運転! 安全運転!」と口にしながら、今日の楽しかった飲み会を振り返っていた。

  やがてダム湖の横にある短い <箕面トンネル> が見えてきた。すると 前方で一人の老人がキョロキョロしている姿が、ライトに浮かび上がった。 「なんだ あの人は・・?」

 車が近づくと、老人はビックリした顔でこっちを見たかと思うと、ヘナヘナと道に倒れるようにヘタリこんでしまった。 「だいぶ酔うてはるな・・ それにしても仮装大会の帰りか?  あのブータン王国の民族衣装のような格好してるし・・?  それにこんな人気のない山の中で何してはるんやろ?」 裕二は速度をゆるめ 手前で停まり声をかけた・・  「どうされたんですか? 大丈夫ですか?」

  そのころ、猪之助は ここがどこなのか?  いつもの長谷のような?  そうでないような?  頭がこんがらがったままキョロキョロと周辺を見回していた。  すると急に南の方に光が見えた。 「何だ? またキツネかタヌキか?  それともさっきのあのフワフワか?  目の玉が二つ光っているが・・?」 そう言いながら足がもつれてヘタリこんでしまった。 すると前方で二つ目が停まった。 「何や? 誰か喋っとるな 何や?」 「どうされたんですか? 大丈夫ですか?」 今度は洒落た格好をした若い人間が、近くに来て声をかけた。

 それで猪之助はボソボソと喋りはじめたのだが・・ 「いやいや オレは家に帰るとこなんやがな・・ それがどうしたことか?」 「どちらへ帰られるんですか・・・?」 「いや あの オレはアオとな・・ いや オレは止々呂美(とどろみ)の猪之助やけど・・ 神社の近くに住んどるんやが・・」

「ああ それなら私は箕面森町に帰るとこなんで・・ 通り道なんで送っていってあげますわ・・ さあ車に乗って下さい・・ どうぞ!」

 「みのおしんまち? くるま?」猪之助は昨日も箕面駅前で珍しい車を見たことはあるが、まだ乗ったことは一度もなかった。 「シートベルト締めてくださいね」 「しーとべると?」 「それそれ こうやってね・・」 体を締め付けられるようで、猪之助はそれを外そうともがいていると、車が動き出した。 トンネルは短くすぐに抜けたが、広い固い道をすごい勢いで走っていく・・ 「こんな所にこんな道なんか無かったんやが・・ おかしいな?」 猪之助がブツブツ言っていたが、裕二はカーラジオを付けた。 深夜の音楽番組が流れている・・

 猪之助は目の前のこんな所から音楽が流れてきたので、腰を抜かさんばかりにビックリした。 すると すぐに・・ 「・・スポーツニュースをお伝えします・・ 昨日の大相撲の結果です・・ すでに優勝を決めている横綱 はくほう は、同じモンゴル出身の横綱 はるまふじ に敗れました・・」 「ええ・・? 双葉山はどうなったんや?」 猪之助がそう叫んだものの、相撲に興味のない裕二の耳には届かなかった。

 「ついさっきも あのフワフワの所にいた時も、若いフワフワが・・ 大相撲はモンゴルとか はくほう とか きせのさと とか何か言ってたようやけど・・ おかしいな??」 猪之助の頭の中は大混乱していた。

  車は高山の村落を抜け、山を下り、あっという間に余野川にでた。漆黒の闇の中に、車のヘッドライトの光で周囲の景色もボンヤリと見える。 「何や? 川はいつもの水量より少ないし、川幅はやけに広いし、周囲の雰囲気も違うようやけど・・?  しかし 大向青貝谷山、笛ケ坂山、天神ケ尾山・・ 山並みは昨日家を出た時と余り変わってないようやけど・・ それでも何か変やな・・?」

  猪之助はいつもなら2-3時間かかる道を、あっという間に着いてしまったので、それもビックリ仰天だった。 「お爺さん 着いたよ 止々呂美神社はそこなんで・・ ここでいい? 私はこの上の森町に住んでるんで・・」 「ああ おおきに・・」  猪之助は車を下りながら・・ 「お爺さん? 誰のこっちゃ? しんまち? この上は山しかなのにな??  人なんか住んどらんど・・? やっぱりまたタヌキか?」 

 車を下りた猪之助は、何が何だかさっぱりわけの分からないまま見渡した。 少し前、箕面村の桜の本家を出たときは満月で寒い夜だったのに、今は新月のようで真っ暗闇の中だ。 「・・しかし 何となく地形は似てるしな・・?」 猪之助は見慣れないあぜ道に腰を下ろし・・

 「やっぱ あんまり飲みすぎたせいで頭がおかしくなったんやな・・ これから酒はほどほどにせんとあかんな・・ やっぱ オトンが言うてるように 酒は魔物 やな・・ 元服して大人になるのも大変なこっちゃわ・・」と 目を閉じた。

 

  その頃、猪之助と同級生だった悪がき仲間の治兵衛は いつものように早起きし、前夜子供や孫や曾孫など一族一同が揃い、88歳米寿の祝いをしてくれたので、その思いを味わいながら昔の出来事を思い出していた。「もう73年が過ぎたのか・・ あっという間やったな・・ あの日 アオだけが帰ってきて・・ 突然 猪之助がいなくなってしもうたわい・・ どうしたのかの~  何があったのかの~ とうとうわからずじまいやったな・・」 猪之助の6歳年下の弟 庄之助は、兄の代わりに家を継ぎ、今も隣に住んでいる。 「そうや! 今日起きたら久しぶりに二人で猪之助の墓参りにでも行くかな・・」 

 やがてうっすらと夜が明けてきた・・

 

 その頃、箕面の森の上空を 円盤型をした未確認飛行物体 がゆっくりと上昇し、やがて瞬時に東の彼方へ飛び去っていった事を誰一人として気づかなかった。

 (完) 



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