みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

 笑顔のドングリ(1)

2020-11-28 | 第1話(笑顔のドングリ)

箕面の森の小さな物語(NO-1)

<笑顔のドングリ>(1)

 教員試験に合格し、初めて箕面の小学校に赴任した新米教師 高田順平は、緊張の面持ちで担任となった4年1組の教室に入っていった。

  ワー ワー と言う歓声と共に、バタバタとイスに腰掛ける35人の生徒を前にし、順平の第一声は・・ 「えー ごほん!  えー 皆さんおはようございます  私はこのクラスの担任となりました高田 順平です・・  えー・・」 すると一人の女の子が大きな声で・・ 「じゅんちゃん やて~」 と調子はずれの声を出したので教室中が大笑いとなり、お陰で順平の緊張も一気に薄らぎ、和やかなスタートとなった。

  順平がそもそも教師を目指すようになったのは、恋人・美香の小学校時代の作文を読んだのがきっかけだったように思う。 それは同じ高校に通い、同じ文芸部に所属していた二人にいつしか恋心が芽生えた頃の事・・ 美香の家の部屋で話しているときだった。 美香の古い小学校時代の生徒文集をみつけ、何気なく読んでいたのだが・・ そこに彼女の文章もあった。「・・明るくて、元気で活発でクラスの人気者なのに、美香にこんな事があったのか・・」 と順平は少しショックを覚えた。 「そうなの・・ 私 あの頃は暗くて、引っ込み思案な子で、それにいつも卑屈で、自分でも嫌な女の子だったの・・ でもお母さんの励ましと、先生の一言が私を変えてくれたのよ」 美香はそう言うとその文面を懐かしそうに目で追いながら、順平を前に読み始めた・・

  笑顔のどんぐり> 4年2組 坂本 美香

 「その時 私は小学校4年生でした。 母と弟二人の4人で暮らしていました。 家の経済状況は厳しく、母は一所懸命にいつも働いていましたが、それでも回りの友達と比べても一段も二段も低い気がしていました。  母は近くのスーパーで働いていましたが、食事は店で賞味期限の切れかけた食材や、余りものの惣菜をよく頂いてきていました。 食べ盛りの弟二人も私もそれでいつもお腹いっぱいに頂き、大満足でした。  お母さんの作る手料理も美味しく、欠けたりんごを頂くと、昔ケーキ屋さんでアルバイトをしていた頃教えてもらったというアップルパイを作ってくれました。 それは美味しく、いつも楽しみでした。

  しかし服はなかなか買ってもらえませんでした。 つぎあてをした服を着ているのは教室でも私1人でしたし、運動靴も少し先が穴があきかけていてそれを隠すのに大変でしたが、友達は誰一人気がつかなかったようなので、私だけが気にしていただけなのかもしれません。 でもお母さんの苦労を知っていたから <新しいものを買って・・> なんて言えなかったんです。  だからいつも静かにして目立たないようにしていたので友達もいなく一緒に遊んだりもあまりしませんでした。 でもお金が無かった事以外は勉強も学校も好きでしたし、お友達からいじめられるような事も無く、時には一緒にも遊んでいました。

  そんなある日、同じクラスの雄介君から・・ <次の日曜日の自分の誕生パーテイに来て・・> と、招待状がクラス全員に配られました。 それをもらったクラスのみんなは大喜びでしたが、私は少し憂鬱でした。 だって服も無いし、それに何かプレゼントをもっていかねなくてはなりません。 友達はアレコレ・・ と持っていくようです。 「文具、おもちゃ、ゲーム、お菓子ボール・・」 とか話しています。 しかし私にはお金の蓄えもないし、お母さんにお金を頂戴ともいえません。

 どうしよう・・ 夜寝ても寝付かれずに困っていましたが・・ そうだ! 行かなければいいんだわ! そう決心したら気が楽になりました。次の日から友達は・・ 「ご馳走がいっぱいあるんだって・・ 私も・・  僕もいくいく・・」と、賑やかでみんな楽しみにしているようでした。 私は自分だけ少し寂しい気持ちでしたが、諦めていました。

 そんな時、担任の山口先生が何を察したのか私の横に来て・・ 「美香ちゃん その人が望む最も嬉しい事はね・・ 出来るだけその人の気持ちになって考えてみると分かる事なのよ お金や物などじゃないの・・ 優しい心遣いが大切なのよ そして心と心が通じ合えることが最高のプレゼントになるの・・」 「そう言われても・・わたし・・分からないわ」

 でもその日が近付くにつれて、雄介君の家の状況が少しづつ分かってきました。 「お父さんは大きい会社の社長さんだって・・ お家はあの箕面山麓の緑に囲まれた大きなお屋敷なんだって・・ お手伝いさんが二人いるんだって・・ 家庭教師も来るし・・ すごいね!  雄介君ってすごく幸せな人なんだね・・」 私は友達の話をただボンヤリと聞いていました。 しかし次の言葉にビックリ・・ 「お母さんが いないんだって・・」 と。  私は一瞬  えっ! と 驚いてしまいました。 それでお父さんが <今年はたくさんのお友達を呼んでいいよ~> との事で、先生の了承を得てクラス全員が招かれたとのこと・・ 私はそれを聞いたとき、お母さんがいなくて寂しい思いをしている雄介君の気持ちが心配でした。

  お父さんのいない私には、その気持ちが痛いほどによく分かります。「私にもお父さんがいたらもっと楽しかっただろうな・・ お母さんがこんな苦労をしなくてもいいし、私もちゃんとした服を着て、プレゼントも買って堂々と雄介君の所へ行けただろうな・・」 いつしか先生に言われた言葉を思い出し、雄介君の気持ちになって考えていました。 もし私が逆の立場だったら何が嬉しいだろう~ と真剣に考えました。 そして私なら・・ ものは何もいらないわ・・ 笑顔のみんなと一緒に楽しくみんなと遊べたら、それだけで大満足だわ・・ と。

  私は次の日、学校から帰ると裏山に入り、箕面西口から「憩いの丘」まで20分程登りました。 そこは雑木林だけど樹木の間から平和台の街並みがきれいに見下ろす事が出来る所です。 私は一人でドングリを拾いに来たんです・・ 私がまだ小さい頃、お父さんと何度もこの山道を歩いたから良く知っています。 春の山桜や三つ葉つつじがきれいで、ウグイスやいろんな小鳥がいっぱい鳴いていて・・ 夏にはセミの大合唱、一年生のときは網を持って父さんといっぱい昆虫採りをしたし、ここから六箇山へ登ったり、教学の森へ行ったり・・

 秋にはきれいなもみじで森が真っ赤になったり、それは美しい光景です。 冬には シ~ン とした静けさの中でリスをみたり、野ウサギを見たり・・ 鹿も見たし・・ お父さんはいつも山を歩くといろんな事を教えてくれました。 小鳥や植物の事も・・ 森に浸ることが好きだった父と一緒に森のなかで目を閉じていると風のささやきや、樹木が風にゆれておしゃべりしていたり、小鳥がなにやらささやいていたりして、それは不思議な気持ちでした。

 そんなお父さんと一緒に歩いた事を思いだしながら、私は夢中になっていっぱいのドングリを拾い集めて持ち帰りました。 私はそれをすぐにきれいに洗って乾かしておき、次の日学校から帰るとそのドングリ一つ一つに丁寧に絵を描いていきました。 怒ってる顔、鬼の顔、泣いてる顔、寂しい顔・・ でもそのほとんどの顔は笑っています。 おもしろい顔はいっぱい描きました。

 お母さんが仕事から帰ってきてビックリ! ミカちゃんなにしてるの・・?  それ宿題? と 聞かれたので、お母さんにこの前からのわけを全部話しました。 でもお金の話はしなかったけど、私のアイデアを話したら・・ 「それは素敵! きっとお母さんがもらっても笑って嬉しくなるわよ・・」と、喜んでくれました。 少し自分の心もすっきりして話してよかった。 ドングリに笑顔を描くのは次の夜遅くまでかかったけれど・・

  次の日お母さんがお店からきれいな箱とリボンをもらってきてくれました。 さすがお母さん!  その木箱にラッピングをし、リボンをかけたらとても素敵なプレゼントが出来上がりました。 お母さんがとても喜んでくれたので、私も嬉しくなりました。  二人で にこにこドングリ を見ていたら、自然に笑いがこみ上げてきて二人で大笑いしました。 そして私は雄介君に手紙を添えようと書き始めました・・

(2)へ続く。

 



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