みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*愛の花束  

2020-11-28 | 第2話(愛の花束)

箕面の森の小さな物語(NO-2)

<愛の花束> 

 それは11月の終わる頃の事でした。  5時ともなるとすっかりあたりが暗くなり、箕面の森のホテルレストランのテーブルにもキャンドルの明かりが灯り、それは温かい雰囲気に包まれるのでした。

  この落ち着いた広く開いたレストランの窓辺から、東方に高槻、茨木方面、南方には大都市 大阪の百万ドルの夜景が、そして西方に西宮、神戸方面まで見渡せる視界180度のそれは素晴らしい眺めが堪能できる所です。  ゆったりとした20卓ほどのテーブルには、季節のきれいなお花がいつも一輪さりげなく活けてあります。

 支配人の新庄譲二は、いつものように一卓づつ丁寧に卓上を点検した後、レストランの入り口扉を開いた。  新庄譲二がこの山上のホテルレストランに勤めるようになって12年が経っていた。 それは専門学校を卒業してすぐにこの店に就職し、見習いウエーターからスタートしていろんな部署の経験を経、半年前に認められこの店の支配人となったばかりなので、毎日緊張の連続だった。

 18時、窓辺の特等席をご予約されていた最初のお客様がおみえになりました。 若い男性のお客様で、胸にはきれいな花束を抱いておられます。 ご予約はお二人でしたので、ウエイターは2つのウオーターカップを持って席に伺いました。 「ご予約はお二人でよろしかったでしょうか?」 「はい、そうです!」と、男性は言われました。 そしてまもなく、最も評判の高いフランス料理のフルコースを2つご注文され、さわやかなお味のする赤ワインも注文されました。

 男性の前の席にはあのお持ちになった花束が丁寧に置かれ、キャンドルの灯りがより美しく花々を照らしています。 めずらしく澄み切った大阪の夜空に100万ドルの夜景が美しく、まるで宝石の輝きのようにキラキラと瞬いています。 丁度、空のラッシュアワーなのか?  伊丹の大阪国際空港への着陸待機の飛行機が南方の金剛山付近から明るいヘッドライトをつけて、3機も連なるように飛んでいるのが目にとまり、山上からの眺めは壮観です。

  やがてこのホテルレストランも徐々に予約席が埋まっていきます。 ご夫婦で、恋人どうしで、お友達と、家族で・・ と、それぞれ楽しいデイナータイムが過ぎていきます。 支配人はなじみのお客様にご挨拶をしたり、サービスに落ち度が無いように万全の目配り心配りをしています。

  やがてあの男性の前にもワインと前菜が運ばれてきました。 お連れのお客様がまだなようなので、担当のウエイターもどうしようか?  と迷っていました。 「お連れのお客様がまだのようですが、お料理はどうさせていただきましょうか?」と。 支配人がそれを伺いにお席に出向いたとき・・ 男性は我に帰ったように恐縮されて・・ 「うっかりすみまん・・ どうぞ二人に料理を運んでください。 ワインも二人にお願いします・・」と。 かしこまりました・・」 何か事情がおありなのだろう・・ と、下がった支配人はフロアーマネージャーに厨房に、担当ウエイターにそれぞれ指示をだしました。 

  やがて2つのグラスに赤いワインが注がれると、男性は前の花束の前にあるグラスに、ご自分のグラスを合わせて乾杯のしぐさをされ、何かを語りかけておられます・・

 やがてスープが・・ メインデッシュのお肉料理が、お魚料理が運ばれ・・ そして とうとうデザートとなりました・・ ウエイターが配膳するたびに、男性は自分の空き皿と共に、空席の料理も一緒に下げてもらっていました。  厨房に手のつけられていない料理がもどってくるので、料理長は首を傾げています・・ お気に召さなかったのかな? と、何度も味見をしてそのわけを探ろうと試みたものの理由がわからず、途方にくれたり・・ そのうち心の中では怒りさえ出てきました。 シェフにとって一所懸命に作った自分の料理が、全く手もつけられずに戻ってくるほど悲しい事はありません。

  この一部始終を見ていた新庄は、コーヒーサービスが終わったところで男性に声をかけました。 「お料理のお味の方はいかがでしたでしょうか? お気に召していただけましたでしょうか? ところでお連れ様はいかがなさいましたか・・?  失礼ですがよろしかったらお話いただけませんか・・」と。  このようなプライベートな事をお客様にお聞きするのは、初めてのことでしたが自然と言葉に出てしまいました。

 

  男性は支配人の言葉に恐縮しながらも、静かに語り始めました・・ 「実はこの花束は私の妻なのです。 私たちは今日、3回目の結婚記念日です。 昨年の今日は、ここで二人で楽しく過ごしました・・ 今日は天国にいる妻と来ました・・」 そこまで言うと男性の目から涙が頬をつたい、しばし声が出ず窓の外に目を向けておられましたが・・ やがて花束の妻に語りかけるように、再び話を続けられました。

 「半年前、妻は急性のガンで天国へ召されました・・ あっという間の出来事でした  なぜ神様は私から愛する妻をこんなにも早く召されたのか・・ 天を恨みました  今でもまだ信じられないほどです  どうか夢であって欲しい・・ 朝起きるといつもこの現実に打ちのめされてしまいます  でも、やがてこんな事をしていては天国から見ている妻に心配させるばかりだ・・ と思うようになりました  最近は妻がいつも心の中にいて私を励ましてくれるようで、少しづつですが立ち直ってきました  そして今日の3回目の結婚記念日には、どうしても二人で祝いたくて、去年と同じ席を予約したのです・・

  ここは去年、二人して幸せの嬉し涙を流したところなのです  二人が交際していた3年間は、よくこの箕面の森を歩きました  春は新緑の滝道から、花いっぱいの勝尾寺まで歩き、途中見た満開のエドヒガン桜はとても見事でしたし・・  夏は地獄谷の近くで「修行の古場」というんでしょうか? その上の滝道に丁度休憩場があるところ・・ あの谷川の水辺で裸足になって二人で将来の事をよく話しました  秋には紅葉ですが、人ごみを避けて教学の森や静かな落合谷などを歩きました 清水谷では渓流の水を飲んでいる鹿に始めて出会えて、二人とも感激でした  冬になると彼女は温かいスープをポットにいれて持ってきてくれました  それを静かな寒い森の中で二人で頂くんです・・ あったかい~! と 本当に幸せでした・・ そんなとき、あれはこもれびの森でしたか・・ 目の前の木の枝に二羽の小鳥がやってきて・・ なんと、くちばしをくっつけてキス? をしているんですよ・・ こっちの方が顔を赤らめたりして・・ そんな幸せをいつもこの森の中から与えてもらいました  彼女が森のお猿さんと握手しているような写真もあるんですよ・・」と。

  新庄は店の支配人という立場を離れ、そんなお二人の幸せだったお話を静かにうなずきながら伺いました。

 しばらくして男性は続けて・・ 「いま妻は天国でこう言っているはずです・・ ”今日は本当においしいお料理をご馳走様でした  とても美味しくてみんなきれいに残さず頂きましたよ  ダイエットどうしようかしら?” なんて言って、きっと笑っていますよ・・ よく言ってましたから・・ お店のシェフの方には本当に失礼をいたしましたが、妻は本当に美味しく頂きました・・ と言っていると思いますので、どうかお許しください  お陰さまで二人とも美味しいお料理を堪能し、楽しい一時を過ごす事ができました・・ 本当にありがとうございました・・」と。

  話を聞いていた新庄も、担当のウエイターも涙をいっぱいためて聞いていました。 素晴らしいご夫婦愛です。  後でその話を支配人から聞いたシェフは、厨房の端に行って大粒の涙を流していました。 天国の奥さまに、そんなに美味しかった~ と言っていただき・・ 光栄です・・と。

 静かで穏やかな夜です・・ 真っ暗な森のなかで、夜の海に浮かぶ船上レストランのように、その場所だけが煌々と光り輝いています・・ そして夜空を見上げると・・ そこには・・ ひときわ輝くきれいな星がひとつ・・ 一人の男性の上に瞬き、温かい光を放っていました。

 箕面の森が静かに深けていきます・・ 

(完)



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