みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

 トンネルを抜けると白い雪(7)

2020-12-28 | 第15話(トンネルを抜けると白い雪)

箕面の森の小さな物語

 <トンネルを抜けると白い雪>(7)

  祐樹は上の兄からのケイタイをとった。 大きな明るい声で兄が話し始めた・・

 「やあ~元気か? オレ来月から東京行きだよ  聞いてるかも知れんが前回の国政選挙で当選した霞さんだけどな、重大な公職選挙法違反で失職する事になってな・・ それで次点だった親父が繰り上げ当選になるんだよ  オレも次のこともあるんで親父の公設秘書として国会で仕事することにしたんだ・・」

 政治や選挙に余り関心のない祐樹は「そうか それはよかったな!」とだけうなずいた。

 「それに淳子も週刊誌で見てるかもしれんがな、日本で自分のファッションブランドを立ち上げることになって、春には銀座に店を開くと言うしな・・ そうそう お袋もな 有力な支援者が後押ししてくれて全国の教室も再開したしな・・ それにこの家も手放さなくてよくなりそうだし・・ やっと何とか先行きが少しづつ明るくなってきたな・・」

 「そりゃあ よかった! よかったよ・・ おめでとう~ だな ところでこの前 話したけどボクの大切な人を今度連れて行くからよろしく頼むよ」 「それは分かった大歓迎だよ! お前の命の恩人だからな! その日は家族みんな揃って楽しみに待ってるからな・・」

 祐樹は少し前実家に帰り、父母や兄姉らに今までのいろんないきさつを話しながら、美雪さんと結婚したい旨 しっかりと話していた。 そしてみんなから おめでとう! との快諾を得ていた。

  祐樹は安堵のため息をつきながら美雪の顔を見た。 「なにか良いことがあったみたいね・・」 「そうなんだよ 両親も兄姉も一気に仕事が決まりそうなんだ」 「本当に! それはすごいわね! この厳しい時代によかったわね  私の会社なんか業績悪化とかで社員のリストラが始まったわ  ストレスでうつ状態になる人なんかもいてね  だからせめて社員食堂に来てくれた時だけは美味しい食事をして貰いたいと思って心をこめて作っているのよ  そう言えば下のお兄さんは福島でボランテイアなさっていると言ってたわね・・ 本当にすごい事だわ・・ 私も短期間だったけど会社から派遣されて被災地に入ったけど、それはすごい大変なものだったわ  でも私被災者の皆さんに逆に力を頂いて励まされたわ・・」

  「下の兄はあのものすごい惨状の中で働いていて人の心の温かさを感じたり、仕事のやりがいを感じたりして、パラダイムの転換というか、大きなショックを受けて人生観が変わったみたいだよ  それでどうやらそこに住みつく覚悟のようだよ」 祐樹にとって兄が医師である前に、その地に人間としての生きがいを見つけたことに大きな意義があった。

 「そうだ! それからね うちの家族の揃う来月下旬に君をみんなに引き合わせたいんだ。」 「私、少し怖いわ! 大丈夫かしら・・」 「両親や兄姉など もうみんなには話してあるからね  大歓迎で待ってるからって今も兄が言ってたからね・・」  聖夜 二人だけのクリスマスイブが静かに幸せの中でふけていった。

 

  次の日、二人はあのお気に入りのイタリアンレストランで乾杯した。 直前に結婚の聞いたマスターは・・ 「あっ あのときの方と!」と大喜びし、急いで店を貸し切りにするとバンド仲間らを呼び、近くの花屋さんからきれいな花をいっぱい買い込んで店に飾り、みんなで大いに歌い食べて飲んでお祝いの宴をしてくれた。  祐樹も美雪もそんな友人らの温かいもてなしに心から感謝した。

  数日後、年末だけど祐樹は仕事納めが終わった美雪を山歩きに誘った。 祐樹はこの正月休みを利用して、二人で十勝の美雪さん宅を訪ね、お母さんに結婚の申し入れをし、改めてご挨拶をすることにしている。 その前にもう一度、あの二人が出会った運命の山道を訪れたかった。

 小雪がパラつく寒い中を、美雪はいつもの古い軽自動車で祐樹を迎えにやってきた。 あの日以来 祐樹は車を所有せず、いつも休日にはもっぱら美雪の車に乗せてもらっていた。 祐樹が助手席に乗ると・・ 「出発で~す! お客様どちらまで参りましょうか?」 なんておどけて笑っている。

 二人は一年ぶりにあの <Expo‘90 みのお記念の森> へ向かった。

 「結婚したら次はエコカーを買おうよ・・」 「嬉しいわ! 私この車ね 中古で買って10年目なの・・ 無理しないでね  安くて小さくて燃費のいい車がいいわね」 祐樹は一年前、イタリア製の高級スポーツカーを処分したが、美雪の望む車なら10数台買えそうだ・・ と思った。

 

 「まあ~ ここへ来るのは一年ぶりだわね・・ ものすごく遠い昔の事のように思えるわ・・」 二人は山靴に履き替え、リュックを担いで鉢伏山への山道に入った。 細い道はバリバリに凍っている。 冷たい風が音をたてて吹きすさぶ・・ 寒い! しばらくそんな道を登ると・・ 「あっ ここだったわね・・ 貴方が倒れていたところ・・」 

 祐樹はあらためて美雪に心からの感謝とお礼を伝えた。 そしてふっと北側を見ると・・ 「あれ!? そうかこの尾根から見えるんだ・・」 冬枯れの森で、枝葉を全部落とした樹木の間から視界が広がり眼下に箕面森町が一望できた。

  「そうだ! 美雪さん ボクはあそこの遠くに見える町に小さな小屋を持っているんです」 祐樹は自宅の庭の角に建てた作業小屋のことを笑いながら説明した。 「六畳ぐらいの小さな部屋だけど、君さえよければ二人の新居にしたいと思っているんだけど・・ ハハハハハ  「わ~ 素敵! 早く見たいわ! あそこにあるのね・・ わあ・・ 嬉しいわ! 私 貴方と二人ならどんな所でも幸せよ・・」  そう言うと二人は予定を変更して引き返し、再び車に乗った。

 祐樹は箕面森町の家へあれから何度か一人で行ってみた。 全てを処分するつもりでいたけれど、美雪と出会いひょっとして~ との思いがあり、車を処分した以外はそのままにしておいたのだ。 そして里中央駅から直通バスで25分程なので、庭に植える果樹の木や花、野菜の種などを持って行き少しづつ整えていた。 それはあのドイツからの帰りに十勝を訪れ、美雪の母親と三人で過ごした一週間の間に考えていた事だった。

  この箕面森町なら山々に囲まれた緑の中にあるし、十勝での生活環境が造れるかもしれない・・ 今まで一人で暮らしてきたお母さんもここなら一緒に生活できるかもしれないし・・ それに花壇や菜園を作り、お母さんの得意な料理にも生かしてもらえるし、何よりあの大切なミユキ犬がここなら存分に一緒に遊べる・・ このお正月に十勝へご挨拶に行ったときに二人に話してみよう・・

  「祐樹さんはなにをニコニコしているのかな・・?」 「いやいや 何でもありませんよ・・ 後二日で新しい年だね  新しい人生が始まると思うと嬉しくて幸せだな~ と思ってね」 「私もよ・・ 祐樹さんありがとう・・」

 少し涙ぐみながら美雪の運転する車はトコトコと<坊島>の入り口から箕面グリーンロード>に入った。 そして全長6.8kmのトンネルを8分程で走り抜けると下止々呂美>の出口に出た。

 「まあ~ 大阪でお正月前に珍しいわね・・ 見てみて真っ白よ! とってもきれいな雪だわ・・」

 祐樹は箕面の山々を装う美しい雪と、妻となる美雪の笑顔に魅入っていた。

(完)

 

 関連写真)

  ‘16-2月 撮る

鉢伏山の尾根道から見る 箕面森町(みのおしんまち)

            

         

          

 

           

         

 

箕面森町の風景

      

      

  

府道から高山への道

         

  

高山の村落から

           

          

 

高山から明ヶ田尾山への山道

         

          



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