みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

真夏の蜃気楼(2)(3)

2020-07-16 | 第20話(真夏の蜃気楼)

箕面の森の小さな物語 

<真夏の蜃気楼>(2)

  美智子は大柄の長男がもう着なくなった浴衣を出しておいた。 ジェフが日本の風呂を満喫しつつ、初めて着る浴衣にまごついたり、その短すぎる丈を気にしながらも、嬉しそうにしている姿に、つい笑ってしまった。

 料理人の娘だった美智子は、短い時間で何品もの料理を作り、次々とテーブルに並べた。 「わー 美味しそうですね。 ボクも何か手伝います・・」 夕食前に何かお飲みになりますか? よかったらその棚からなにかお酒を出して・・グラスもね」 美智子の夫はお酒が飲めないので、頂き物の高級洋酒やワインが沢山棚にあった。

「これはフランスワインの最高級酒ですよ・・ これでもいいですか?」「勿論よ」

 それから二人は美味しい食事にワインを傾けながら、瀧道での話の続きに花が咲いた。 美智子のこれまでの人生でこんなにワクワクと心踊り、夢中になって話せる人はジェフが初めてだった。 そしていつしか青春時代の恋人どうしのように時を忘れて語り合った。 まもなくハト時計が静かに0時の時を告げた。

 ジェフはふっと我に返り、見つめていた美智子から目を離すと、思い切るように・・ ごちそうさまでした・・ どうもありがとう おやすみなさい」 そう言うと心残りな気持ちを抑え、部屋へ引き上げていった。 美智子は急に取り残されたような、寂しい気持ちに襲われた。 それでも何とかギリギリのところで理性を保っていた。

  時計は深夜2時をまわった。 美智子は眠れなかった・・ この心の思いは何なの?  悶々とし、何度も寝返りをうちながら、ずっとジェフの事を考えていた。 やがて意を決したかのようにベットから起き上がると、心の赴くままに動いていた。

 入ってもよろしいですか?」 美智子はそっとジェフのいる離れの部屋の戸を開けた・・ ジェフはベットの上に座っていた。 「michikoさん  貴方をずっと待っていました・・」 美智子はそのまま倒れるように、ジェフの胸の中に飛び込んでいった。 

 

  次の日の昼過ぎ・・

 二人は森の中にある勝尾寺・二階堂の前にある大きなケヤキの木陰で、ベンチから遠望する奈良の山々を眺めつつ、手を取り合っていた。 肌に心地いい涼しい風が吹き抜けていく・・ そして共に過ごした昨夜の余韻に浸っていた。 美智子はジェフの肩に顔を乗せながら、まるで天国にいるかのような幸せ気分に酔いしれていた。

  今日は日本の寺院建築をジェフに見てもらおうと来たものの、その後 駅前から西江寺をたずねた時も、二人とも異次元の世界に入ったかのように見つめあい、つなぐ手のぬくもりに魅せられていた。

 「そうだわ 今晩のデイナーは美味しい神戸ビーフのステーキにしましょう・・」 二人で駅近の高級スーパーで買い物をした。 共に二人の世界に浸っていて周りが見渡せなかったが・・ 店の外に出ると、大勢の人であふれていた。

「あれ? 今日は何があるのかしら? そうだわ 今日は<箕面まつり>のパレードがある日だったわね」

  やがて10数台のハーレーダビットソンが爆音を響かせて先導し、次いで箕面市長はじめ偉い人々がつづくと、カラーガード隊、青少年吹奏楽団、ダンス、仮装、フロート・・とつづく・・ 何年か前までは一家で見に来ていたものだわ・・ 美智子はふっとそう思ったものの、すぐにジェフの手を握り、すぐに夢の世界に戻った。 横では地元箕面FM局タッキー816のリポーターが実況生中継している。

 

  ジェフはこんなにも美味しいデイナーステーキを食べるのは初めてで感激した。 灯したキャンドルを囲み、ワインを傾け、ブランデーを楽しんだ。美智子がバックグラウンドミュージックに選曲したCDはチャイコフスキーの弦楽セレナーデ~2・ヨハンシュトラウスが賞賛した ”ワルツにフランスの香水をかけたよう” と称される美しい円舞曲が優雅に流れる・・ 二人は自然と手を取り合い踊り始めた・・ が、いつしかチークダンスに代わっていった。

 曲が終わってもそのまま抱き合っていたけれど・・ やがてジェフが選曲した曲が流れはじめた・・ チャイコフスキーの<眠れぬ森の美女> 二人は再び手を取り合いながら、この曲の内容をかみ締めていた。 <魔女の呪いにより100年間 眠り続けた王女オーロラは、希望という名の王子デジーレの口づけによって眠りから覚め、やがて二人は結ばれる・・>というもの。 やがて王子は王女に熱い口づけを捧げた。

 語り、睦合いながら、やがて美智子は生まれて初めて感じる官能的な世界へと入っていった。

 oh・・・ que  c`est  merveillenx!  oh!!  jef,  mon  jef(ああ・・・ なんてすてきなの!   ああ わたしの jef)je  vous  aime,  jef(愛してるわ jef) je  t`aime   je  t`aime   beaucoup  michiko(michiko 愛してます  愛してます・・・) ah・・・ comme  je  suis  heurerse(ああ・・・ わたしは なんて 幸せなのかしら・・・) 

(3)へ続く

 

真夏の蜃気楼(3)

  うっすらと東の空が白みかけてきた・・ 「このままずっと二人でいたいわ・・ もう7月のパリー祭は終わったのかしら?  貴方と一緒に懐かしのパリに行きたい・・」 美智子はいつしか、自分の感情を抑えられない気持ちを抱いていた。 そしてジェフもまた、そんな美智子の気持ちを喜んで受け入れていた。  

 モーニングコーヒーを入れているとき、突然夫から mail が入った。「昼ごろ帰るから、駅まで迎え頼むで  ほなな」美智子は現実の世界に決別するかのように、再び心を固めた。 二人は早くもこれからの生活や、将来のプランを立て始め、その準備話しも始めていた。 「きっと上手くいきます michikoさん 愛しています」「私も愛しているわ  jef]

 美智子はこのまま家を出るつもりで、手早く小さなバックにパスポートやクレジットカード・現金など必要最小限の物をつめこんだ・・ 必要なものは後で買えばいいわ・・

  11時になり、二人は意を決したように家を後にした。 「一昨日の今頃・・ 私は一人で箕面の森の中のカフェでお茶を飲んでいたわ・・  それが今、愛する貴方とここにいるわ・・ とっても不思議な気分よ・・ でも本当に幸せで夢のようだわ・・」

  箕面駅に近づいた。夫はいつも石橋駅に着いたら電話があるはず・・ 二人はもうすぐ始まる別れの儀式と、新しい人生の始まりに緊張と共に心地いい興奮を覚えていた。

  やがて美智子のケイタイがなった・・ 「今、石橋や  あと10分で着くわ ほなな・・」夫のいつものぶっきらぼうな言い方ですぐ切れた。

 「いよいよだわ・・」「michikoさん しっかり話してくださいね  愛しています」 「私は大丈夫よ  別れを告げた後、箕面駅のホームで待っていますからね・・」 二人は短いキスを交わすと、ジェフは車から下り、荷物を降ろして銀行前の信号下に立った。 ここから駅前がよくみえる・・ そして、これから始まる人生の一大事に備えた。  美智子は少し先にある駅前ロータリーへ車を移した。 そして夫に告げる別れの文言を反復していた。

  賑やかだった<箕面まつり>がいつの間にか終わり、昨日のパレードの後片付けをしている人々を眺めていた。

  やがて電車が到着し、人の流れの中に3人の姿があった。 疲れた顔をし、3人ともだらしの無い格好でワンボックスカーの後ろに乗り込んできた。

 次男が開口一番・・ 「ああ疲れた! 腹減ったわ オカン! 暑いわ オレ昼飯 レーメンにしてや レーうどんでもええわ  それに焼きそばつけて・・」 「お前なんや その組み合わせ 炭水化物ばっかやないか  オレはいつものステークフリットと冷たいマメスープに冷奴やな・・」 「兄貴の組み合わせもムリがあるで・・ ハハハハ」 人一倍汗かきの夫は・・ 「やっぱ大阪は暑いな 死にそうやわ 早よ帰って冷たいシャワー浴びて、冷サイダーに枝豆、冷トマトに・・ そんで昼寝やな ワシは家が一番の天国やわ・・」

「オトン帽子飛ばされてな・・ ホンマ ドジやで・・ そやオトン 服破ったとちゃうの?」 「そやそや 忘れてたわ カーサン すまんが、これ縫うて、そんで洗うて、そんでアイロンかけといてんか 明日また着たいねん しかし ようさん蚊にかまれたな かゆうてたまらんわ あんまり 寝られへんかって眠とうてかなわんわ・・」 それぞれが好きな事を一気に言い終わると、靴下や下着を脱ぎ始めたところで美智子はキレた。 ビックリするような大声で・・

 「あなたたち! いい加減にしなさい! その匂い? こんな所で靴下脱がないで! お風呂入ってないの? 汚いでしょ もういい加減にしてよ それにアレコレいっぺんに食べるもの言わないでよね  食べたかったら自分で作りなさい 私、貴方達の家政婦じゃないのよ それに汚い言葉遣いはやめて!  オトン オトンって何よ お父さんをオットットみたいな言い方しないで!  それにオカン オカンって、私をヤカンみたいに呼ばないで!  何ですかその言葉遣いは・・ お父さんもいっしょになってなんですか!」

「それ面白いやん オットットやて ヤカンやて ハハハハ」

  3人が後ろでバカにしたように大笑いしだしたので、美智子は益々怒り心頭になり、一気に現実モードに戻り、次々と怒り言葉が口をついてでた。 「ハイハイ  オカアサマ ゴメンナサイ それより暑いわな オカンの頭も相当熱そうやけど、早よう 車だして~ な・・」 美智子は子供らに催促され、無意識のうちにアクセルを踏んだ。 車はロータリーを回り、銀行前の赤信号で停車した。

  ジェフは先ほどから、車内で美智子が激しく言っている様子を、食い入るように見つめていた。 しかし・・ なぜか車がそのまま動き出した・・?  やがて目の前の信号前に車が停まった。 美智子は我を忘れたかのように、現実の世界からジェフを見つめた。 その顔をみたジェフは全てを察知したかのように、悲しい顔をしてリュックを担ぎ歩き出した・・

  その時、美智子はフッと我に返り、歩き出したジェフの後姿をみて・・ 「待って・・・」そのまま車を置き、ジェフの元へ飛び出そうとドアの取っ手に手をかけた時だった。 後ろで寝ていた息子が・・ 「オカン  何が待ってやねん! 信号なんか待ってくれへんやん 青やで・・ 早よ行かな、後ろつかえてるで・・」

  再び現実の世界に引き戻された美智子は、無意識のうちにまたアクセルを踏んだ・・

  バックミラーから見ると・・ 下を向きながら、大きなリュックを担ぎ、重い足取りで箕面駅に向かうジェフの姿がみえた。 後ろの座席にはだらしない格好をした夫が、もうイビキをかき、口を開けたトドのような寝姿があった。

箕面の森から ケケケケケ・・・ケケケケ・・・ヒグラシの甲高い鳴き声が響いた。

 3日間の真夏の蜃気楼が静かに消えていった。

adieu jef  ne  vous  oublierai  jamais

 (fin)



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