箕面の森の小さな物語
<運命の出会い>(2)
「そんな格好で寒くないの? 風邪引かない? のど渇かない・・ あ! また、いらぬお節介してしまったね! ごめんね!」「大丈夫です・・ いつもこの格好ですから、それに4時間ぐらいなら水もお腹も我慢できますから・・ それにおばあちゃんが心配するから、そんなに山奥までは行かないし・・ でも今日は施設に一泊するので時間はあるんです」 ボクちゃんは3ケ月前より少し痩せたようだった・・ 二人は嬉しそうに仲良く並んで、水神社前から谷山尾根を登り、巡礼道へ向かった。
「そう言えば前に会ったとき、急におばあちゃんを迎えに行くような事いってたけど、大丈夫だったの?」 ボクちゃんは少し暗い顔になりうつむいてしまった・・ まり子はまたまた要らぬ事を聞いたかな? と思ったけれど、あれから づ~ と気になっていたことを聞いてみたかったのだ。「あの日は、おばあちゃんが施設から帰ってくる時間だったんです」そういいながら、少年はやがてゆっくりと話し始めた・・ それから約1時間、溜まりたまっていた心の内から、まるでその栓が抜けたように、一気に少年の思いが溢れ出した。
少年の祖母はだんだんと認知症状が進み、もう孫の顔も時々忘れるような状態とのこと・・ 家族は・・ 父親がいるようだが、幼稚園の時に一度だけ会っただけでそれ以来行方不明だが、噂では今はフイリピンで家庭を持っているかも? と、お祖母さんから聞いたことがあるとのこと・・ 母親は自分の出産の時に事故で亡くなったと聞いているようだった。 そして母親の実家であるこの箕面山麓の古い家で、祖母と二人で生活してきたとのことのようだ。
トイレに一人でいけないような祖母、自分の顔も忘れかけている祖母の介護も含め、13歳の中学一年生が一人で家を守り、学校から日々の生活まで必死で賄ってきている姿を、まり子は涙ながらに聞いていた。 それにある日のこと、祖母が入院した時に遠い親戚だという会った事もない人が家に訪ねてきて、一晩無理やりに泊まっていったとのこと・・ そして通帳はどこだ? 保険証はどこ? 印鑑は? 現金は? と、勝手に家中捜しものをしていたらしい・・ まり子は自分の中学生活を思い出して、なんとボクちゃんの生活が過酷で悲惨な思いをしているのかと、また新たな涙が頬を伝った。
話しの合間に、まり子も自分の身の上話をしたが、余りにも少年との格差を感じ、話しながらも改めて少年の身の上に愕然とするのだった。 しかし まり子が自分の心に素直に、こんなにも正直に包み隠さずに、自分の身のうえ話しを他人にしたのは初めての事だった・・ あの森の自然の中でつつまれる安心感、穏やかさと同じような不思議な感覚、しかも13歳の少年を相手にして・・ なぜ?
巡礼道を登りきると七丁石の分岐点にでた・・ 「そうだわ ボクちゃん! 少し早いけどお昼にしない? 卵焼きあるのよ!」「え! 本当ですか? ボクあれから家で何回も作ってみたけど、オバさんのあの美味しかった卵焼きは絶対できませんでした」 まり子は嬉しくなってしまったけれど、ずっと話を聞いてきたので、逆に不憫に思えて悲しくなってしまった。
七丁石の横に丸太を二本並べたベンチがあったので、二人はそこに座った・・ 尾根道とはいえ周りを森に囲まれていて少し寒い所だが、二人とも心はとても温かかった。 まり子はこの3ヶ月間、いつボクちゃんに会ってもいいように、いつも少し大目の特別弁当を作っていた。 しかし今日までその期待は外れ、いつも山から帰ると余ったおかずが夕食代わりになっていた。 でも今日は違う! 温かな紅茶を蓋カップにそそぐとお弁当を広げた・・
「オバさん! 美味しそう! これみんな食べていいんですか? 嬉しいな・・ 頂きます!」 その笑顔を見ているだけで、まり子はもう胸もお腹もいっぱいになってしまった。 「そうだ ボクちゃん! オバさんはやめてくれる! オバさんの名前言ってなかったわね・・ 私、まり子・・ マコちゃんでいいわよ・・ よろしくね!」「ボクも、ボクちゃんは少し恥かしいです たかおです 祖母はタカちゃんと呼んでますが・・」「じゃあ決まりね! マコちゃんとタカちゃんね・・・ハハハハ!」
50歳も違う二人の、何とも不思議な取り合わせ? それからも二人の話は尽きず、とうとう山を歩きながら夕暮れになってしまった・・ 離れるのが辛いぐらいだったが、今日は夜に学校の先生の家庭訪問があるらしい・・ いろいろ心配されている人もいるようで少し安心はしたけれど・・ 「マコの携帯を教えておいてあげるね・・ 何かあったら電話していいのよ! それに住所はこれよ・・ あの山裾にあるマンションよ 近いでしょう!」 まり子はめったに人には教えない個人情報を、あっさりとタカちゃんには教えながら、それが当たり前のようにしている自分が不思議だった。 そしてそれが辛い日々の始まりになるとは思いもよらなかった・・・
あの日からもう一ヶ月が経ったのに何の連絡もない・・ まり子はいつかいつかと思って、寝る時さえ携帯を枕もとに置いていた。 そして更にもう一ヶ月が過ぎていった・・ 何かあったに違いない・・? タカちゃんの家の事は大まかに聞いたので,山への行き帰りに何度もそれらしきところを探しみたけれど分からなかった・・ 住所を聞いとけばよかったわ・・ あの子は携帯を持っていなかったし・・ でも、あの時は未成年に住所や電話などを聞くのはまずいと思ったので、自分の携帯と住所を教えておいたのだけど・・ あれだけ再会できて喜んで、なんでも聞いたつもりで、もうタカちゃんの事は分かったつもりでいたけれど、全く分かっていなかったのだ・・ 話を聞かなければよかった・・
あの時・・ 「どうして山が好きなの?」って聞いたら・・ 「ボク 辛い時や悲しいとき・・・涙がいっぱい出てくると小学校の時から家の裏の山の中に入って行って、一人で大泣きしてたんだ・・ 家で泣くとおばあちゃんが心配するから・・ すると森の木や枝や風や小鳥や草花達が何か応えてくれるように話し掛けてきてくれるんだ・・ そしたら心が落ち着いて枯れ葉の上なんかですぐに眠ってしまうんだ・・ 目がさめると、もうみんな吹っ飛んじゃって気持ちがいいんだよ」「そうだったの・・」
まり子はタカちゃんの顔を食い入るように見ながら・・ 「将来の夢はあるの・・?」 「ボク、山が好きなので山小屋建てて、山岳ガイドになったりして? ハハハ・・でもね、それじゃお金儲からないから・・ きっと! だからボク料理も好きだから調理師もいいかな? なんて思っているんだけど・・ そしてね! やさしい奥さんもらって、子供をたくさん作って、楽しい家を作るのが夢なんだ・・」
13歳にして人生の辛酸をなめ尽くしたのに・・ なんて温かい事を言う子なんだろう・・ まり子はそのいじらしさに本当に抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいだった・・ 「オバサンが・・ (そう言いかけて) しまった! マコが料理を教えてあげようか・・?」 「本当ですか! うれしいな・・ オバさん・・ あ! マコちゃん・・ 言いにくいな・・ マコさんでいいですか?」 「いいわよ・・」「じゃ! マコさんの料理最高だからボク教えて欲しいな・・ きっと上手になるよ・・ いつから?」「いつでもいいわよ・・」 そんなやり取りから自分の携帯と住所を教えて、学校の帰りにでも立ち寄ってくれたらと思っていたのだった。
そしてそれ以来、いつ訪ねてきてもいいように道具もそろえ、部屋もきれいにして今日か 明日か と待っていたのに・・ もう二か月・・ どうしてあの子の事がこんなにも気にかかり、今の自分の生活の最大の関心ごとになってしまったのだろうか・・ まり子は気持ちを切り替えようと、いろんな事をやってみたけれどダメだった。 いつも最後には思いだしてしまう・・ どうしているのかな? タカちゃん!
そんな悶々としたある夜の事・・ 携帯が鳴った・・ 見ると「非通知表示」・・ また迷惑電話? でも何だか胸騒ぎがして携帯をとってみた・・ 「もしもし・・」「あっ オバさん・・ ボクです」 「タカちゃんなの?」「はい! オバさん・・ いやマコさん・・ ボク今から遠い親戚の家に住む事になって・・ 今から出発なんです・・ いろいろありがとうございました・・ ボクね・・ 本当は料理を教えて も ら ・ ・ ・」 その時、10円玉がきれたのか? ピーという公衆電話の切れる音がした・・ 「タカちゃん待って、タカちゃん待ってよ・・ そんなの嫌よ・・ 待って・・」 まり子はピーとなったままの携帯を握りしめたまま泣き崩れてしまった・・ 自分がどうする事もできない現実・・
(3)へ続く