箕面の森の小さな物語
<箕面の森のおもろい宴>(4)
川端 康成の話のふりに 夏目漱石 が少し酔い顔で応じた。 「箕面動物園? ああ ありましたな・・ 私の記憶にあるのは・・ 明治44年の8月12日でしたか 大阪の朝日新聞の友人を訪ねたら箕面の紅葉の名所へ行こうと誘われてここへ来ましたよ 真夏で紅葉には早かったけど、渓流に鳥が鳴き、山があって山の行き当たりにこの大瀧があって大変好い所でした 友人はボクを休ませるために箕面の森の中にある社有の倶楽部朝日閣に案内してくれて、そこで風呂に入り牛睡しました 暑い日だったけど箕面の森は涼しくて気持ちよかったですよ 私の小説<彼岸過迄>に少し書きましたがな・・」
司会が引き継ぐ・・ 「朝日閣 ちゅうたらそこの 坂田三吉はん あんた7段やったな将棋 名手新手合でそこの8段 関根金次郎はんと箕面のここで勝負しはったな 「そうやな 大正2年の7月16日やったわ しやけど今日の酒は美味いでんな・・」と言いながら酔いつぶれてしまった。
先程まで前の舞台でいろんな芸をして楽しませていた旅芸人たちがみんなの宴の中に入ってきて一緒に酒盛りが始まり、宴は益々賑やかになってきた。 あちこちで大阪弁が飛び交っている・・ 「アホ言いなはんな けったいやな おちょくらんといて~や さっぱりワーやな そうでっか おまへんのや もうやめときまっさ 何言うてはりまんの ウチらよういわんわ そんなんちょろいわ そないしとくれやす そうでんな・・」
司会者が少し一休みして座ったところ・・ 「それはそうと そこにいるのは 鴨長明はんやないでっか? あんさんが58歳の時に書きはった <方丈記> 800年前の本やのに今でも人気ありまっせ・・ そや! 箕面川ダム湖畔にあんたの歌碑 ありまっけど知ってまっか?」
<みのおやま 雲影つくる峰の庵は松のひびきも手枕のもと> 鴨長明
あれは鎌倉時代末の<夫木集>にありますね 他にも・・・
<なかれてと思うこころの深きにぞなにかみのおの滝となるへき>後九条
<わすれては雨かとぞ思う滝の音にみのおの山の名をやからまし>津守国助
「昔から箕面の山はそう詠まれてたんやな へえ おおきに! 今宵はいろんな人が集まってくれて面白話しも聞けてよろしでんな ワテもちょっとお腹すいたんで休憩して、ちょっと美味しそうなおでんでももろてきまっさ・・」
「みなさん! ここに箕面名物の もみじのてんぷら がぎょうさんありまっせ どんどん食べとくなはれやちょっと 中井市長はん そこの座布団ちょっと取っとくなはれや・・ ところで昔の市長はんやけど 箕面っていつできたん?」 「え~と 箕面村から箕面町になったんが昭和23年元旦からで、箕面市になったんは昭和31年の12月1日からですな あの頃、<箕面>言うたら人の数よりサルの方が多いんちゃうか? なんてよう外の人に冷やかされましたわ・・ それが今 箕面の人口は13万人超えてまんねんな・・」
蝶々さんが一休みで座った前に旅装束の人がいた・・ 「あれ? あんさんひょっとして 伊能忠敬はんやおまへんか? あんさんも箕面へ来た事ありまんのか?」 たけしは屋根の上でまた膝をたたき、何も聞いていない仲間サルにまた話し始めた。 「あの方は楽隠居などせんとな 55歳から17年間も日本中歩き回って最初の日本地図を完成させはった人やで・・」
「私が箕面に立ち寄ったのは第7次測量の時ですね 文化6年、今から200年以上前のことですが、8月27日に江戸を発って九州へ向かう時でした 各地を測量しながら 11月4日に大津に着き、翌日は京都で、7日には茨木宿川原の郡山宿、そして 11月8日の夜明けから箕面に入り、西国街道を測量し芝村、萱野村を測量して歩きました その時にこの大瀧にも立ち寄ったのです 見事な滝の流れで身も心も癒されました その日は箕面・瀬川宿に泊まり、翌日 伊丹の昆陽宿まで測り山陽道へと南下しました・・」
「あの最初の日本地図の測量に箕面も入れてもろて おおきに」 「それはそうと今宵は外人はんもようさんおりまっけど、あの人 どっかで見た事ありまんな・・? そうや ワテの好きやったアメリカのケネデイ大統領の弟はんのロバート・ケネデイ司法長官はんやおまへんか? グット イブニング・・ あんさん いつ箕面へ?」 「蝶々さんビューテイフル!です」 「アホ いいなはんな 口うまいでんな ハハハハ」 「私は昭和37年の7月9日でした このマンスフィールド駐日大使らと今の箕面市立西小学校にあった企業学校を視察に来ましたよ」
そんな会話を楽しんでいる時だった。 すこし毛色の変わった人々がみんなの目の前を通り過ぎた。 「ああちょっと そこの縄文はんに弥生はんら・・ あんたらももっとこっちへきなはれや・・・ 何? 恥ずかしい・・ なに言うてまんねん あんたら紀元前から箕面にいはりまんのんやろ 古いでんな 大先輩や 大昔の箕面なんぞ聞かせてえや・・ ええっと 皆さん! 今宵は縄文はんや弥生はんらがぎょうさん来てくれてはりまっさかいな 大いに大昔の箕面の話しなん 聞いとくなはれや・・
屋根の上にいた たけしは、突然の縄文人や弥生人にビックリしながら、だれも聞いてない仲間サルに懲りずにまた話している。 「確かに箕面には縄文時代の土器、石器も白島村あたりから出土してるし、如意谷村には銅鐸が出土し、3世紀の古墳群が新稲村にもあって3万年前の大昔から、この箕面には人が住んでいた物的証拠が多くあるらしいぞ・・ しかし、なんで3万年前の人から、昨日の人まで一緒にここにおるんやろ 分からんな?」
たけしはしばらく首を傾げていたが やがて・・ 「そうや ワシ ちょっと蝶々さんに話し聞いてくるわ・・」 たけしは自分がサルであることをつい忘れて屋根を下り、宴の中に入っていった。 あふれんばかりの人並みをかき分け、やっと司会者の前に出た。
「あの~ ちょっとすんまへんが・・ この宴に何で大昔の人から今の人まで一緒におるんでっか? 教えてもらおうと思うて・・」 「ちょっと ちょっと あんた! どっから紛れこんだんや? ここは人間だけなんやで・・ あきまへんがな! なんや あんた人間かいな? そんなサルの格好してからに・・ そやけどあんた まだ生きてはるんとちゃうの? ここはあの世の天の国の住人専用なんやで・・ そうや あんたもよかったら今から手続きしたるさかいに入らんか?」 「え~ そんな! いやいや結構です も少し息してたいから・・ さいなら~ すんまへんでしたな・・」 「けったいなやっちゃな!」
たけしが慌てて逃げるようにしてキビを返した時だった・・
ド--ン! ゴロゴロゴロ ピッカ! ドカ--ン
頭上で激しい大音響が響きわたった。
たけしは慌てて飛び起きた・・ ここはどこや? 山? ひょっとして・・ あの世の天の国か?
たけしは長い長い昼寝からやっと目を覚ましたもののキョロ キョロと周りを見渡していた・・
夢? 夢やったんかいな?
もう夕暮れが近づいていた。
遠くで再びカミナリが鳴り響き稲光が光った。 もうすぐ夕立がきそう・・ それにしてもよう寝てたな~ たけしはリュックを背負い、少しふらつきながら六箇山頂から腰をあげた。 まだ夢の世界と現実の世界の狭間でもうろうとしていた。 その時だった・・
少し先の山道を数匹のサルの群れが横切り、たけしを見つめながら何か口を動かした・・ 「たけし! きのうはおもろかったな また来年も行こな・・ 「そやな! え ええ~! まさか そんな・?」
たけしの頭の中はまだ半分 <箕面の森のおもろい宴> が続いていた。
(完)