みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

地獄谷からメリークリスマス(2)

2019-12-06 | 第25話(地獄谷からメリークリスマス)

箕面の森の小さな物語

<地獄谷からメリークリスマス!>(2)

 恵人は箕面の森の地獄谷で体いっぱいの朝陽を浴びると、何か天啓を受けたかのように心から湧き出る活力を感じた。 「この何日間 何も食べていないのにどうしてこんなに元気なんだろうか・・?」 心静かに目を閉じ祈った。 「私はいつ天に召されても構いません 主の御許に近づかん・・」 祈り終えると、目の前の谷間に何か光るものが目に入った。 「何だろう? 空き缶のキャップかな?」

  恵人が乾いたノドを潤そうと チョロチョロと流れる小さな谷川に下りると朽ちた木の横に何かが光っていた。  枯葉を払いのけて手にとってみると、それは古い財布のようだ。 光っていたのはその留め金具だった。 「誰かが落としたものに違いない・・ それにしても相当痛んでいるけどいつのものだろうか・・?」 恵人がそっとその泥まみれの財布を開いてみると、中には水に濡れた沢山のお金やカード、紙切れなどがいっぱい入っていた。

 恵人は一瞬 思った。 「これは神様からの思し召しかもしれない・・ このお金があれば食べられるし、安宿を探して風呂にも入れるし何よりこの痛い足を診てもらえるかもしれないし・・」  しかし恵人は、そんな自分の卑しい心を省みすぐに神様にお詫びした。 「これを落とした人はきっと困っているに違いない」

  恵人は財布を閉じると、そのままポケットに入れ、急いで地獄谷を下った。 と言っても痛い足を引きづるように一歩一歩と歩みを進めた。  やっと瀧道へでると、瀧安寺 昆虫館前から 一の橋を経て、やっとの思いで箕面駅前交番に着いたのはもうお昼になっていた。

  交番には若い警察官が一人いた。 恵人が戸を開けて入っていくと・・ 「何ですか?」とぶっきらぼうに言う。 この汚いホームレスの格好では何を言われても仕方が無い・・ 「実は山の中で財布を拾ったものですからお届けにきました」  若い警官はいぶかしげに恵人がポケットから取り出す汚いものに目をやった。 そして中を開きながら・・ 「拾った? アンタが? 何も中味取ってないやろな。 取ってきたんやないやろな!」  若い警官は乱暴な口のきき方をしながら、その財布の中味を机の上に次々とだしていた。 そして・・ 「ちょっと立て! ポケットの中みせてくれ 何か財布の中味抜いてないやろな 他に何か隠してないやろな・・」 そう言いながら汚れた服を丹念に調べだした。 恵人はそんな若い警官の為すがままに素直に応じていた。

 そこへ年配の警官が外から帰ってきた。 「一体 何してんや?」 「ハイ 実はこいつが・・・」 と一連の経緯を話した後、「何かここから抜き取ってないかと思うて調べてるとこですわ」と。 すると年配の警官は若い警官を制して恵人をイスに座らせると向き合った。 「どうも失礼しました それはわざわざ届けて頂いてありがとうございました・・」と丁寧に応対すると、書類を取り出し・・ 「申し訳ありませんが、ここに拾得された場所や日時、その状況など分かる範囲で結構ですから記入していただけますか」 と話しかけた。

  恵人は久しぶりに書く慣れない文字に30分ほどかかってやっとその書類を書いた。  その間 二人の警官は財布の中味を一つ一つ取り出し、点検してリスト化し、別の書類に書き込んでいた。 <1万円札 10枚、各種クレジットカードや会員証、免許証に名刺、宝くじ2枚に小さな黒い袋・・> などと。 「身元はすぐに分かりそうだな・・」 書類を書き終えた若い警官は恵人に向かい・・ 「書類の下に住所、電話なんか書いといてや・・」と相変わらずぶっきらぼうに言う。

 恵人は自分はホームレスで住んでるところもなく勿論電話も無く、家族もいないし連絡先も無い旨を告げると、年配の警官が代わり・・ 「どこか 後ででも連絡の取れるようなところはありませんか・・」 と丁寧に聞いた。  恵人は唯一 子供の頃から知っているあの箕面の教会名牧師の名前書いておいた。

  恵人は手続きが終わると・・ 「誠に申し訳ありませんが、水をいっぱい頂けませんでしょうか」と頼んだ。 喉がカラカラだった。 年配の警官は若い警官に指示して水を持ってこさせると、自身は「ちょっとここで待っていて下さい・・」と言うと外へ出て行った。

  やがて年配の警官は駅前のコンビニでパンや缶コーヒーなど食べ物、とか飲み物を袋いっぱいに買ってきたようで、それを恵人に渡しながら・・ 「今日はわざわざ届けて頂いてありがとうございました。 これは私個人からの気持ちですから受け取って下さい・・」 そんな温かい言葉に、恵人の目から思わず涙がこぼれ落ちた。  恵人はその親切な言葉に心からお礼を言うと、有難く頂戴して交番を後にした。

  近くの芦原公園の池の前で、恵人はあの年配警官から頂いたパンや巻き寿司など、久しぶりに味わう美味しい食事を満喫した。 そして神様からの御恵みに感謝した。 その夜は公園のトイレで一夜を過ごしたが、寒くて眠れなかった。 それでもトイレの水で久しぶりに頭と体を洗った。

 

  再び朝がやってきた・・ 昨日の頂いた残りで朝食をすましたが・・ あれだけ死に場所を探して箕面の山に登ったのに、今はその気持ちも薄らいできた。 「さて今日は一日どうしてすごそうかな・・?」

 見れば公園に隣接して図書館がある。 入り口には「箕面市立中央図書館」とあった。  恵人はそれまでも大阪の公立図書館などでいろんな本を読むことがあった。  それは暑さ寒さをしのぐ為に、冷暖房の効いた公共施設などで一日を過ごす術でもあり、本が読める一石二鳥の過ごし方だった。  10時のオープンと共に図書館の中に入った。 「暖かい・・ ありがたい・・」  しかし 汚れたホームレスの格好なので、周りの人々に迷惑をかけないように・・ それに追い出されないように・・ と、息を潜めるようにして隅で本を読んでいた。

 昼を過ぎた頃だった・・ 「あら! ひょっとして恵人さんじゃないの?」 一瞬耳を疑った。  自分の名前を知っている人などいないはずなのに・・? 「あっ! 安藤のおばさん・・?」  それは子供の頃からよく親切にしてくれた教会員の人で、自分にあのハーモニカをプレゼントしてくれた人だった。

 「まあ どうしてたの? おお神様! もう何年も教会で見かけなかったから、心配してたのよ・・ 今日は私の家に来なさいよ その格好ではお風呂も長く入っていないようだし、それに亡夫の衣服も沢山あるからよかったら差し上げられるし・・ ね いいでしょ!」 

 恵人は10年ぶりに聞く、安藤のオバさんの親切な言葉に、感謝で感謝で顔を涙でクシャクシャにしてうなずいた。 「それにどうしたのその足は? ひどいんじゃないの?」 恵人が事情を話すと、安藤さんは近くの知り合いの医院へ連れていきすぐに診て貰った。  ひどい傷だが、幸い応急の手当てと薬も出してもらい、通院で治すようにしてもらった。 恵人はもうそれだけで天国にいるかのように、幸せと感謝の涙を流し続けた。

 安藤さんはもう80過ぎだがお元気だった。 本を読むのが好きで、図書館には老人用に文字の大きな本があるので、時々 家の近くのここへ借りに来るのだった。 それにしても奇跡に近い、偶然の再開だった。

 安藤さんは亡き夫の散髪をいつもしていたからと、古い箱の中からバリカンを取り出し、風呂上りの恵人を座らせて一気に長い髪をバッサリと切り、気持ちのよい髪形に整えてくれた。  更に昔 夫が着ていたという衣類を次々とだしてきてはアレコレと選び、恵人に着せてくれた。 そして・・ 「明後日の教会の日曜礼拝に一緒に行きましょうね  それまではここに居てくださいね」 恵人は溢れる涙でうなずいた。

  夕食に美味しい安藤さんの手作りカレーをご馳走になり、何年ぶりかで畳の上で、しかも布団の上で寝ることができた。 「神様 本当にありがとうございます・・ 暖かい・・」  安藤さんはその夜、何度も何度も夜中に起きては祈り、同じ事を考えていた。 そして翌朝、朝食の祈りの後で、自分が決心した事を恵人に伝えた。

 「恵人さん 私は貴方を幼い頃からとてもよく知っています  正直で誠実な人であること  神様を信じている事もね・・ だから私の話をよく聞いてくださいね・・ ご覧の通り、私は今ここに一人で住んでいます  部屋もいっぱい空いています  よかったらこの一室を貴方が使って下さい  貴方の居場所にしてほしいの・・ 私も一人居なので心強くなりますから・・ きっと神様のご計画のような気がしてますの・・」

  恵人にとってこれ以上のサプライズはなかった。 「まさか 本当ですか・・ 本当に・・ ありがとうございます・・」 もう涙と嗚咽で言葉にならなかった。  二人は天を仰ぎ、この神様からの思し召しに心からの感謝の祈りを捧げた。

  日曜日、恵人は安藤さんに連れられ、20数年ぶりに懐かしい箕面の教会礼拝に参列した。  演壇の上から恵人の姿を見つけた牧師は・・ 「おお 神様!」と、心の中で絶句した。  それは今朝、箕面警察から電話があり、恵人を探している事とその理由など一切を聞いていたからだった。  牧師はこの時、恵人に神様からの使命が与えられた事を強く感じた。

(3)へつづく



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