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Tシャツとサンダルの候

林檎の記憶


少し長くなる。

長くはなるが、何の中身も無いと、予め断っておく。



随分と昔に遡る。

話の前後は忘れたが、家内に私の高校時代の話をしていた。


「柔道部の夏の合宿が終わった後は、部員全員でキャンプが定番じゃった。」

「ふーん。私も高2の夏、キャンプばしたよ。伐株山のキャンプ場で。」


それは、クラスの仲良し同士、男女10人程度のキャンプだったと言う。

にもかかわらず、何故か担任の教師まで参加する事になった。

そして、その教師の趣味が山登り。


「暗いうちから起きて、懐中電灯を手に、山に登る事になった。」(家内)


その山と言うのが、万年山だと言うのだ。




長い間、ずっと腑に落ちなかった。

そもそも、伐株山と万年山は、8kmも離れた独立峰なのだ。

担任の教師は何故、伐株山中腹にあるキャンプ場から、真っ暗な中、わざわざ遠い万年山を目指したのか。

引率するのは、山登りが初めての高校生ばかり。

しかも半分は女子なのだ。

リスクでしかない。

普通に考えたら、登るべきは伐株山だろう。

なのにヤツときたら、頑として万年山説を取り下げようとはしないのだ。



先日の万年山登山の際も、昔登ったと言う自説を繰り返した。

ところが、

山頂の風景に身を置いた家内。

自分の記憶とは、甚だしく違っていたようで、




「ここ・・・違う。」

「・・・てめえ。」


事ここに至ってようやく、自分の記憶に疑問を持ったようだ。


「万年山じゃないなら、どこに登ったんだ。」

「うーーーん。」


頭を抱える家内。

埒が明かない。

万年山からの帰りの車中、ヤツに、44年前の山で何があったのかを聞いてみた。

もしかしたら、特定できる何かが引き出せるかもしれない。


「えーっとね・・・」


1 キャンプ場から頂上まで、2時間程度かかった事。

2 万年山と書かれた標識を見た事

3 頂上には石碑があった事。

4 同じく頂上には木があった事。

5 頂上でリンゴを食べた事。更に付け加えるなら、リンゴを剝いてくれたのが男子で、殊の外上手だったらしい。


1の登山時間の件は、最後に考察する。

2の万年山と書かれた標識の件だ。

これが、ヤツが万年山に登ったと主張する最大の根拠なのだ。

だがしかしである。

同じプレート内に『伐株山・万年山方面』と並べて書かれている標識を、途中でいくつも見た。

標識に万年山と書かれていた印象を、ヤツが持っていたとしても、

伐株山と同時掲載されていた可能性が高く、登った山がそうであるとは限らないのだ。

3の石碑は重要だ。これさえ見つかれば、決定的な決め手になるだろう。

ここまでは良い。

問題は4からだ。

4の『頂上に木があった』の情報が、何の役に立つと言うのだ。

この辺の山で、頂上に木が無い山を教えて欲しいくらいだ。

5に至っては、最早、情報ですらない。

ただの思い出である。

リンゴを食べた事の、どこに山を特定できる要素があるのか、私には皆目わからぬ。


ここで、1の登山時間を改めて考えてみる。

ハッキリ言えば、これだけで事足りている。

キャンプ場から2時間で登れる山など、はなから伐株山しかないではないか。


「そうだったかー。」

「伐株山は車で山頂まで登れるぞ。行ってみるか。」

「行く!」




到着。






山頂は向こうらしい。




恐らく2~3分だろう。

サンダルで十分だ。



「おい、見ろ。石碑があったぞ。」

「あ、ここ、ここ!!あの石碑。」


遠い夏の日、ヤツの青春はあそこにあった。


「そんで、あそこでリンゴを男子が剝いてくれて、これが妙に上手で・・・」


リンゴの話はいい!


まあ、木もあるしな。

ここで確定でいいやろ。


更に先へ進む。



「これは?」

「覚えて無ーい。」



この先が頂上のようだが、




山頂標識すら無いようだ。

ここが一番高そうだし、ここが頂上って事にしとこう。


「で、ここは?」

「覚えて無ーい。」



園地の方に戻ってみた。




こちらは広い芝地になっている。




伐株山はパラグライダーのメッカとしても有名である。



ヒャー、ここから飛び立つのかよ。


「ここは覚えとるやろもん。」

「全然、覚えて無ーい。」


どうやら、ヤツの脳裏に残された夏の日の思い出は、リンゴの記憶しかないようだ。





んじゃ、リンゴでも買って帰るとするか。

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