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今、考えさせられる!?~『生きて帰ってきた男』

2020-04-09 | 2022夏まで ~本~
『生きて帰ってきた男ーある日本兵の戦争と戦後ー』(岩波書店)は
社会学者・小熊英二氏が、実父・健児氏に聞き書きをし
その生涯をたどった新書です。


父・小熊健二(1925ー)氏は、20才で徴兵、満州に送られ、
戦後はシベリアに抑留されます。

帰国後は肺結核のため、療養所生活を余儀なくされ・・・
ようやく人生が好転したのは、30代を過ぎてからでした。
厚生年金を受け取る頃、会社経営から引退。

そんなとき、朝鮮系中国人である元日本兵がシベリア抑留の
戦後補償を国に求める訴訟を起こします。
健児氏は、この共同原告になりました。

本が執筆された2015年5月時点では、90才にして、お元気でした。


この本については、いろいろなご意見がありましょうが・・・
わたしは、「『記録されなかった多数派』の生活史」として、
おもしろく読みました。

息子・英二氏は「個人史を書き残そうとする人間は、
学歴や文章力などに恵まれた階層であるか、
本人に強烈な思い入れがあるタイプが多い」(381頁)と書きます。

なるほど。

そう言われれば、一部の「階層」からの見方や、
主観的になりがちな「個人史」を
今まで、読んできたのかもしれない、と思い当たりました。


大多数の人々は、そういうものを残さない・・・
だから、時代の声として伝わらない。

たとえば、「当時の庶民は年金制度も健康保険もなかったから、
病気や老後に備えて倹約していた」(12頁)ということ。

以前から、「平均寿命が短かったとは言え、かつて老後の暮らしは、
都市部において、どうとらえらえていたのか?」と疑問でした。
そんな素朴な疑問に、この言葉は答えてくれたのです。

また、「下着は四~五に日に一度くらい」で替える、
「風呂も四~五日に一度銭湯へ通う」(10頁)という記述も驚きでした。

以前、向田邦子さんのエッセイで、風呂は一日おきだったと読みましたが、
あの方は、ここで言う「月給取り(中産層)」の娘さんですもんね。
まさに、「学歴や文章力に恵まれた階層」の書いた子ども時代・・・!



圧巻は、やはりシベリア抑留、戦後の混乱期、
そして共同原告となった訴訟のことでしょう。

「父が個人的に体験した揺らぎと、それを規定していた東アジアの歴史」を
描こうとし、「一人の人間という細部から、そうした全体をかいまみようと試みた
(387頁)と、英二氏は書いています。

そういう意味で、広がりのある、示唆に富む一冊でした。


小熊健児・英二氏の見解に対しては、政治的な問題にも関わるので
意見を申し述べることは、ここでは、控えさせていただきますが・・・

ただ、ひとつだけ。
健児氏は、裁判の口頭弁論の20分間で、言いたいことを言ったそうです。

「むだな戦争に駆り出されて、むだな労役に尽かされて、たくさんの仲間が死んだ。
父も、おじいさんもおばあさんも、戦争で老後のための財産が全部なくなり、
さんざん苦労させられた。

あんなことを裁判官にむかって言っても、むだかもしれないけれど、
とにかく言いたいことを言ってやった」と・・・

ここは、政治的立場はどうあれ、
私どもが肝に銘じなければいけないところでしょう。



実を言うと、半月ほど前、新型コロナウイルスの不安が募る中、
フィクションを読む気になれず、この本を読み始めました。
(今思えば、あの頃は、まだ気持ちの余裕があったのですが・・・)

健児氏ら兵士は、自分たちがシベリアへ連れて行かれる列車の中で、
おかしいと思いつつも、帰国できると信じ
不安を打ち消していたと・・・

「人間は、悪いことは信じたくない。いつでも希望的観測を持ってしまう」(85頁)
健二氏は言います。


新型コロナウイルスの感染拡大が続く中・・・

わたしたちは「希望的観測」のまっただ中にいるのではないか・・・
庶民レベルはまだしも、政治は大局に立ち俯瞰しつつ、動いてほしいものです。
決して「希望的観測」に基づいていてはならないでしょう。

「緊急事態宣言発令・2日目」・・・
皆様も、我が家も、どうか、今日の日を無事に過ごせますように。
「人との接触8割減」を心がけてまいりましょう。

◆書影は版元ドットコムよりお借りしました。
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お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
勝手ながら、ただいま、コメントをご遠慮しております。

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