内閣府は7月29日の経済財政諮問会議で、財政健全化の指標となる国と地方の「基礎的財政収支」(プライマリーバランス)について、2025年度に8000億円程度の黒字に転換するとの試算を示しました。
「基礎的財政収支(=PB)」とは、(一口に言ってしまえば)政策に充てる経費を税収などでどれだけ賄えるかを示す指標のこと。政府は、国と地方あわせて来年度における黒字化を目標としてきましたが、これが実現すれば、小泉政権で01年に政府目標として掲げて以来、実に四半世紀ぶりの黒字復帰となる見込みです。
経済財政諮問会議後の記者会見で、新藤経済再生担当大臣(当時)は「基礎的財政収支黒字化の目標達成の道筋が見えてきた」と胸を張り、「今後の経済財政運営は、(中略)経済規模を拡大させ2025年度の黒字化を目指す目標に沿ったものとなるよう検討していく」と述べたと報じられています。また、黒字化への自信について聞かれた岸田文雄首相は「経済あっての財政」と述べ、経済成長を優先させつつ、財政健全化を図る方針を示したということです。
さて、思えば、新型コロナ対策などを含め景気対策と称する幾多のバラマキにより、近年の自民党政権は財政状況の悪化を招いてきました。そしてコロナ後も、少子化対策やら防衛増税やらで国民負担率を上げてきた背景には、厳しい財政事情があったはずです。
しかるに、(気が付けば)いつの間にか「PB黒字化が確実視」…などという調子のよい話を聞くと、なんか狐に摘ままれた、というか騙されたような気持ちになるのは私だけではないでしょう。
財務省の「差し金」か何かは知りませんが、あれほど厳しかったはずの財政状況が、(手の平を返したように)どうしてこんなに簡単に「改善」の様相に転じたりするのか。その辺りの理由について、9月25日の総合経済サイト「PRESIDENT ONLINE」に第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣(ながはま・としひろ)氏が、『「増税しないと財政の危機」と不安を煽ってきた政府の大誤解』と題する論考を寄せているので、参考までにその指摘を残しておきたいと思います。
「日本の財政が厳しい」と長年言われてきたが、実はここに来て財政指標が大幅に改善していると、長濱氏はその冒頭に綴っています。2024年1~3月期時点の「政府債務残高の対GDP比(粗債務)」は前年から▲5%ポイント近く低下し、コロナ前の水準に戻っている。「政府純債務/GDP比」に至っては前年から▲17%ポイント以上低下し、2010年1~3月期以来、実に14年ぶりに100%を下回ったということです。
なぜ財政が急速に改善しているのか。その最大の理由は「インフレ」にある。近年の政権によって進められた増税によって、政府の税収が増えていることも一因だが、最も大きいのは「インフレ」の影響だというのが氏の見解です。
一般的に、政府債務残高の対GDP比は、経済成長率やインフレ率によって変動すると氏は言います。(そこで)2023年度の低下幅(▲11.0%ポイント)の中身を見ていくと、「増税などで財政収支が改善した影響」よりも「名目経済成長率(経済成長率+インフレ率)」の影響のほうがはるかに大きい。名目経済成長率の中でも、「インフレ率上昇」の影響が95%以上と、はるかに大きいことがわかるということです。
日本政府は、「政府債務残高/GDP比」の上昇を抑制するため、「プライマリーバランス(PB)」(基礎的な財政支出と税収が均衡している状態)を目標としてきた。しかし、財政を改善するには、(実際の)財政収支が黒字である必要はないと氏はしています。
「名目経済成長率(=経済成長率+インフレ率)」が国債利回りを大きく上回っていれば、「債務残高/GDP比」は低下する(←たしかに!)。要するに、マクロ経済学の考え方ではインフレになれば財政は改善するが、増税したからといって財政が改善するとは限らない、というのが氏の指摘するところです。
こう主張するのは筆者(=永濱氏)だけではない。例えば、アメリカのバーナンキ元FRB議長も、2017年に日銀が開催したシンポジウムで「日本はインフレ率を高めることで財政の持続可能性を高めることができる」と主張していたと氏は言います。
日本政府もそろそろ、こうした「マクロ経済学の常識」を踏まえた政策に転換すべき時が来ている。具体的には「増税により財政を改善させる」方向ではなく、「賃金上昇によるマイルドなインフレ」、および「家計支援策による個人消費のテコ入れ」を軸に据えるべき時にきているというのがこの論考における氏の認識です。
本当のところ、財務省を中心とした日本政府もこうしたことは(勿論)よくわかっている。特に「マイルドなインフレで財政を再建する」点については、強く意識しているのではないかと氏は話しています。
ただ、インフレが続けばすべてうまくいくかというと、そんなに簡単な話ではない。通常の場合、インフレ下では賃金も上昇するため現役世代にはそれほど影響はないことが多い。だが、年金で生活している世帯などは、賃金上昇の恩恵を受けにくいため、物価上昇のデメリットが直撃しやすい点も考慮する必要があるということです。
現在、日本では2%以上のインフレが続いている。決して激しいインフレではないが、年金で生活する世帯にとって無視できない負担となっている(し、世論や野党も「物価上昇」を黙ってはいない)と氏は説明しています。
一方、日本の社会は、少子高齢化の影響で約3~4割が年金で暮らす無職世帯となっているのは皆の知るところ。賃金が上昇しても、なかなか個人消費が増えにくい構造を踏まえれば、(たとえ「バラマキ」の誹りを受けようとも)まずは家計を支え、個人消費をテコ入れする経済政策が必要不可欠となっていると話すこの論考における永濱氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。