7月8日、安倍晋三元首相が奈良市内で街頭演説中に男に銃撃され、搬送先の病院で亡くなりました。自民党最大派閥の領袖として、大きな政治的影響力を持っていた安倍氏の突然の死去は、今後の与党自民党、そして日本の政治に何をもたらすのか。
自民党総裁として参院選に勝利した岸田首相は、(大きな波乱がないかぎり)今後3年間は「黄金の3年間」とも呼ばれる国政選挙のない安定した状況を手中にするとされています。そうなると、参院選後の焦点は野党各党の勢力よりも、自民党内への派閥勢力図へと移るというのが永田町筋の見立てです。
元気のない野党の動向よりも、自民党内の派閥間抗争の方が政局を左右するようになる。そこに大きな影響を与えるのは、党内最大派閥としての安倍派の動きだということでしょう。
安倍元首相の不在が、今後の自民党政治、とりわけ微妙な党内力学に表裏にわたって影響を及ぼすことは確実です。その動きは党内力学だけでなく、第4派閥のトップにしか過ぎない岸田政権の今後の政権運営に、大きな変化を生みかねないと感じているのは私だけではないでしょう。
そうした折、7月12日の日本経済新聞に、『自民党、安倍氏失い崩れた「楕円」 調製型に限界』と題する興味深い記事が掲載されていたので、ここで紹介しておきたいと思います。
参院選に大勝した岸田文雄首相(自民党総裁)に、高揚感は今一つ感じられなかった。「もう一つの中心がなくなった。どうやって安定をつくるのか考えないといけない」…首相が漏らした「もう一つの中心」こそ、凶弾に倒れた安倍晋三元首相だと記事はその冒頭に記しています。
岸田首相は政権運営にあたり、宏池会の先輩である大平正芳元首相が唱えた「楕円の理論」を参考にしてきた。それは、「二つの中心がある方が、一つよりも安定する」との考え方。その一つが行政府の長である自分で、もう一つが自民党の最大派閥を率いる安倍氏の存在になるとの見方だと記事は指摘しています。
「聞く力」を前面に出し、調整型を自任する岸田首相は、常に安倍氏との協調を軸に政策課題の落としどころを探ってきた。党内第4派閥の会長にすぎない岸田総裁が党内を円滑に運営していくには、最大派閥の協力が欠かせなかったからだということです。
安倍氏は(岸田首相にとって)、確かに財政政策、防衛費の扱いなどで注文をつけてくる、ある種面倒な相手だった。しかし一方で、党内議論を経て決まった物事については首相に批判的な議員や勢力を強い力で抑えてくれる、「盾」の役割も果たしてきたと記事はしています。
首相自身、何度も安倍氏の事務所に足を運び、内政や外交、人事、選挙と幅広く相談してきたとされています。もう一つの中心である安倍氏との擦り合わせは政権運営の要であり、そうした中で政策が再検討されリアリティを得てきたという部分もあるのでしょう。
今後、岸田首相は、(参院選までの安全運転で)先送りしてきた懸案に直面する。今夏、電力需要に対する供給の余裕はわずかしかない。今冬の寒さが厳しければ、大規模な停電も現実味を帯びる。原子力発電所の再稼働に踏み切るか否かの判断も近いと記事はしています。
一方で、防衛力強化の方針も、年内に決めなければならない。自民党内には防衛費を5年以内に倍増するよう求める声がある。参院選公約は玉虫色の表現でおさめたものの、財源や年数を含めて予算規模を調整する必要があるというのが記事の認識です。
さらに、ロシアのウクライナ侵攻で激変した国際情勢にどう対応するのかも喫緊の課題です。台湾有事の可能性が取り沙汰される東アジアで、中国、北朝鮮に向き合い外交と安保政策の答えを出す時期が来るということです。
総裁選、衆院選、参院選と3連勝した岸田首相だが、次に首相を待つのは党内各勢力の抵抗だというのが記事の指摘するところです。
当面、国政選挙はない「黄金の3年間」は、野党に政権を奪われる心配はなくなると同時に、人事と政策の両面で自民党議員の要求が強まることを意味する。とりわけ盾となり、不満を吸収する悪役も引き受けてくれていた安倍氏の不在で、保守グループの岸田政権に対する動向は不透明になるということです。
もちろん、こうした状況を一番身にしみて感じているのは、首相本人でもあろうと記事はその結びに綴っています。
これは一つの見方に過ぎませんが、(厳しいことでも)本音ベースで口にすることを厭わない安倍元首相のキャラがあったればこそ、岸田首相も(やりにくいことは安倍元首相のせいにして)党内調整をこなしてきたということでしょうか。
岸田さんがやたら「いい人」に見えたのは、鏡の向こうに安倍さんが映っていたから。言い換えれば、(ご本人にその自覚があったかどうかは別にして)党内のタカ派的な意見を代弁し、嫌われ役を引き受けていたのが安倍元首相と見ることもできるのかもしれません。
首相が参院選で掲げた「決断と実行」は、大平氏の盟友で最大派閥のトップを長く務めた田中角栄元首相の公約でもあったと記事はしています。
楕円のもう一つの中心が失われた今、安部元首相の代わりとなるような中心は当面、見当たりそうもない。政権運営と政策実行の責務は「総理総裁」の言葉通り、岸田首相一人のリーダーシップが負うことになるだろうとする記事の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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