
国内で麻疹(はしか)への感染が急速に広がっているということです。
今年2月には、大阪の超高層ビル「あべのハルカス」の従業員に感染が見つかり、利用客らを含む約20人に感染が広がっていたことが話題になりました。
国立感染症研究所が2月12日に発表した調査結果では大阪や三重などで148人の感染が報告されており、これは過去10年で最悪のペースだということです。
「これは誰もが1度は罹る「はしか」のようなものだから…」しばしばそう言われたように、私が子供の頃の昭和60~70年代、はしかと水疱瘡とおたふく風邪はいったん学校で流行ると大抵の子供にうつってしまうどこにでもある普通の感染症でした。
しかし、それは当時の日本が(衛生状態の悪い)蔓延国だったというだけで、だから「麻疹なんて取るに足りない病気だ」というわけではなさそうです。
麻疹は感染力がインフルエンザの10倍と言われるほど強く、手洗いやマスクでは予防できないと言われています。免疫を持たない人が感染するとほぼ100%発症し、有効な治療法は今のところありません。
患者1,000人に1人の割合で脳炎を発症、先進国でも死亡例はあって妊娠中に感染した場合は流産・早産の危険性もあるということです。
麻疹の唯一の予防方法はワクチン接種で、麻疹・風疹ワクチン(MRワクチン)は、現在は1歳と小学校入学前1年間の幼児期に2回定期接種することとされています。国立感染症研究所でも「必要回数である2回の予防接種が重要」と強調しているということです。
しかし、実は2回接種制となったのは2006年度以降のことであり、さらに2008〜2012年度の5年間は1回の接種しか行われていません。
第二次大戦直後の1948年、「予防接種法」制定とともに12疾病のワクチン接種を義務化した日本は、感染症による被害を激減させることに成功しました。
しかし、時代が平成に入ると、ワクチンによる健康被害に対するメディアの指摘が相次ぎ、ワクチン接種のリスクが若い母親の間などで注目されるようになります。
特に1989年から開始されたMMR(麻しん・ムンプス・風しん混合)ワクチンでは、ワクチンの成分に起因するとされる無菌性髄膜炎などが多発してわずか4年で定期接種が中止されるという事態が生じました。
こうして、ワクチンの負の側面ばかりが強調され国民の不安が増す中、1994年の予防接種法改正により接種要件が「義務」から「勧奨」接種へと緩和され、さらに接種形態も「集団」から「個別」接種へと移り変わっていきました。
ここで問題になるのは、副反応を恐れるワクチン接種に対する住民からの反発を恐れるあまり、自治体による接種勧奨が積極的に行われないこと。そうした対応が国民の間に、「任意接種はさほど重要ではない」といった誤解を広げかねない点にあるでしょう。
被接種者である子どもやその保護者における予防接種への躊躇はグローバル規模で深刻な課題となっているようです。世界保健機関(WHO)では、予防接種への躊躇が麻疹感染者の増加の一因であるとみており、「世界の健康に対する10大脅威(2019年版)」のひとつにも挙げているということです。(ニューズウィーク日本版2/19「はしか大流行 反ワクチン運動をフェイスブックが助長?)
「ワクチン接種」を不安視するこうした世界的な状況に対し、NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパン代表理事で医師の西川伸一氏が圧15日、「ポピュリズムと反ワクチン」と題する大変興味深い論考をYahoo newsに寄せています。
ここのところ、ワクチンを拒否する人の数が世界的に増えているのは、(感染の脅威が減ったこともあるが)反ワクチンキャンペーンを支持する人が増えたからだと思うと、西川威はこの論考に記しています。
実際、反ワクチンに関する情報はネット上に溢れており、3月7日Facebookは根拠のない反ワクチン情報の拡散防止策強化を発表したということです。
それでは、政治的にどのようなメンタリティーを持つ人が「反ワクチン運動」に強くコミットしているのか。
西川氏によれば、ロンドン・クイーンメリー大学が、現在ヨーロッパで拡大しつつあるポピュリズムの運動とワクチン拒否の間の共通性(の可能性に)ついて調査した論文を発表しているということです。
研究では、各国で反エスタブリッシュメントを標榜しポピュリズム として位置づけられている政党をまず選び、こうした政党に投票するかどうかとワクチンについての考え方(①ワクチンは重要だと思うか、②ワクチンは有効だと思うか、③ワクチンは安全だと思うか)について聞いています。
その結果、いずれの質問でもワクチンに対して反対の意思表明をした人と、ポピュリズム政党に投票すると答えた人の割合は、ほとんど完璧な相関を示すことがわかった。このことは、ポピュリズムと反ワクチンには共通のメンタリティーが存在していることを示唆していると論文は結論付けているということです。
ここで西川氏は、結局反ワクチンは特定の政治信条ではなく、ポピュリズムの背景にある反エスタブリッシュメントの考えに近いように思えると指摘しています。
例えば、西ヨーロッパではワクチンを義務化している国も多く、それに対しフランスの国民連合はワクチンの安全性に懸念を表明し義務化に対して反対している。ギリシャでは、左派のポピュリズム政党がワクチン義務化に反対する立場を公に表明している。
反ワクチン=ポピュリズムと簡単に決めつけるのは早計だが、ポピュリズムと反ワクチンの双方が、科学をエスタブリッシュメントの代表としてみていることは確かだというのが西川氏の認識です。
見方を変えれば、人々の不安を煽るのがポピュリズム政党の仕事であり、政府や体制といったエスタブリッシュメントへの不信感がポピュリズムを支えているということかもしれません。
一方、氏はこの論考に、「この論文のデータを見て最も感心したのは、国民皆保険で公衆衛生大国と考えられるデンマークでポピュリズムが必ずしも反ワクチンに直結していない点だ」と記しています。
実は同じ傾向が、英国やフィンランドにも見られる。このことは(すなわち)ワクチン拒否という反科学的な考えも、教育と政府の努力でかなり解決できることを意味しているということです。
翻って我が国を考えてみると、まず政治状況が大きく違う。もちろんわが国にもポピュリズムや反エスタブリッシュメントを支持する人は多いが、(少なくとも)具体的にそれが政党として現れる状況にはないと西川氏は説明しています。
しかし貧富の差がこのまま拡大し、外国人の受け入れが広がることで、いつかわが国でも同じような反エスタブリッシュメントの政党は生まれるような気がする。
その時、反エスタブリッシュメントとは直接関係ない、反ワクチン運動や、反科学運動がこの動きとどう連動するのか見届けることは私たち科学者に課せられた使命であるように思うというが、こうした問題に対する西川氏の見解です。
政治的な大衆扇動が既存の権威や権力(エスタブリッシュメント)への不信感を煽り、権威への不信感が陰謀論を生み、科学的なエビデンスまで否定するようになるのでしょうか。
しかし、それで実際に不幸になるは民衆そのものであることを、私たちは忘れるわけにはいきません。
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