厚生労働省が9月に発表した「平成28年度国民医療の概況」によると、都道府県別に見た人口1人当たりの医療費が最も高いのは高知県の440万2千円で、次に長崎県の419万2千円、鹿児島県の404万5千円と400万円台が続き、396万2千円の山口県と394万6千円の徳島県が追っています。
一方、最も低いのは291万5千円の埼玉県で次が293万5千円の千葉県、297万1千円の神奈川県と首都圏3県がリストアップされています。
最も高い高知県と最も低い埼玉県の間にはおよそ1.52倍の違いがあり、これは年齢や健康状態の地域的な差異だけでは説明が難しいと考えられています。
言うまでもなく(一人当たりの)国民医療費は地域において提供される医療サービスの量との相関が強く、当然ですが提供される医療が手厚ければ手厚いほど高くなる傾向にあります。
もちろん、都道府県別に見れば地域差は(前述のように)年齢構成等の地域に固有な外部要因にも一定の影響を受けますが、それにも増して医療提供体制の整備状況、つまり人口当たりの病床数や平均在院日数、医師の数などとの相関が高いことが知られています。
厚生労働省が公表している「医療費の地域差分析」では、年齢調整後の1人当たり医療費は基本的に西高東低の傾向が強く、最大最小比は過去5年間ほぼ横ばいで推移しているということです。
人、モノ、金と、あらゆる面で東京を中心とする「首都圏一極集中」が叫ばれている昨今ですが、こと医療に関しては西日本のほうが恵まれていると言えるかもしれません。
NPO法人医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広(かみ・まさひろ)は情報誌「SAPIO」(9・10月号)への寄稿(「医療の首都圏一極集中は幻想」)において、国民皆保険の下、提供される医療サービスも同じと考えがちだが、実は東日本と西日本の医療環境には厳然たる格差があると指摘しています。
氏がこの論考で特に問題にしているのは、「住民一人当たりの医師の数」の違いです。
関東は人口の多さと比較して医師の数が少ない。ひとりの医師が診察できる患者数は物理的に限界があるので、(医療の質を平等にするためには)絶対数でなく人口比で見る必要があるということです。
厚生労働省の調査(「医師・歯科医師・薬剤師調査」(2106))によると、人口10万人あたりの医師数が最も多いのは徳島県の315.9人で、京都府314.9人、高知県306.0人が続いています。一方、最も少ないのが埼玉県の160.1人、次いで茨城県180.4人、千葉県189.9人となっており、医療費の違いともほぼ一致する内容です。
なぜ関東に医師が少ないのか?その最大の要因は、大学医学部が圧倒的に西日本に偏在していることにあると上氏はここで指摘しています。
例えば、人口約398万人の四国には4つの医学部があるのに人口約4260万人の関東には25しかなく、人口比では2倍近い差となっている。国立大学医学部に限れば、関東には5つで四国はすべてが国立大だから、実に9倍もの差があるということです。
上氏によれば、医学部卒業生は出身大学の近くで就職する「地産地消」の傾向が強く、医学部が多い地域ほど医師が多くなる傾向にある。就職後に地域をまたいで移動する医師もいるが、それは一部であり影響は限定的だと氏は説明しています。
それでは、なぜ西日本に医学部が偏在しているかと言えば、「明治政府を仕切ったのが西国雄藩だったことが関係しているのではないか」というのが、この論考における上氏の見解です。
鹿児島大や九州大など歴史が古い九州の国立大学医学部は、幕藩体制下の教育機関である藩校を前身としている。一方、戊辰戦争の戦後処理により、佐幕派の東北・関東周辺諸藩は武装解除させられると同時に、藩校も廃止の憂き目に遭ったと氏はしています。
さらに1970年代に進められた「一県一医大構想」もその状況に拍車をかけたと上氏は指摘しています。
戊辰戦争で勝者となった西国雄藩は、薩摩藩=鹿児島県、土佐藩=高知県のように小さな藩でもそのままの形で独立を維持したが、敗者となった東日本では(例えば)11を藩を合わせて作られた福島県のように、周辺の諸藩と合併させられるものが多かった。
一県一医構想は都道府県の人口に関係なく勧められたため、人口が少ない西日本の県にも(平等に)資金が投じられ医学部がつくられたということです。
こうした(ある意味)賊軍差別を背景に現在の医療の東西格差はもたらされていると上氏はこの論考の最後に記しています。
確かに、冒頭に記した県民医療費を見ても、そのトップ5に高知、鹿児島、山口の3県が収まっているのは偶然にしては「できすぎ」でしょう。
都市伝説として現在でも様々に語られる明治維新の賊軍差別ですが、こうした意外なところにも表れていることを私も改めて興味深く受け止めたところです。
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